勇名轟く⑤ 抱えるもの


 遠征は遠くに征くのだから当然、時間が掛かるものだ。

 長い間空を飛び、船の中という限られた空間で共同生活を行う。

 仕事と休みの境界が曖昧なこの場所では否応なしに同僚にして隣人の顔を見る事になる。

 例えばそう、ハラネスとトルネは何度も顔を合わせる機会があった。

 あったのだが、ぎこちなく消極的なコミュニケーションは何かを生み出す事もなく、ただただ時間が過ぎるのみ。

 そんな状態を近くで眺める者、フロドは考えた。


「お互いに遠慮があるのがダメなんじゃねェの?」

「遠慮?……確かにそうかもしれない。今さらどう接していいのか分からなくて」


 自らの慧眼に唸るフロドは更に考え、ひとつの案を思い付く。


「絶対に話さなきゃならない状況に追い込めばいいのさ。ハラネスもアンタもね」

「確かに退路を塞いでしまえば覚悟するしかない……!」


 自らの聡明な頭脳に頷くフロドはそれを即座に実行へと移した。

 即ち倉庫への閉じ込め作戦である。

 ハラネスに雑用を粘り強く押し付けて強引に倉庫へと誘導、タイミングを窺ってトルネが倉庫へと入り扉を封鎖する……という作戦。

 とにかくハラネスを倉庫へと押し込めれば良いだけの話なので、フロドは大変に粘着質でうざったい絡み方をする事で見事に成功。

 怪訝な顔をするハラネスが倉庫に入った事を確認してトルネも意を決して倉庫へと足を踏み入れ作戦開始……かと思いきや。

 

「開かないな」

「そ、そうみたいね。あのね、ハラネス少し──」

「伝声管を使うか……こちら弾薬庫、扉が開かなくなった。外から確認を頼む」

「あぁ……」


 船とはそう簡単に閉じ込めが発生する場所ではなかった。

 自身の計略から容易に脱出してみせたハラネスの涼しげな顔を見て、フロドが悔しさを募らせ次なる企みを次々と実行へと移してゆく。

 しかしどれも失敗、日に日にハラネスのため息の数が増えていった。


「閉じ込めるってのは別に物理的なものに限定しなくていい、僕はそれに気が付いた。つまりハラネス自身の出る事が出来ないって意識を利用するのさ」

「なるほど……?」

「つまり風呂で襲撃かけちまえばいいんだよ!」

「えぇ!?」


 一日の疲れ、汗を流す為にシャワーを浴びるハラネス。

 環境も体も清潔に保つ事が長期の遠征にて重要な事。

 当然、銛撃ちとしていつでもクジラを狩る事が出来るように万全の状態を整えるハラネスもシャワーはしっかりと浴びていた。


「ハラネス!お、お姉ちゃんが頭と背中を洗ってあげようかっ!?」

「……何を言っているんだ。服が濡れるぞ」


 そんな最中にここのところ妙な接近の仕方をしてくる人物がやって来れば当然、それを見る目は冷ややかな、あるいは途方もない呆れがあっても仕方のない事。


「脱げってこと!?」

「そうではなく出ていけと……いや、俺が出ていく」


 更にそれへの返答が斜め上に跳んだものならば、他人を動かすよりも自分が動く方が手っ取り早いと半ば諦めのような思考に至るのは当然だった。


「えっ……早くない?」

「限られた水を使うんだ。船の上では短く済ませるものだろう」


 冷静な正論と共にペタペタと足音を残してハラネスが去り、トルネの背後で扉が閉じられる音がする。

 恥を忍んで行った事を、こうも箸にも棒にもかからず無為に終わってしまえばシャワールームにひとり取り残されたトルネの顔にも赤い色が差すというもの。

 優雅にお茶を楽しむフロドの元へ、屈辱と共にトルネが鼻息荒くやって来る事もなんらおかしな事ではなかった。


「どうだい、ハラネスのはデカかっただろう」

「はぁ!?」

「冗談だって……だがこれでひとつ分かった事がある」


 フロドが得意げな顔で指を立て、憤慨するトルネを制止して推論を語り出す。


「ハラネスがアンタを避ける理由が、以前アンタがハラネスに対してキツく当たった事ならここまで頑なになる必要はない。にも関わらずこんな事してるのはつまり、アイツ自身の問題としてアンタを避けてるのさ」

