第49話 勝者
コインが落ちた。
まず動いたのはやはり、ロドリだった。
先手必勝、とばかりにマリアに突撃する。平均的な冒険者と比べれば、動きは悪くない。だが、A級、S級と比べればひどく遅く感じるのだろう。事実、マリアは構えも取らずにつまらなそうにそれを見ていた。
あと1歩でマリアの間合いに入るという時だった。ロドリがガクンと正面から地に伏せった。腕を前に出してかろうじて頭を打ち付けるのは逃れる。
ハルトにはロドリが勝手に転んだように見えたが、動きが止まったロドリを見て、違う、と気付く。
ロドリの足に土が絡みつき、引っかけたのだ。ハルトがオークの集落で黒いオークにやられた魔法だった。
(あれは気付きづらいんだよなぁ。僕がやられた時は止まった状態でだったけど、走っている時にやられたら、ああなる訳か)
そして倒れている敵を見逃す程、マリアは甘くなかった。
既にマリアは1歩前に踏み出し、ロドリを大太刀の間合いに入れていた。
「
そう告げてから、大太刀を振るった。
が、間一髪でウォーリアのダルゴが間に合った。ダルゴもロドリを追走する形で前進していたのだ。大楯を構えて、マリアの一撃に受けて立つ。
ダルゴは女でありながら、大柄で男顔負けのパワーを誇るタンク職だ。その巨体はあらゆる攻撃を防ぎ、これまで幾度となく仲間たちを守ってきた。
そのダルゴが吹き飛んだ。
ほぼ横一直線の軌道で、大地に1度バウンドし、まだ飛んで2度目をバウンドしてから、転がるようにさらに吹き飛ぶ。
「おいおい、あれ…………大丈夫なの……?」ハルトの顔が引き攣る。明らかに大丈夫には見えない飛び方をしていた。ダルゴは起き上がらない。モリフがててて、と駆け寄って確認する。
そして回復魔法をかけてから「生きてはいるね〜。でももう戦うのは無理だよ〜」と宣言した。ダルゴはリタイアだ。
いつの間にかロドリはマリアからまた距離を取っていた。
悔しそうに眉間にしわを寄せて、「メロ、キアリ、遠距離魔法で援護して!」と支持を出す。
(タンク職で一撃なんだから、他のメンバーも1発もらえばアウトだよなぁ。シビアだな)
ハルトは少し興奮していた。マリアの夫ではあるが、弱い方を応援したくなるのは仕方のないことである。がんばれ、ロドリと手に汗握りながらも、ザクリナッツを口に放り込む手は止まらない。
魔術師メロは火の玉と岩の塊をランダムに放ち続ける。岩の方は物理的な威力が高いし、火の方は大太刀で弾くことはできず、加えて衣服にでも燃え移れば大ダメージが期待できる。
不規則に放つことでマリアの処理ミスを誘っているのだろう。
キアリの方も眩い光の玉を飛ばしつける。低威力だが目くらましの効果もある光弾魔法だ。
だが、魔法弾の嵐もマリアには通用しない。何故か弾が全てマリアから逸れていく。絶対に当たらないと確信しているのか、マリアは防ぐ素振りさえ見せない。
「なん……でよ……! どういうことよォ!」とメロが泣きべそをかくかのように叫んだ。
(まるで負けイベントを見ているようだ……。はじまりの街にいきなりラスボスが現れたような絶望感がえぐい)
ハルトがなるべく痛くしないであげて、と祈っているとメロの真下の土が突如盛り上がった。挙型に形成された土が、メロのみぞおちに重い一発を入れる。
メロは
それを見たキアリは「ハァハア、いや、ハア、ハア、やめて」と光弾を放ちながら走る。止まっていればメロと同じ目に合うと思っての作戦だろう。だが、戦意の方はとうに喪失しているのか、涙目でゼェハァ言いながら走っていた。
ロドリもこのままだとキアリがやられると思ったのか、マリアとの距離を詰めて、斬撃を放つが、軽くいなされ、そのついでとばかりにマリアが放った光弾がキアリに直撃してキアリは10メートル程吹き飛んだ。
