第14話 ありがとう

 

 マリアは完全武装して都市の出入口、城門に向けて早足で歩いていた。その表情には、怒りと焦燥が表れていた。



「おい、待てよ。マリア」と同じ『金獅子きんじし』のメンバーであるレオンが腕を掴んでマリアの進行を止めた。


「離して」とマリアは振りほどき、また歩き出す。



(あのギルド職員は、後でぶっ殺す)



 マリアの殺気に、通りすがりの街人が「ひィイ」と逃げていく。


『あのギルド職員』とはルイワーツのことである。

 マリアが数発殴ると簡単に口を割った。

 ハルトをあの有名な『必死の転移トラップ』にかけた、とあの男は言った。許せることではなかった。可能ならマリアが自らの手で苦しめて、その後に殺したい程だ。

 だが、今は時間的余裕がない。一刻も早く、ハルトを救出に行かねばならなかった。



「でもギルド職員1人のために、わざわざウチらが行く必要あるの?」と同じく『金獅子』のパーティメンバーであるマチが頭の後ろで手を組んで言った。明るいショートヘアで背丈が低いマチが頭で手を組んでいると、まるで腕白な子供のようにも見えた。


「嫌なら来なくて良いよ。私一人で行くから」マリアはマチに見向きもせずに言う。


「いやいや、マリリン一人行かせる訳にはいかないってェ。だって、踏むんでしょ? その必死の転移トラップ」



 マリアは答えずに進む。その沈黙が答えの代わりだった。



「あまり気が進まないのも確かですけどね〜」と気の抜けるような声をあげたのは『金獅子』のヒーラーであるローラだ。銀髪のエルフであるローラは、穏やかでのんびり構えているようで言うことははっきり言う。


「だから、来なくて良いって」とマリアは冷たく突き放すが、誰も『じゃあ止めた』とは言い出さない。マリアを心配する気持ちは皆同じだった。だから皆がマリアについて行くのは、ハルトの救出、というよりはマリアを死なさないため、と言った方が正しかった。


「ははは、まぁいいじゃねえか。マリアは今月いっぱいだろ? 最後の冒険には持って来いじゃねーか」と『金獅子』のウォーリアであるジンが笑う。どでかい鎧を身に付けているが、1歩が大きいため、皆と変わらぬ速さでガシャガシャと歩く。


「最後とか、縁起の悪いこと言うなって」とレオンがジンを睨む。「まだ月末まで日数があるだろ。というか、俺はマリアの引退自体に反対なんだ」


「まだそれ言ってんの?」とマチが呆れた顔で言った。


「確かに聞いた時ぁ、驚きはしたが、未だ反対してんのはお前くらいだぜ、レオン」ジンはからかうように、にやりと笑う。


「いい加減、マリねぇ離れしなよ〜」とローラもころころ笑った。



 レオンはそれに取り合わない。

 ふん、と鼻で笑ってから「マリア。お前の引退は、これから助けに行くギルドのガキと何か関係があるんだろ」とマリアに話を向けた。


 マリアは少し考えてから「だったら何よ」と答える。


「おい聞いたか?」とレオンが今度はマリア以外のメンバーに顔を向けた。「ギルドのガキが助からなければ、マリアの引退は——」



 マリアが勢いよく振り返ると、レオンの言葉を遮るように胸倉を掴んで持ち上げた。レオンの顔から血の気が引く。

 マリアの殺気が仲間に向いたことは未だかつて一度もない。いや、なかった。

 今がその最初の1回目だった。



「キミ達が付いてこないのは別に良いよ。でもね——」



 メンバー全員が言葉を発せなかった。初めて向けられたリーダーの殺気に、誰も動けない。



「——私の邪魔をしたら、ただじゃおかないよ。レオン、キミだろうとね」



 ドサッとレオンが尻から地面に落ちる。マリアは再び前を向き、歩き出した。



「ちょ、ちょっと待ってよ、マリリン」とレオン以外のメンバーはマリアを追いかける。



 レオンはギリッと奥歯を噛みしめ、宙を見つめていた。







 都市の『城壁』とは、都市全域を囲う堅牢な壁のことであって、何も城だけを囲っているわけではない。都市全体を守る壁なのだ。

 城門は、その城壁にいくつかある都市の出入口のことを指す。城門は防衛の都合上、数が少なく、マリア達が向かったのは、その中でも一番大きな正門だった。ここで入市料や税金を徴収したり、不審者を追い出したりするため、日中は常に門番が張っている。

 当然S級冒険者のマリア達は顔パスで出入りができた。


 都市を出たところに、馬を用意させていた。どんなに急いでも『不死王の大墳墓』まで8時間はかかる。

 一秒でも早く出発したいマリアは早速馬に乗ろうとして、声をかけられた。



「おいおい、そんな顔してたら馬がビビって逃げちまうぜ」

「可愛い顔が台無しよ?」



『深淵の集い』のマディと『神秘の宝珠』のリラだった。

 彼らの仲間は今日は見えない。2人で待ち構えていたかのように、マリアのもとに寄ってきた。



「マディ、リラ。どうしてここに?」とマリアが問う。



 こんな城門外に、それもパーティではなく個人で、偶然居合わせたとは思いづらかった。

 しかもマディ、リラ、両名とも完全武装していた。



「決まってんだろォが」とマディが無表情に言う。

「ハルトに死なれたら困るのよね。有望な子には唾をつけとかないと」とリラが笑った。



 マリアは目を見張った。

 あの必死のトラップを踏むのだ。命の保証はない。本来ならたかがギルド員一人のために、自らを危険に晒してまで助けに行きはしない。

 しかし、それでも2人は来ると言った。



(まったく、とんだ人たらしね、ハルトくん)



 マリアの口角が自然と上がる。

 これほど心強いことはない。



 マリアは「ありがとう」と頭を下げた。




「テメェに感謝される筋合いはねぇ」

「感謝は物で示していただけるかしら?」




 金でも何でもいくらでも支払おう。

 でも、まずは——









 マリアは馬にまたがる。










 ——ハルトくんを助けなきゃ!


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