第43話 猶予

 

 フェンテはルイワーツと別れた翌日、まだ都市ヴァルメルにいた。

 馬の手配が昨日は取れず、最短で翌日——つまり今日——とのことだったので、出発は今日の午後だ。出発できないなら、できないで、やれることをやろう。そう思いたって、昨日のうちにある人物に依頼をだしていた。当然、冒険者ギルドを通さない個人依頼だ。


 中央広場はさまざまな出店が並び、商人と客で賑わう。市場だ。特にイベント事のない日はほとんど毎日、中央広場は市場となる。敷物を敷いただけの簡易な店から大きなテントを張った店まで店の規模は様々だ。

 フェンテは賑わう市場を抜けて、その店の前にやって来た。

 中央広場のすぐ傍にある高級酒場。その扉に手をかけて、フェンテの動きが止まった。



(いいんだよね? 普通に入っていいんだよね? ドレスコードとか…………この服で大丈夫? え、待って。割り勘だったら私多分払えないんだけど)



 フェンテがためらっていると後ろから「おい」と声をかけられた。


「ひィイイイイイ、すみませんすみません! 私じゃないんですぅ! マディとかいう変な男がここに来いって言うから仕方なくぅ」


「誰が変な男だ、殺すぞ」と目の前の男——『深淵の集い』のリーダー、マディが不愛想に言ってから、ドアを押し開けて「とっとと入れ」とフェンテを促した。言葉とは裏腹に、背中を押す力は柔らかく、マディの手は温かい。


「あの、でも、お金が……」フェンテは店内に入ってからも未練がましく店外を振り返る。


「てめぇ、クソガキが金の心配なんてしてんじゃねぇ」とマディは口汚く言ってから「俺持ちだ」とだけ告げた。



 店の中の階段を1階分上り、そして2階分降りる。ぐるぐるとまるで迷宮に迷い込んだかのように思える通路を店員に連れられて進んだ。



(え、今上ったのに、今度は下りるの? え? なんで?)



 フェンテが混乱していると、その様子を察してか、マディが「俺がヤバい話をするときに使う店だ。心配するな」と振り返らずに言う。



 到着したのは想像よりも小さな個室だった。

 入って来た扉の向こう側の壁に、もう一つ扉がある。



「何かあれば、あの扉から都市内の地下道に出られる」とマディが説明してくれるが、フェンテは『何かって何?!』と余計に不安になった。



 席に座って、早速フェンテが口を開こうとすると、マディが無言でフェンテに手を向け制止する。う、と出かかった言葉をフェンテはかろうじて飲み込んだ。


 直後、扉が開いて、料理が運ばれてきた。テーブルの上に次々と料理が置かれていく。本来であればコース料理であろう品々は、まだ始まってもいないのに終幕の挨拶カーテンコールのように一堂いちどうかいする。

 おそらく客の会話を邪魔しないように最初から全ての料理を出すのだろう。料理を並び終えると、礼をして店員が退室した。


 フェンテが戸惑っていると「食え」とマディが言い、マナーなど知ったこっちゃないといわんばかりの豪快な食べっぷりでマディが食事を始めた。スープなど、酒のようにがぶがぶ飲んでいる。

 フェンテも食べ始めるが、緊張で味があまり分からなかった。


 マディは早々に食べ終わると、ナプキンで手と口を拭いてから、丁寧にそれをテーブル置いた。そしてフェンテが食べ終わるまで黙ってじっと待っている。視線はフェンテの眉間に固定されている。



(ちょ、これ、どういう状況?!)



 フェンテはどうやって食べるのが正解なのか不明の高級料理をマディに見られながら食べるという地獄に耐えきれず、腹が膨れる前に食事を終えた。

フェンテがさじを置いたのを見届けてから、マディは口を開く。



「依頼された件だが——」



 だが、今度はフェンテがマディを制止した。



「——待ってください。そういえば昨日は報酬の話をしていなかったんですけど」とフェンテが言いづらそうに言う。『あまりお金はないんです』と表情に出ていた。



 マディは、ふん、と鼻で笑ってから「ガキから金がとれるかよ」と言った。



 だがそれは『無料でいいよ』とそういう意味ではないことをフェンテは知っていた。冒険者はそういうところはキッチリしている。自分を安売りしたりはしない。



「本当はもっと後で請求しようと思ってたんだがな」とマディが言う。ほら来た、とフェンテは口をキュッと結んだ。



「わ、私の身体からだですか……?」とフェンテが不安そうに尋ねる。



(ああ……私の初めてはここではかなく散ってしまうのね。嫌がる私の抵抗も虚しく、両手を押さえられ乱暴に服を剥ぎ取られて、マディさんの手が神秘の花園へゆっくりと入り込——)





