第22話 おしりあい
朝食に食べたパンとスープが謎の緊張感によって押し上げられるのを、ハルトは必死に
汚してはいけないという意識が頭を占領し、全くくつろげない。
「どうぞ」とマリアのお母さん、マリアママが愛想の良い笑みでお茶を出してくれた。
「お、お構いなくゥ!」とハルトが叫ぶように答えると、マリアママは「ふふふ」と上品に笑った。
「そんなに緊張しなくても良いのよ? 私もあの人も、あなたのこと楽しみにしてたんだから」とマリアママがお
マリアの母親だけあって、非の打ち所がない美人だ。遠慮のないマリアママの視線に耐えられなくなって、ハルトは目を反らした。
「ちょっと、ママ! ハルトくん困ってるでしょ!」とマリアが手を差し込んでハルトをかばう。
「ええー? 別に困ってないわよねぇ?」と同意を求めてくるマリアママにハルトは「ははは」と苦笑を返すことしかできなかった。
でも楽しみにって、どういうことだろう。ハルトが首を傾げていると、階段をミシミシ言わせながら、大男——マリアパパが2階に上がってきた。
上半身は裸で、肩に大きな
のしのしとゆっくり
——が、椅子はメキッと
急に後転でもし始めたのかと思うような豪快なすってんころりんである。転んだ拍子に
マリアさんの言う挨拶ってこれのことか、と一瞬考え、『んなわけない』と自ら否定した。
「あらあら。あなた、そんなもの
「い、いつも担いでおる! これはワシの正装じゃ。欠かすことはできん」マリアパパが取り繕おうとするが、動揺は隠せていない。腹芸のできないタイプだ。
「正装というなら、まず上を着てくださいな。寒くて
「半裸じゃ! ワシはいつも半裸じゃ! 半裸の方が男らしいんじゃ! 乳首はいつもこうじゃ!」
この会話は聞いて良いものなのか、とハルトは謎の焦燥に駆られた。動揺したマリアパパは「乳首はいつもこうじゃ」とか既に男らしくないことを言ってしまっている。明らかに冷静じゃない。
ハルトは
もしかしてこれは笑うところなのか、とハルトが考えた時、後ろに立つルイワーツが、
「はははははは」と腹を抱えて笑った。
手を叩いて『爆笑』と称しても良い笑いっぷりである。ハルトもそれに続こうとした時、地響きのような声が
「何笑っとんじゃ、おのれ」
マリアパパの
(危ねェエエエ!『笑うところ』じゃなかった! 危ねェェエエエ!)
隣を見るとマリアが恥ずかしそうに
その目には
しかも晒しているのはお尻だけではない。黒歴史もマリアママによって晒されている。乳首もだ。
ハルトは心の中で、心中お察しします、とマリアに告げてから見なかったことにしてあげた。
マリアパパは壊れた椅子を丁寧に横に
(一旦落ち着こう)
と、ハルトは出された茶で口を湿らせる。
「ごめんなさいねぇ、この人はしゃいじゃって」
ぺしん、とマリアママがマリアパパの肩を軽くはたく。事が起きたのはその後だった。マリアママが唐突に衝撃の一言を放った。
「ハルトくんが
ぶふぅぅうううう、とハルトが茶を吹いた。
その茶は正面のマリアパパに吹きかかる。マリアパパはレモンでも食べたかのような目鼻口が全て中央に寄った顔で、お茶の
そしてピタゴラスイッチの如く、それにより今度はマリアパパのなんとか保っていた体のバランスが崩れ、ゆっくり、ゆっくり、と大槌ごと後ろに傾いていった。
皆の頭には同じワードが浮かび上がったことだろう。
——すってんころりん
これがメンタリズムです。
ハルトはマリアパパのお尻に再会した。これが本当の
マリアはテーブルに突っ伏して顔を隠し、身内の失態という羞恥に悶えた。
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