第五話


「あなた、いつからここにいるの?」


 のっぺらぼうは弱々しく首を横に振る。分からないという仕草だろう。


「怒ったりしてごめんね。あなた、顔が無いけど、何だか美人さんだね」


 のっぺらぼうは何も無い顔を赤らめ、両手でそれを隠した。紅潮するのは人間と同じらしい。


「着物も素敵」


 のっぺらぼうは顔を覆ったまま身体をくねくねと動かした。


「月太郎! この子、照れとる! 可愛い!」


 木南夫妻がのっぺらぼうと出会ってから小一時間。二人はすっかりのっぺらぼうの魅力に取り憑かれていた。

 光子はのっぺらぼうの顎を擦っている。対してのっぺらぼうは、顎を差し出す体勢を維持していた。


「こら光子。そいつは猫ではないぞ。でも、人でもないしな。どう接したらいいものか」


「とりあえず、名前をつけよう。毎回“のっぺらぼう”って呼びにくいし、もっと愛嬌のある名前がいいよ。ね、あなたもそう思うでしょう?」


 のっぺらぼうは首を縦に降ると、ぴょんぴょんと小さく跳ねた。名前を付けてほしいらしい。


「そうだな。じゃあ⋯⋯“顔無し”は?」


のっぺらぼうは地団駄を踏んだ。


「“節子”」


光子も参戦する。のっぺらぼうは首を傾げた。


「“真っ平ら”」


「“ヨネ”」


「“妖怪娘”」


「“文子”」


「“身振り手振り”」


「“千代子”」


 月太郎の案には怒りを示し、光子の案にはピンと来ない様子ののっぺらぼう。二人はすっかり行き詰まってしまった。


「どうしよう、もう思い付かん⋯⋯」


 のっぺらぼうは竹を指差し、ツンツンと叩いてみせた。


「竹がどうしたの?」


のっぺらぼうは竹ツンツンを続けた。


「⋯⋯“竹”を名前に入れてほしいんじゃないか。それか、“竹”にまつわる何か」


 竹、竹、竹⋯⋯。暫く二人で考えた後、光子が閃いた。


「もしかして、かぐや姫、みたいな?」


 のっぺらぼうは首を縦に振った。身体が揺れている。ワクワクしている様子だった。


「かぐや姫か。それなら、姫を取って、“かぐや”はどうだ?」


「もっと名前っぽくしないと。かぐやは光り輝くという意味だから、“光子”は?」


「それはお前だろう!」


「それじゃあ⋯⋯“ひかり”は?」


 のっぺらぼうはぴょんぴょんと跳ね出した。両手を上げている。


「よし、決まりね。あなたの名前はひかり! よろしくね、ひかりちゃん」


 ひかりは光子と手を取り合って飛び跳ねながらくるくると回った。妖怪とは思えない愛おしさだった。


「光子、もうすぐ日が落ちる。そろそろ帰ろう。ひかりも来るか?」


 ひかりは俯き、首を横に振った。


「そうか。ここに置いていくのも気が引けるのだが、お前は妖怪だからな。村人に見られてもまずいか」


「ひかりちゃん。また来るからね」


 光子はひかりを抱きしめた。ひかりは光子の着物をそっと掴んで、何も無い顔を埋めた。

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