「ガキの貧相な身体なんぞいるか」





「…………貧相で悪かったですねぇ」フェンテはむすっと抗議するがマディは取り合わず、そのまま続ける。


「ハルトの小僧をダンジョン1トリップ分、使わせろ」とマディがフェンテに要求した。



 フェンテは呆れ顔で沈黙を返す。マディも返答があるまで黙っているつもりなのか、何も言わない。

 先に耐えかねて口を開いたのはフェンテだった。



「いや、なんでハルト先輩のことを私に要求してんですか。ハルト先輩は私の所有物でもありませんし」



 そうだったら良いのにな、とは思ったが、顔には出さない。



「あの小僧は俺が頼んでも、のらりくらりかわしやがる。だが、お前から今回の依頼の経緯を聞いた上で、お前の負債だって知れば必ず俺の要求を受ける。あいつはそういうやつだ」



 フェンテは深く納得し、頷いた。あのお人好し先輩なら必ずそうなるだろう、という確信があった。

 でも、勝手にそんな約束しちゃって良いのかなぁ、と思い、自らの正義を信じて、フェンテは力強く言った。



「乗りました。それで行きましょう!」


「ああ。どうでも良いが、お前急に元気になったな」



 私の財布は痛まず、かつ、マディさんも喜ぶ。みんなが幸せになる提案だ。素晴らしい。

 フェンテはハルトの都合は考慮せず——いや、考慮はしたものの『ダンジョン1トリップくらい大した要求でもないからまぁいいや』と軽視し、勝手に契約を交わした。



「お前から受けた依頼、小僧の——いや、マリアのか。マリアの村にいつ襲撃が行われるかだが、どうやら来月の頭に決行らしい。時間は深夜だ。今は裏のルートを使ってその手の業者に声をかけているみたいだな」


「来月っていうと……あと3週間、か」



 思ったよりも準備期間が長い、とフェンテは思った。裏事業の者にとっても命がけのミッションなのだから、当然と言えば当然だが。



「依頼主は巧妙こうみょう隠蔽いんぺいされていやがる。いくつもの仲介を通しているのは分かったが、大元おおもとまでは分からなかった。悪いな」


「いえ、十分です。ありがとうございます。今日の夕方ヴァルメルを出発して、明日にはハルト先輩に襲撃のこと知らせられそうです」


「ああ。信頼できる冒険者を紹介してやる。連れていけ。当然護衛料の支払いはいるが、ギルドを通すよりも格安だ」



 本当はギルドを通さない依頼は、冒険者の資格はく奪要件にかかるのだが、今はそうも言ってられない。諸悪の根源は冒険者ギルドにいるのだ。


 幸いなのは、フェンテはハルトを連れ戻して来いと言われているから、堂々と出発できることだ。だが、課長ダゲハは村の襲撃を依頼している訳だから、フェンテには全く期待していない、ということになる。



「ありがとうございます。ついでにもう一つマディさんにお願いしたいことがあるんですけど」とフェンテは上目遣いにマディを見やる。



 マディは舌打ちしてから「俺に色目を使うな。なんだ、言ってみろ」と口にした。



 フェンテは依頼内容を告げる。



「別に構わんが、タダでとはいかねぇな」



 当然である。冒険者はボランティアではない。成果には報酬を。マディはふっかけては来ないので、まだ良識のある方だと言える。


 フェンテは、昔ハルトが「クレジットカードがあれば良いのになぁ」と呟いていたのを思い出した。それがあればなんでも買える魔法のカードなんだとか。「良い歳して、そんな夢みたいな妄想、恥ずかしくないんですか」とその時は言ったが、あながち嘘ではないかもしれない、と今のフェンテは思い始めていた。



(だって、私持ってるし)



 フェンテは魔法の言葉カードを切った。








「ハルト先輩につけといてください」








 にこやかに告げるフェンテに「お前良い性格してるな」とマディが皮肉を言うが、結局はハルトのダンジョン同行プラス1トリップで契約が成立した。

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