第51話 行動開始
【ナナ視点】
『不死王の大墳墓』の地表半径1キロメートルは霊園と呼ばれ、アンデッドがウロウロと徘徊している。
大抵はグールかスケルトンであり、魔物としては最弱の部類に入る。
そのグールを村人が4人で囲んで、狩猟用の槍や、木の棒を構えていた。
霊園の中央の辺りは、アンデットがうじゃうじゃいた。
村人たちは『お前からいけよ』『いやお前がいけよ』と目だけで一番槍を譲り合い、じりじりと微妙に立ち位置を変えるだけで、なかなか攻撃に踏み切らない。
「ほら、皆、早く殺らないと。考えてると剣が鈍るよ」
前にマリア様に言われたセリフが意識せずに口をついて出る。
別にマリア様を尊敬している、とかでは全くないが、思考が斬撃の質を下げることは確かなことだ。
「んなこと、言ったって、こいつ人の形してんじゃねぇか。こんなの斬れるかよ!」と一人の村人が逆ギレする。
痺れを切らせた——というよりかは何も考えていないだけなのだが——グールは槍を持つ村人に掴み掛かろうと迫った。
村人は「うわァァアア!」とがむしゃらに槍を付くが意外とフォームは綺麗でしなやかだ。
槍がグールの肩を打ち抜き、粘着質な音と共に濁った体液が飛び散った。
その紫色の体液が頬につき、「ひぃィ」と村人は尻餅をつく。
村人にとっては初めての魔物との戦闘だ。尻込みするのも無理はない。
まぁ、あっちに初めての魔物なのに楽しそうに戦うおじさんとガキんちょもいるけれど。
私は狩猟頭のオーサン——おっさんではない。オーサンだ——と、同年代の少年エドワードに目を向ける。ちょうどエドワードが斧でグールの腕を落としたところだった。
オーサンが「うわ、汚! お前、クソガキ! いちいち血飛ばすんじゃねぇよ! もっとスマートにできねぇのか!」と怒鳴った。
「うっさいなぁ。そんなむさい顔して細かいこと気にすんなよ」とエドワードがオーサンを煽る。
ぎゃーぎゃー騒ぐオッサンと生意気なガキんちょの緊張感のない声に頭が痛くなり、額を抑えるが一向に和らがない。
こちらはこちらで「いやァァアア! こっち来んなァァ!」「おい危ねぇ! 仲間がいないの確認してから剣を振れよ!」と村人達がグダグダの闘いを繰り広げる。
両極端の騒がしい声が一層私の頭を重くした。
彼らがアンデッドと死闘——と言って良いレベルかは分からないが——を繰り広げるのには訳があった。
無論、グールを狩って食おう、というわけではない。そんなことをすれば腹を壊すこと請け合いである。
全ては襲撃に備えた準備のためだった。
それは宴の翌日、
フェンテさんはようやく役目を終えて、安堵したのか大きなため息を吐いた。
襲撃の話を聞いたハルトお兄ちゃんの反応は「ちょっとまずいね」という曖昧なものだった。
「ちょっとどころではないと思うんだけど」と私が指摘するも『だいぶまずい派』は少数なのか、マリア様も能天気に構えていた。
「大丈夫大丈夫。私が全部返り討ちにしてあげるから」マリア様が舐め腐った態度で告げると、
「相手が1か所から攻めてくるなら、それでも良いんだけど」とハルトお兄ちゃんが苦笑して答えた。
「話を聞く限りかなり大規模な人数が投入されるんじゃない?」珍しく真剣に話を聞いている祭司様がそう言った。
確かに四方八方から攻めて来られたらマリア様だけでは対応しきれない。
村には木製の柵で覆われているだけだから、どこからでも侵入は容易いだろう。
そうなれば、非戦闘員しかいない村人は為すすべなく皆殺しにされる。
「ど、どうするの?」
私の声は少しどもった。動揺が言葉に滲む。
しかし、ハルトお兄ちゃんは冷静だった。
「選択肢は2つ。1つは傭兵を雇うこと」とハルトお兄ちゃんが指を1本立てる。しかし、マリア様は「傭兵かぁ。あんまり信用ならないんだよね傭兵って」と難色を示した。
