第44話 幸運
オーク肉を運ぶ術がない、とハルト達が途方に暮れている時、「それなら、私の馬車を使いますか?」と声を上げたのは、例の助け出した男だった。
「馬車、って言うとあなたは商人なんですか?」ハルトが尋ねる。
「はい」男は深く頷いた。「私は行商人をやっております。イムスと言います。以後お見知りおきを」
イムスは深々とお辞儀する。頭は薄いが、鼻下には『ちょび』と表現するに相応しい髭が茂っている。
イムスは推定40代くらいのおじさんなのだが、落ち着きを取り戻した彼は、『確かに商人っぽいな』と納得できる程には礼儀正しく、一つ一つの動作も洗練されていた。
(ひょっとしたら没落した元貴族なのかな)
気にはなったが、あまり立ち入ったことを聞くべきではない。ハルトは口をつぐんだ。
「移動中にオークに捕まったの〜?」とモリフが尋ねる。
「ええ。隣国のシムルド王国の方から来たのです。領主不在のこの地を通ると関税が安いと耳にしましてね。初めてこのルートを使ってみたのですが……もっと慎重になるべきでした」と男が暗い顔をする。
「ひょっとして仲間をなくした?」と聞いたのはマリアだ。仲間を
「仲間、と言っていいのか分かりませんが、雇った冒険者パーティは全滅しました。他に奴隷3人もオークに食われてしまいました。私は後でのおやつのつもりだったんでしょうかね、運が良かった」
運が良かった、と力無く笑うイムスの顔は、運が良い人のそれではなかった。まるで痛みに耐えるかのように歪んでいた。誰も言葉を発せないでいると、イムスが「馬車でしたね。壊されていなければ、良いのですが」と言いながら、ハルト達を先導する。
先頭を歩きながらイムスはこちらに振り返る。「私たちは足をつぶされてから、馬車の荷台に転がされて、この集落まで連れてこられたのです。オークが馬車を引っ張っていましたから、馬は逃げ出したか、食べられたか、どちらにせよ待っていてくれていることはないかと」
「馬なら私たちが乗って来たのがあるよ」
「馬車を引く経験のない馬だけど、大丈夫かなぁ」とハルトが心配そうに言うと「いざとなったら私が馬車ひくよ」とマリアが応じる。
馬車を引いて領民を運ぶ領主を想像して、ハルトは「それだけは絶対だめ」と強めにマリアに釘をさした。
マリアならば本当にやりかねない。マリアに馬車を引かせるくらいなら、自分が馬車を引いてマリアには荷台に乗っていてもらう方がずっとましだ。
馬車は集落のはずれに放置されていた。幸いほぼ無傷だが、
「さーて、じゃあオーク肉積んだら帰ろうかぁ」とマリアがのんきに提案するが、
「え、なんで?」
「もう働きたくない〜」
「お家に帰りたい……。私はやっぱり農業がいい……」
三者三様の返答があった。イムスを見ると、彼はなんとなく察しているのか苦笑が返ってくる。
「あと数時間で日がくれる。それまでにできるだけ多くのオークを解体して荷に乗せて、山のふもとまで下りるんだ」
オークをそのまま乗せると大した量を積めないのだ。だから、無駄な部分を切り落として、乗せる必要があった。それに血抜きもしなければ、肉の質が下がる。
なるべく早くそれらの作業を済ませて、オークが戻ってきても見つからない場所に戻るまでが、今日すべきことだ。
つまり野営することになる。
「
「そういうのオヤジギャグって言うんですよマリア様」とナナにツッコまれ、「女だからオヤジじゃなくてオバサンだね〜」とモリフがひどいことを言う。
「誰がオバサンよ!」
「ちょっと、君たち真面目に聞いてくれない?」
ハルトは頭を抱えた。
♦︎
「さて、では指揮はハルトくんに全て任せる!」と最高責任者であるマリアが高らかにハルトに丸投げした。ハルトが「マリアさん、役割を割り振ってくれる?」と促した結果の宣言である。
(丸投げなのにあの堂々たる態度。流石マリアさんだ。王の器だ)
何故かハルトの尊敬の念は強まった。
「じゃぁマリアさんとナナは集落に打ち漏らしがいないか巡回しつつ、潰れてないオークをここに運んで」
「オーケー」「分かった」と2人が頷く。頼もしいペアだ。
「モリフは馬車で横になって休んでて」とモリフがハルトの口真似をして言ってから「分かった」と自ら力強く頷く。
そして、馬車に向かおうしたところで、マリアに首根っこを掴まれて持ち上げられた。何やってんだコイツ。
「モリフは僕とオークの解体作業」とハルトが告げると「うぇ」と返ってきた。
「イムスさんは休んでいてください。あんな大怪我してたんですから」とハルトが気遣うが、イムスは
「いえいえいえ、私だけ休んでいられないですよ。何か手伝わせてください」
あまりの恐縮ぶりに、休養を強いるのも
「よし! じゃあ皆! 暗くなる前に頑張って終わらすぞー!」とマリアが拳を掲げて言うと、「お、おー」という控えめな拳がいくつか上がり、それを合図にそれぞれの持ち場に散った。
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