第七話


「妖怪退治じゃ! 拙者が忌まわしきのっぺらぼうを斬り伏せてみせよう!」


 村では、のっぺらぼうを退治せんと息巻く輩が増え始めていた。といっても、実際に行動に移すものは今のところおらず、声を上げる者はあれど、その本質は自身の勇ましさを示す為の虚言であった。だが、村全体の雰囲気は、いつまでも妖怪に怯えていられないという対抗心のようなものに変わりつつあった。


「ねぇ、月太郎。ひかりちゃん、大丈夫かな。退治されたりしないよね」


「あいつが大人しくしていればいいのだが。まぁ、竹林の外へは出ないだろう。だがウチの村人が妖怪退治の為にあそこに足を踏み入れるなら、それは阻止せねばならん」


 腕を組んで胡座をかき、月太郎は険しい表情だった。二人の癒やしであるひかりを、何としても守らないといけない。


「けれど、このままだと、いつ誰があの竹林へ踏み込むか分かったもんじゃないよ」


 暫く考え込んでいた月太郎は、突然閃いて目を見開いた。


「光子よ。我の名を申してみよ」


「阿呆太郎」


「違う、そっちじゃない」


「⋯⋯腰抜け月太郎?」


「そうだ! いや、そうじゃないけど、そうだ。俺はこの村ではそう呼ばれている。明治という新時代を切り拓くのに一役買ったこの勇ましき侍を、皆は腰抜けと呼ぶのだ。何たる不名誉!」


「だってあんた腰抜けじゃんよ」


「だが光子、これは好機だ。妖怪退治の気運が高まっている今こそ、汚名返上の時ではないか!」


 月太郎の後頭部に光子の拳骨が落ちた。


「阿呆太郎! あんた、ひかりちゃんをどうするつもりだ!」


「阿呆は光子だ! いいか、俺が刀を持って、あの竹林へ行く。そして一刻程で村へ戻り、皆の前で妖怪退治を成し遂げたと宣言するんだ。もちろん、ひかりは事前に安全な場所へ移さねばならんが。そうすれば、村は妖怪の恐怖から解放され、ひかりは別の静かな場所で暮らし、そして腰抜け月太郎は、英雄月太郎になるんだ」


 月太郎は目を輝かせている。結局自分の汚名返上が目的なのかと呆れる光子だったが、ひかりの安全を考えるとこの作戦が最善であるとの結論に達した。


 早速、二人は竹林へと向かった。何も知らないひかりは、光子から貰った手毬をついて遊んでいた。


「ひかりちゃん、ちょっといい? 悪いけど、ひかりちゃんにはここを離れてほしいんだ」


 ひかりは首を傾げた。もう何度も見た仕草だ。


「村の人達が、あなたを退治しようとしている。私達はあなたの優しさや可愛さを知っているけど、彼等にはそれが通じないと思うの。だから、ここから逃げて。私達が、安全な場所を教えてあげるから」


 竹林を抜けてさらに進むと、山の麓に辿り着く。その近辺には小さな洞窟があり、木南夫妻はそこへひかりを移動させようと考えていた。


「あそこに洞窟があるのは知ってる?」


 ひかりは頷く。


「ここは危険だから、ひかりちゃんはあそこに行くの。分かった?」


 ひかりはまた頷く。そして、光子の手をちょんちょんと突いた。


「⋯⋯私達は行かないよ。暫くは会う事も控えないと。村の人達に見つかっちゃうよ」


 ひかりは首を横に振った。


「ひかり、そうするしかないんだ。ここは俺達に任せて。その内また、洞窟に顔を出すから」


 ひかりは光子の胸に飛び込み、離れなくなってしまった。光子はひかりの頭を優しく撫でた。


「この子、本当に一人で大丈夫かな?」


「まぁ、死にはしないだろう。妖怪だし。それに、この村で人に見つかるまでは、こいつは恐らく長い間一人だった筈だから」


 寂しそうに見送る目の無い顔で見送るひかりを置いて、二人は竹林を後にした。丁度、日が暮れる頃だった。

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