ハルトお兄ちゃんが頷いて応じる。「確かにね。傭兵だって商売だから。命あっての物種。決して傭兵の土気は高くない。危ない戦いは絶対にしないし、やばくなったらすぐに逃げる。命をかけて農民を守ってくれるだなんて期待はできないよね」
「なら、はじめっから選択肢に入れる必要ねぇだろ」と特猟頭のオーサンが話に割り込んだ。
どうでも良いが、なにしれっと重要な会議にこの
人数分、椅子がないからって、勝手に床に座る彼らは明らかに場違いだ。まぁ私も薄汚い農奴の村娘だから人のことは言えないが。
「いや。全く役に立たないわけじゃないんだよ」とハルトお兄ちゃんが傭兵を弁護した。オーサンが会議に参加していることには全く触れない。それはマリア様も同様だった。寛容が過ぎる。本当に大丈夫なのだろうか、この領主夫妻は。
ハルトお兄ちゃんが説明を続ける。
「他の領地でも、戦争になれば皆こぞって備兵を雇う。どの領地も私兵が足りていないんだよ。だから領主は雇った傭兵を重装歩兵として守りに配置し、『こんなに兵がいるから、攻めても無駄だぞ』と敵の戦意喪失を狙う場合が多いのさ」
張りぼてじゃねぇか、と野次が飛んだ。特猟頭オーサンだ。
床の男たちはザクリナッツをボリボリ食べて雑談している。せめて会議に集中しないか、と思うがただの農奴である私からは何も言えない。ハルトお兄ちゃんを横目でちらりと覗えば「ちょっとォ。僕の分も残しておいてくれよ?」と狩猟班の男共に、ゆるいお
「であれば、雇うとしても、傭兵はダメ押しの追加要因くらいに考えていた方が良いかもしれませんね」とイムスが話を戻す。やはり商人というのは頭を使う職業なだけあって、理解力が優れていた。
そうだね、とハルトお兄ちゃんも同意する。「だからメインの戦力は——」
「——私ね」マリア様が立ち上がった。なぜ起立するのか。
「いやだから、それだと四方八方からね——」と話が振り出しに戻った。ハルトお兄ちゃんがマリア様に根気強く説明していた。ハルトお兄ちゃんも苦労をしているようだ。
マリア様は「私が最強じゃないの……?」と少し悲しそうな顔で着席した。話が噛み合っていない。
「とにかく!」と強引にハルトお兄ちゃんが無限ループから抜け出した。「マリアさんだけじゃなくて、村人全体の戦力を上げておく必要があると思うんだよ。そのためには村人全員の協力——具体的には『訓練』がいる」
ハルトお兄ちゃんは私たちに目を向けて黙る。領主なのだから、勝手に方針を決めれば良いのに、ハルトお兄ちゃんはそうしない。
私がハルトお兄ちゃんの頼みを断るとでも思っているのだろうか。だとしたら逆に腹立たしい。
「私はもちろん異存ないよ」と私は一番に発言した。普通であれば「農奴の分際で」と白い目で見られたことだろう。だけどハルトお兄ちゃんならちゃんと話を聞いてくれるし、安心して考えを話せた。
「まぁ、自分らの村は自分らで守りたいわな」と狩猟頭も続く。後ろでザクリナッツを食べていた野郎共からも「そうだァ!」「俺らの村だァ!」とテキトーな同意が上がった。
こいつら本当に話聞いていたのだろうか。
「教会堂は私に任せて〜。司祭室は必ずや死守するから〜」と司祭様が寝ぼけたことを言う。
「そうか。モリフも最前線で戦ってくれるか」とハルトお兄ちゃんが大きく頷いた。ここも話が噛み合っていないが、こっちは敢えてである。祭司様は「えぇ〜.....」と小さく抗議の声を漏らしたが、案の定無視されていた。
最後にハルトお兄ちゃんはマリア様に目を向けた。『どうかな?』と問いかけるような眼差しは深くマリア様を信頼し、大切にしている証のようにも思え、少し胸が苦しくなった。
「任せるよ」とマリア様がニッと笑うと、ハルトお兄ちゃんが
「よし」と気合を入れるように声を上げる。
「行動開始だ」
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