第四話


 月太郎は確かに見た。その姿を見た時、のっぺらぼうは確かにこちらを見ていた。目が無いけど、見ていた。だが光子の存在を確認すると、のっぺらぼうはさっと後ろを向いてしまった。


「ほら、ここにおる!」


 息を切らせながら、月太郎は後ろを向いたのっぺらぼうを指差した。


「おい、のっぺらぼう。これが俺の嫁、光子だ。挨拶してやれ」


「⋯⋯」


 のっぺらぼうはこちらを向かない。代わりに手を上げて、ひらひらと振った。


「おい、のっぺらぼう。振り向かんか。振り向かねば、お前が妖怪だと分からんだろう。光子にあらぬ疑いをかけられとる。早う顔を見せろ!」


 のっぺらぼうは後ろ向きのまま、頭を抱えてしまった。どうやら、もう人を脅かしたくないらしい。


「月太郎。この人、普通の人間じゃないの? 綺麗な着物着て、髪もさらさらで。後ろ姿がとても可憐。あんたが浮気するのも分かるわ!」


「まだ言うか光子! なら、その者の顔を見てみろ!」


 光子はズンズンとのっぺらぼうの方へ歩き、そのまま回り込んだ。のっぺらぼうはすかさず両手で顔を覆った。


「やい、泥棒猫。よくもウチの阿呆太郎をそそのかしたな。妖怪と言えば私が近付かんと思ったんだろう、卑怯者め。どんな綺麗な顔しとるのか、見せてみな!」


 光子はのっぺらぼうの両手を思い切り掴み、顔から引き離した。


「⋯⋯」


 この竹林でのっぺらぼうを見た者の叫び声が響いたのは、これで五人目だった。後で月太郎が聞いた話では、光子の叫び声は他の四人の百倍は大きな声だったという。


「落ち着け光子! ほら、こいつは怖くない」


 乱心の光子を見たのっぺらぼうは、しきりに頭を下げる仕草をした。


「ほら、のっぺらぼうは謝っとるぞ」


光子はそっとのっぺらぼうを見た。のっぺらぼうはずっと頭を下げる仕草を繰り返している。


「⋯⋯。あなた、妖怪でしょう? 私達を脅かしたいんじゃないの?」


 のっぺらぼうは頭を上げ、首を激しく横に振った。


「こういう事だ、光子よ」


「どういう事だ、阿呆太郎!」


 木南夫妻のやり取りを見て、のっぺらぼうは肩をすぼめ俯いた。

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