第23話 分かった

 

 婿むこ。つまり、結婚してマリアさんと夫婦めおとになる、ということ。ハルトは頭の中で足りなすぎる情報を整理するが、いつどうしてそうなったのか、皆目見当かいもくけんとうもつかなかった。



(一緒に領地の運営を手伝ってほしいとは言われたけど、まさかアレか? アレなのか? アレが逆プロポーズ的なアレだったのか? いや、でも僕なんかを婿にしてマリアさんに何の得が?)



 ハルトは混乱していた。本来であればまず、マリアパパを助け起こし、謝罪するのがすじだろうが、まだ『婿むこ』解析に脳みそのメモリが全て割かれ、すぐに動き出せる状態になかった。



「あらあら、そんな物に座るからですよ」とマリアママがお茶をすすり、

「ハルトさん、ハルトさん! ハルトさんがマリアの婿ならば、俺はハルトさんに仕えてるって言えますよねぇ?」とルイワーツがどうでもいいことに興奮し、

「…………もうやだ」とマリアが父の失態に泣いた。



 誰もマリアパパを起こそうとしない中、マリアパパは一人静かに起き上がり、その鬼のように恐ろしい形相ぎょうそうをハルトに向けて叫んだ。










「結婚おめでとう!」









「今?!」とハルトのツッコみ魂がショート寸前のハルトを現実世界に呼び戻した。




 この後めちゃくちゃ謝ったのは言うまでもない。





 ♦︎





「まさかマリアさんのご両親が都市内に住んでいるとは思わなかったよ」とハルトが言うとマリアは「まぁ、誰にも言わなかったし」と目を反らせて答えた。


 誰にも言いたくなかった理由は今たっぷりと拝ませてもらったばかりだから、ハルトもそのことは追及しなかった。その後、正式に父がゼノス、母がノアだと紹介を受けた。一人娘のマリアをここまで立派に育て上げた偉大な父母である。



「まさかこの子が貴族様になっちゃうなんてねぇ」とノアが片手を頬に当て、感慨深かんがいぶかげにマリアを見つめていた。


「俺ぁ、昔からマリアは大物になるってビンビン感じてたぜ」とゼノスが胸を張って誇らしげに言った。



 『ビンビン』と聞いて視線が乳首に流れようとするのをハルトは必死でこらえた。今、ゼノスがビンビンかどうかは、どうでも良いのだ。そう自分に言い聞かせる。

 ——が、抵抗むなしく、結局視線は乳首に吸い寄せられた。ビンビンだった。



「大した料理は出せないけど、今日はゆっくりしていってね。二人の馴れめも聞きたいしね」とノアがいたずらっ子のように笑う。


 マリアは頬を染めて「もぉ、恥ずかしいからいいよォ」と言いつつも、まんざらでもない顔をしていた。女子は三度の飯より恋バナが好き、と昔フェンテがのたまっていたのを思い出した。





 恋、というワードでハルトが気づく。





(え、待って。もしかして、マリアさん、恋してるの? え、僕に?! いや…………ないな。ないないない。だって、あの『聖剣のマリア』だよ? 多分願えば皇族とだって見合いできそうな超大物じゃん。僕なんかを好きになるわけないって)



 マリアがハルトと結婚するのはきっとハルトが大変都合が良い一般庶民だからだ、とハルトは見当あたりをつける。

 この世界の婚姻は政略結婚が当たり前。マリアに何の狙いがあるのかは正確なところは不明だが、その類の損得勘定の結果の結婚なのだろう、とハルトは結論付けた。





 ノアの料理は美味しかった。

 ゼノスは鍛冶かじ職人であり、肩書かたがき的には「親方」だ。貴族ではないが、この都市では上級な市民の部類だった。そのため、金銭面で困ることはなさそうであり、出される料理も一般庶民のハルトでは普段食べることのできない食材を使った絶品ばかりだ。



「てめぇ、この野郎、俺の婿を殺そうとしやがったのか? あ゛?」とルイワーツの過去にゼノスが激昂し、ルイワーツにヘッドロックをかけていた。


「違います違います! いえ、違わないけど、今は違います!」とルイワーツは泡を吹きながら弁明する。



 ハルトが笑いながら、一応ルイワーツを弁護し、マリアも手を叩いて楽しそうに笑っていた。酒も入り、ハルトは飲まなかったが、マリアもルイワーツも顔を赤くして、酔っ払いになり果てていた。

