第12話
腰を抜かしそうになる。いや実際、抜かしていたのかもしれない。だから辛うじてコケむし折り重なる倒木の影へ屈みこんでいた。おかげで気づかれた様子のない。のぞいていた目もめくれ上がった地面の下へと、いったん引っ込む。
などとはっきり様子を目にしたのだから、一部始終はそれこそピージーの見間違いではなかった。飲み込めない現実に思わず、わー、と叫んで逃げ出したい気持ちに駆られる。体を震わせどうにか堪えることができたのは、大人たちの言いつけがピージーの頭を過ったためだった。
見つかってしまえば二度と家へは帰ることは出来ない。
相手が何者なのかを知らない。だがそうだとしか思えず、大人たちはこのことを忠告していたのだ。いまさら思い知らされ、震えるままに飛び出しそうな心臓に呼吸を早くしていった。それが喘ぐようだったなら、音に気づかれるのではと慌てて口を「ルカ」で押える。飲み下してようやく落ち着きは、体を思いとおりにできる自信は取り戻されて、自身をも誤魔化すほどにだ、ピージーはゆっくりと倒木へ顔を近づけていった。重なる木と木の隙間から、そうっと地面がめくれ上がった場所をのぞく。だがそれがどこにあったのか、地面は元通りともう区別はつかない。
驚き目を泳がせていた。
なら呼吸を整えている間に抜け出したのだとしか思えない。背を向ける格好で、降り注ぐ光の向こうに立つ人影はあった。その背には鈍く光る銀色の大きな箱が背負われている。右下からは掃除機のホースに似た管が伸び、手にした何者かは雨合羽のような黒いポンチョを着ると、うつむき手元のホースを操作していた。
唐突と箱が大きな音を鳴らし始める。動き出したのだ。何者かの背で箱も小刻みに震えると、確かめた何者かはホースを握りなおしてみせた。横歩きで小刻みに右へ右へと移動を始める。そうして何者かが通り過ぎて行った後には、粒のようなものが残された。握るホースから、いや機械仕掛けの箱からだ。送り出されて何者かは、それを森へと撒いていた。
いったいこれは何なのか。
気付けば恐ろしさよりも好奇心は勝り、見定めんとピージーは目を凝らす。気づくことなくゆっくりとした動作で、何者かは森の中を移動し続けた。かと思えば立ち止まり、くるりと身を反転させる。
やはりそうだ。
ピージーは胸の内で呟いていた。手元のホースから目の荒い粒は地面へと吐き出されている。握り手近くには小さな栓が見え、振り返った何者かはずいぶん大きな手袋でホースを握りなおすと、器用にそれをひねってみせた。とたん吐き出されてい粒は止まる。箱もまた静かになった。
見届けて何者かは顔を上げる。そこに工場で溶接をする人がつけているようなヘルメットはあてがわれていた。めくれた地面の隙間からのぞいた目は、何の飾り気もなく顔面を覆うヘルメットに開けられたスリットからのぞいている。
やおらピージーが潜む方へと目は動いた。
見つかった?
ピージーは身を強張らせ、目指して何者かは歩き始める。足取りは少しづつだった先ほどとは違って堂々たる大股だ。手袋同様、どうにも足に合っていない大きな長ぐつを振り上げると一歩、また一歩と倒木へ近づいてきた。開けた場所をあっという間に横切る。降り注ぐ光の中を抜け出せば雨合羽に影は落ち、逆光と黒ずんだその姿は縮む互いの距離になおさら大きさを増したように見えていた。
押されてピージーは尻をする。腰が抜けたように屈みこんだままの姿勢で後じさった。
と、何者かの足は倒木を前に止まる。再びうつむいた視線は手元にあり、手袋はホースの栓をひねっていた。なら動作が予感させるのは箱からあの粒が撒かれる光景で、箱が音を立てた瞬間だった。吹きかけられるに違いないそれへたまらずピージーは声を上げる。
「わーっ」
四つん這いになると倒木の影から飛び出していた。なら倒木をの向こうでも、飛び出したピージーの姿と声に何者かもまた大きな声を上げる。
「わぁああああっ」
振り上げた手からホースが放り出されていた。背の重みもあったならバランスを崩して何者かはその場に尻もちをつく。地面へ触れた箱がガチャン、と音を立て、その音にも追い立てられてピージーは絡まるだけの四つん這いから死に物狂いと立ち上がってみせた。駆け出そうとして背のリュックに振り回され、よろめき転んで下草に足をとられながらまた立ち上がる。
「どうしてこんな所にっ」
背で声がしていた。響きには、やはり来てはいけない場所だった、と思うほかなくなる。好奇心などいっとき沸いた気の迷いに過ぎなかった。今やすっかり失せ飛んで、ピージーは逃げた。だが問題はここが全く初めての場所だということだろう。動転してもいたなら目印をつけた木がどちらにあったのかなど見定める余裕はなくなる。闇雲に駆けて、目の前に立ち塞がった木を無我夢中のままにかわした。
「おいっ。キミ、そっちはっ」
追いかけ背後からガシャガシャと、揺すられた箱の音が迫る。
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