「あれ......ちょっと加減ミスったかな」マリアが『やばぁ』と顔を歪める。
モリフがすかさずキアリに駆け寄り、回復魔法をかけた。それから「セーフ」とコミカルな動きでジェスチャーした。
「どうでも良いけど、もうちょっと緊張感だしてジャッジしてくれない?」
ハルトの要望は当然のように無視された。
「聞けよ」と言いながらハルトはまたザクリナッツの箱に手を突っ込み、1つ摘まんで口に放り込んだ。
ザクっという触感を期待していたのに、何故かプチっとトマトのように割れて中から熱い汁があふれて出て来た。あれ?!と思いながらもハルトは、んくっ、とそれを飲み込んだ。
ハアハア、とロドリの息は上がっていた。
一方マリアはまだ開始から1歩しか進んでいない。構えもなく、大太刀を手にぶら下げて突っ立っていた。
ロドリの仲間は全員ダウンしている。
もう自分の力だけ戦うしかなかった。
だが、まだロドリの目はマリアを睨むように見据え、闘志は消えていない。
ロドリがまたマリアに斬りかかる。
マリアの瞳は、ロドリの一撃を完璧に捉えていた。マリアの実力を持ってすれば、かわすも、弾くも、もぎ取るも、どの選択でも勝利は固かった。
マリアが大太刀でその一撃を弾こうとする。
思わぬ乱入者が現れたのは、その時だった。
マリアが大太刀を振るうよりも速く、ハルトがクロノスの
「な.....?! ハルトくん?! なんで?!」とマリアが動揺する。
ハルトの顔は真っ赤だった。目はほとんど閉じているかのような薄目であり、そして酒臭い。
動揺するマリアの隙をハルトは見逃さなかった。素早くまたクロノスの鍬を振るい、マリアの大太刀を弾き飛ばす。と同時にハルトもクロノスの鍬を放り投げた。
ハルトの顔がマリアに迫る。
「え、ちょ、待——んんぅぅうっ」マリアの動揺に歪む唇と、酔っぱらったハルトの唇が合わさった。ハルトの両腕はマリアの首に回され、キスしたまま固く巻き付けられていた。
マリアは自分の両手をどうして良いのか、さっぱり分からず宙に浮いたまま、死にかけの昆虫のようにピクピクと痙攣していた。
すでにマリアはいっぱいいっぱいだった。
だが、ハルトの口撃はこれだけでは終わらない。
ハルトの普段抑制している潜在的エロスが爆発していた。一言で言えばむっつりスケベ大暴走である。
ハルトは舌をにゅるりとマリアの口にねじ込んだ。そして温かく柔らかいマリアのそれと合わさる。
「——ッ?! んんんぅぅうう、んんくぅ」
マリアは指をピンと伸ばし、強すぎる刺激に耐えていたが、ついに限界を迎えた。
ハルトがある程度満たされてマリアを解放したのと、マリアが鼻血を吹いて気絶したのとはほぼほぼ同時だった。マリアは幸せそうな顔のまま、夢の世界へ旅立った。人生初の敗北かもしれない。
マリアが気絶したことにハルトは気付かないまま、空に向けて吠えた。
「僕はァアアアア! マリアさんがァアアアア! 好きだァァァアアアアアア!」
どこかの怪戦みたいに口から放射能でも吐いているのか、というような気合の入った告白も、残念ながらマリアは気絶しているため聞いていない。
だが、しかと聞いている者もいた。
ロドリは座ったまま、痛みをこらえるように口を堅く結んでいた。
こらえていた涙は目頭から一筋だけツーっと零れる。
ロドリはそれを手で拭い、一度鼻をすすってから、誰にも聞こえない蚊の鳴くような声でマリアに告げた。
「負けました......」
こうしてマリアは気絶している間に勝利を収めたのである。
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