第八話


「皆の者、行ってくるぞ!」


 月太郎はその腰に、幾度となく共に死線を潜り抜けた刀を携えて村を出発した。廃刀令も何のその、妖怪退治の為ならお上も納得する筈だと勝手に決めつけて、月太郎は竹林へと向うのだった。


「頑張れーー!」


「早よ行け」


「偉そうに」


「頑張れ腰抜け月太郎!」


「腰抜けーー!」


「阿呆太郎ーー!」


 声援の中にほんの僅かな誹謗中傷が聞こえるのはご愛嬌。妖怪退治を終えて帰還すれば聞こえなくなる幻聴である。月太郎は汚名返上の為の絶好の好機に心を踊らせつつ、ひかりの事はやはり心配であった。

 あれから、ひかりは人気の無い洞窟に移った。彼女が自分の意志でそこから出ない限りは、容易に見つかる事はないだろう。それでも、まるで子供のようなひかりの事を思うと、気が気でならなかった。


 竹林に入り、村人達の声も聞こえなくなった頃。月太郎は、幕末の血飛沫が舞う京都を思い起こしていた。腰の刀に手を添えてみる。この刀で、一体どれほどの命を斬り捨ててきたのか。平穏な時代を迎える為に、犠牲にしてきたものは余りにも重かった。

 明治の世になり、守るべきものは何か。月太郎の頭に浮かんだのは、光子。そして──。





 光子は家の前で月太郎を待った。一刻程で戻ると言っていた筈なのに、もう日が暮れようとしていた。村人達も、月太郎を待っていた。何だかんだと言いつつ、彼等も月太郎の身を案じていた。

 結局、その日月太郎は帰ってこなかった。村人達は、きっと明日には帰るだろうと言って各々早々に家路についた。光子だけは、遠目に見える竹林の前から立ち去ろうとしなかった。

 村人達が知らない、光子だけが知っている真実。これは自作自演の妖怪退治。月太郎がこの大掛かりな嘘に真実味をもたせるために、敢えて一晩戻らぬようにしている可能性も無くはない。ただ、刀と小振りな水筒だけを携えて出陣した事を考えると、やはり腑に落ちない。


 ──嫌な予感がする。


 光子が眠れなかったその夜は、満月だった。

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