第3話

 誕生日に新調することがいつから習慣になったのかは分からない。

 ただ災いを取り除いた直後から人は代わりに「義手ルカ」を装着すると、成長に合わせ短くなったそれを新調しており、つまり子供時代のそれは成長の証そのものだった。誕生日に「ルカ」が贈られるようになったもの、おそらくそんな子供らの成長を祝うためで、いつしか習慣づいたに違いなかった。

 見はからい取り寄せた「ルカ」の装着は、指定の医療機関で一時間あまり。神経と筋繊維のソケットをつなぎなおすことで済まされる簡単なものだ。その後、「ルカ」に組み込まれたソフトのセットアップやオンライン化をリハビリ科でこなし、安全装置の動作をパスしたなら、新調のための手順は全て終了となる。

 行程は半日もあれば足りるものだった。エフワンのように週末に行えば、長さの変わらない大人など気づかれない場合さえあるほどだった。



「すごぉーい。これってもしかして、大人用でしょ?」

 一番最初に甲高い声を上げた女子だ。さらにトーンは上乗せされている。向かって、うん、とはにかみ笑ったエフワンは、しかしながら堰を切ったように語り出していた。

「まあ、ぼくもけっこう背が伸びたからさ、子供用で合うのはもうなくて。どうするか考えて先に遺伝子解析もしてもらったんだけど、伸びても身長はあと三センチほどだっていうんだ。だから普通ならあと一回くらい新調するところを端折って、ちょっと早めに大人用へ切り替えようかって。指先が摩耗するまではもうこのままだね。まぁ……」

 不意に自身の「ルカ」へ目を向けたエフワンは、言葉をいったん切ってみせる。何やら思い巡らせているらしい様子はどこか芝居がかったわざとらしさに満ちており、だからこそ吸い込まれて前のめりと、囲う輪も揺れて小さくなっていた。

「まあこいつ、最新素材だから軽くてぜんぜん疲れないし、リミッターが作動しても動きはシームレスで、すっかりもう馴染んじゃってるんだ。消耗品だからって変えるのはちょっと惜しいな」

 そうなのか。

 前のめりだったクラスメイトたちの視線はなおさらエフワンの「ルカ」に釘付けとなる、なら、あ、そうか、とまたもやエフワンはわざとらしい口調で言ってのけていた。

「その頃にはまた新しいヤツが出てるよねきっと」

 そうかもしれない。

 うなずくような空気は流れようとも、今、目にしている最新式さえのみこめないから動揺しているクラスメイトらにとって、そんなことを言ってのけるエフワンの方が信じがたい存在らしい。実際に、そうだ、と口に出した者は一人もいなかった。

 遠巻きに眺めていたクラスメイトたちが呆れたように離れてゆく。そうでないクラスメイトらはまだ先のことよりも目の前の関心事を優先させるとエフワンへ、触らせろ、やいつもの遊びをねだって迫った。

 触れさせて握手し、矢継ぎ早と繰り出す段取りでグータッチを交わすエフワンの「ルカ」は本当に、昨日、新調したばかりだとは思えない動きだ。あいまれば昨日まで同じクラスの同級生だったはずも見知らぬ誰かになってしまったようで、盛り上がる輪に加わることもできず去るでもなく、ピージーはそんな様子を眺め続ける。様子はよほど間抜けた風に見えていたのだろう。じゃんけんを繰り返していたエフワンが振り返ってみせていた。

「先を越しちゃって悪いね」

 最初、何のことかとピージーは分からないでいる。

「君のルカ、さすがに誕生日なんて関係なく新調するものだと思ってたよ」

 とたんエフワンを囲んでいたクラスメイトたちの視線も、一斉にピージーへ持ち上がる。もう幾らも同じ教室で過ごしているのだから知っているようなものの、改めピージーの姿を眺めてみせた。そうして何人かが申し訳なさそうに、けれど耐え切れず、ぷっ、と吹き出す。

「曲、覚えちゃったし」

 迷惑気に呟く声もまた混じらせた。

 だからピージーが咄嗟に隠したのは自身の両腕だ。もう三年近く新調していないそれはさすがに短く不格好で、傷だらけだった。何よりスポンサー付きということで安く購入できたピージーの「ルカ」は、定時になると短い広告が「ルカ」の表面に音楽と共に流れる。

 選んだのはもちろんピージーではなかったが、両親に選ばせたのはピージーのようなものだった。それもこれも承知の上で新調したはずだったが、消えず慣れないのが恥ずかしさというものらしいと、今はつくづく味わわされている。ならタイミングも最悪と、例の曲は鳴り出していた。黄緑色の文字はあっけらかんと、ブレスレッドでもつけたかのように右手首でスクロールを始める。

 聞き流してくれていた普段ならかまわず放っていたものの、今はそういうわけには行かない。慌てて文字を握り絞める。

 ところでちょうどと教室のドアは開いていた。

「いつまで騒いでるんだお前らー。席につけ。授業、始めるぞぉ」

 すかさずドスの効いた独特の声は、コラ、と投げ込まれて先生は現れる。蜘蛛の子を散らすようにクラスメイトたちはエフワンから離れてゆき、十秒足らずの広告もちょうどと鳴り止むと、紛れてピージーも急いで自分の席に着いた。

 教壇に立った先生は、一度は手元の教科書へ視線を落としている。だが先生も気付いたようだ。

「お、エフワン、新調したのか。記念だ、教科書、五十八ページ。お前が読め」

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