第10話
三十分とかからず書き上げた一枚をそう悪くない、と眺める。
とはいえ結局どのスケッチもそう悪くない、という感想に終始しているのだから、悪くないのは仕上がりに対してではなく最善を尽くした、という手ごたえがもたらすものに他ならない。もし出来上がりで判断するならスケッチは、間違いなくイマイチだった。なぜなら今回も、描きたいと思わされた森の秘密をはっきりと見極めることはできていない。酷く曖昧に紙面に取り込まれているだけだった。
それでも探して納得するまで眺めたあと、見つけられず次へ託す決心をしスケッチブックと色鉛筆をリュックへしまう。
振り返った。
誰も、何も、追いかけ、探して、引きずり戻そうとする気配はない。
気持ちもすっかり落ち着いていたならなおさら「悪いこと」をしているという後ろめたさは消え去って、野放しと自由でいられることにむしろ正しいからこそ、という理由を感じ取る。
ハイキングの途中で食べるつもりだった昼食のコッペパンと水筒を取り出す。水筒の中にはマルウが作ってくれたスープが入っており、制限さえ解除されていれば擦るライターで豆炭に火を入れ温めなおすことのできたそれを、フタ代わりのカップへ注いでゆく。
川は今や真上からの日差しに、ギラギラとした光を浮かべていた。おかげで水かさは増したように見え、眺めながらどこか味気なく感じる昼食を平らげてゆく。ピージーは再びリュックを背負いなおした。
だとして帰るにはまだ早い。思えるのは、帰ったところで間違いなく面倒事が待っているからで、もう少し先延ばしにしたいと辺りを見回す。つまり後戻りできないのならと、さ迷っていた目を激しい流れの中にうずくまる描いたばかりの石へやった。好奇心と不安と譲れない思いが見つめるピージーの中で渦巻く。
渡って向こう岸へ行ってみたら。
滑って川へ落ちてしまうかもしれず、間違いなく「ルカ」通信は切れてしまうはずで、しかし「悪いこと」などしていない。
もう一度、背後へ振り返った。変わらず何者の気配もしなければ、気配のないことで森が決意を後押ししているように感じ取ってみる。川へと向きなおった。ピージーは、よし、と自身へうなずいて意を固める。
だからリュックでよかったとしか思えない。最初の石まで尻を擦りつつ足先で探りながら慎重に、川岸を水面近くまで降りていった。
最初の石は片足しか乗らないような大きさの、けれど水面から顔を出している部分は平らな石だった。座り込むような格好からジャンプさながらピージーは、狙い定めてその石へ最初一歩を、えい、と踏み出す。滑ることなくうまくとらえることができた岸との間、股の下を水はくすぐるように飛沫を上げて流れ、いつまでも大股を開いたままで立っていられやしないなら、岸に残る足に弾みをつけた。大きさは十分だが水面に三角と突き出す石へその足を突き立て、体を預ける。
さあ、もう本当に後戻りはできなくなっていた。ピージーは次に足を繰り出す石を吟味する。平らな石を蹴り出し着地したその次を、三角石を越えて繰り出したその次を、目でなぞると向こう岸までをつないでいった。そのイメージを逃さないためには躊躇こそしてはならないと思う。
リュックの肩紐を「ルカ」で出来るかぎり強く握りしめた。
軽く腰を沈ませたその後、ピージーはひと思いと体を弾ませる。
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