 久々に心から楽しいと思える、そんな時間だった。




 日も傾きかけ、そろそろお開きか、という頃、ハルトが何気なく、今後のスケジュールを確認するように言った。


「じゃあ、お義父さん達の移住の候補日ですけど——」


「え、パパとママ引っ越すの?」とマリアが大げさにハルトに振り向き、尋ねる。


「そりゃ、そうだよ。だって、マリアは別の領地でやっていくんだよ? 他の領主は全員敵、くらいに思っていないとすぐに攻め込まれて、根こそぎ略奪りゃくだつされちゃうよ?」



 敵地に身内を置いておく訳にはいかない、とハルトはマリアに説明する。



「いやぁ、いくらなんでも、そんなことはないでしょォ? だって別の領地とは言え、同じ国だよ? 皇ちゃんだって、そんな横暴許さないでしょ」


 マリアは酒が入っていることもあり、にへらと笑いながら、「ないないない」とふにゃふにゃ手を横に振った。


「マリアが思っているほど、皇帝の力って絶対じゃないんだよ。距離的な遠さもあって、皇帝は地方のいさかいにはあまり口を出さないんだ。だから、そこらかしこで盗賊の仕業に見せかけた略奪行為が横行しているんだよ」



 前にルイワーツと一緒に農奴のナナを助けた廃村もそうやって滅んでいった経緯があった。ああいった廃村はこの国のそこらかしこで見かける。さして珍しいことでもないのだ。



「悪いこと考えるやつもいるもんですね」とルイワーツが言うと、全員が口をそろえて「お前が言うな」と言った。






「だから僕らの領地外に、領主の肉親がいる、なんて状況は良くない」とハルトはゼノス、ノアに目を向けて言う。


「私たちが人質になっちゃうってことね」とノアが理解を示した。


 ハルトは頷く。


 同盟を結ぶために敢えて親族を渡したり嫁がせたりすることはあるが、ハルト達の場合は初めから肉親人質が野に放たれていることになる。だから、ゼノスとノアの同行は必須だった。









 ——だが、




「悪いが、俺たちゃ、ここを離れないぜ」とゼノスが言った。



 え、と言葉に詰まる。

 ハルトとしては、当然マリアの両親はついてくるものだと思っていた。まさか断られるなどとは夢にも思っていなかったのだ。



「ここで面倒みてやってる冒険者が大勢いる。そいつらを置いてはいけねぇな」とゼノスが言うと、「そうねぇ、見習い鍛冶師の子たちもいるしねぇ」とノアも同意した。



「で、でも——」


「——ハルト」とゼノスが真剣な表情をハルトに向けた。「マリアはお前に任せた。俺たちのことは心配するな。仮に人質になっちまったら、邪魔にならねぇようにいさぎよく死んでやるぜ」



 ゼノスがガハハと笑った。



「あら、私はただで命を差し出すつもりはないわよ? 私たちを人質にしたことを文字通り死ぬほど後悔させてあげるんだから」とノアが楽しそうに手を合わせる。



 ハルトはマリアを見た。


 マリアは眉間にしわを寄せて、神妙な顔で黙っている。


 決して「一緒に来て」と喚いたりはしない。ただ真っすぐとゼノスに目を向けて、一言、












「分かった」


 と、言った。


 この日は各々、自宅あるいは宿屋に泊り、翌日城門前で待ち合わせることにした。


 ハルトは帰り道、マリアのことを考えていた。


 ただ「分かった」とだけ言ったマリアに明確な感情の色は見えなかった。だけど、何も思わないわけがない。きっとマリアは苦しんでいる。そんな気がした。だとしたら——



(だとしたら、僕はマリアさんのために何ができるのだろう......)



 その日見たマリアを包むゼノスとノアの温かい笑顔が、いつまで経っても頭から離れず、余韻よいんのような温もりを感じながら、ハルトは眠りについた。



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【あとがき】

ここまで読んで頂きありがとうございます!

レビューくださった方、本当にありがとうございます!

まだの方、どのタイミングでもOKなので、是非レビューお願いします(^^)

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