「それなら最後のは必要無かったと思うの」

「かもな──」

「は?」

「んで、そうなるとアイツ自身の心変わりがないと進展しないだろう。それを促す為の閉じ込め作戦だったが……この通り意味無かったからな」


 紅茶をひと啜りして、フロドが試みのの失敗を改めて伝えれば、トルネは肩を落として俯きがちになってしまう。


「ならどうしたら……」

「そもそも何でアンタはハラネスと話したいんだ?イサナトリに乗らせたくないのか乗ってもいいのかだとか自分の中で決めてから動くべきだと思うね!」

「私は──」

「あぁ!いいよ僕は別にそういうの聞きたい訳じゃないし」


 フロドはわざとらしい仕草でトルネの言葉を遮って、何かひとつ思いついたようで指を弾いてニヤリと笑う。


「そういや明日はさ、いよいよ試作兵器のテストすんだろ?ハラネスはイサナトリに乗ってる時が1番饒舌だからな、コクピットから逃げられないし丁度良いって」

「なるほど確かに……でも貴方が言うと途端に怪しく感じるわ」


 フロドがぐうの音も出なくなってから1夜明け、2つの作戦が行われる当日午前。

 この時点で既に片方の作戦には変更が出ている状態だった。

 当初、試作兵器のテストにはクジラを用いる予定だった。

 実戦に近い条件で扱う事でデータを得ようと考えていたのだが、いかんせんクジラが見つからない。

 大小問わずにその姿を見かける事はなく、船団は本来の役割すら果たせない状態にある。

 これは他ならぬシロクジラによる影響だった。

 強大な個体の移動により、縄張りを追われたクジラがまた別の個体を押し除けて、そのような影響が波紋のように広がり続ける。

 結果、弱い個体は淘汰されるか遠くまで逃げて、人の領域に入った強力か個体はハラネスとフロドに狩られてしまった。


 そして今、嵐の前の静かさのような状況に皆一様に焦りを抱きつつ、今出来る事を行うしかない。

 ハラネスも同じだ。

 熱心に読むのは試作兵器のマニュアル。

 格納庫は発進前の騒々しさに満ちているというのに周囲の全てがハラネスに届く前に無になっているかのように、ハラネスは読み込んでいるのだ。


「もう飽きるくらいよんだろ?」

「まだ飽きてないのでな」

「そうかい。僕のマニュアルも読むか?」


 ハラネスとフロドはそれぞれ別のマニュアル……別の試作兵器を任されていた。

 2人の背後に立つイサナトリも、普段とは違う装備を身に付けて準備万端。

 丸い体に普段よりも幾分か上乗せした頼もしさが宿っているような状況だ。

 

「ハァ……しっかし浮島に当たるだけとはつまらねェよな」

「肝心のクジラが見当たらないんだ。俺も試すなら実戦が1番だと思っている」

「だよな。でもこういう時に都合よくクジラが現れるのが、このツイてるフロドなんだよなァ……この幸運のお守りもあるしな!」


 そう言ってフロドが取り出したのは白く小さな彫刻。

 紋様が刻まれたそれを、フロドは自身に満ちた表情で掲げて見せつける。


「勝手に幸運のお守りにするんじゃない。ただの端材を整えただけだ」

「オイオイ見えないかね?この由緒正しき、古きまじないの刻印が……」

「ただの日付だ。妙な謂れを付けるな」


 そう、これはハラネスがフロドへと贈った……余ったクモクジラの骨片を手慰みに整形した物だ。

 ただの骨片をフロドは毎回懐に入れてイサナトリに乗る。

 お守りと信じれば、それはお守りなのだ。

 

「さーて!今日はどんな良い事があるのかなー!」

「それが本当に幸運を呼ぶのなら、俺はその数倍幸運な筈だが……」


 2人はイサナトリへ乗り込む。

 普段通りのチェックをこなし、離陸準備を整える。

 滑走路へと目を向ければ、先んじて入った観測機にはトルネも同乗していた。

 緊張感に満ちた面持ちは離れた位置からでも丸分かりで、フロドは思わず声を漏らす。


「案外と愉快な人だよな」

「そうか」

「なんかねェの?あの人の面白い話」

「……昔、小さな子供の頃だ。池で小舟を俺と兄さんとトルネで漕いだ事がある」


 少し考え込む仕草をした後、誰にも見られないイサナトリの中でハラネスは楽しげに少しだけ口元を緩めて語り出す。


「良いね良いね。ガキの頃なんて恥でいっぱいだ」

「トルネは水面に近づくあまり、前のめりになり過ぎて小舟を巻き込んで池に落ちた」

「最悪じゃんかよ。そんで?」


 どうせ2人はまだ生きてここにいるのだからと、フロド面白がって合いの手を入れて笑う。


「最悪なのはこれからだ。足が付かない池でトルネはパニックになってな、近くに居た俺を掴んで溺れかけた。大人にも隠れて遊びに行っていたからな、このまま死ぬのかと思ったんだが兄さんが岸まで運んでくれたんだ」

「頼りになるな。やっぱりどっしり構えて落ち着いた男がモテんだよ」


 訳知り顔で「僕のようにな」と言ってコクピットで足を組むフロドを無視してハラネスは最後の一文を付け加える。


「俺はその時、これ以降トルネと同じ船には乗るまいと決心した」

「今乗ってんじゃんかよ」

「ああ、だからロクな事が起きないと思っている」

「オイオイ……」


 呆れればよいのやら、と困った顔でフロドはイサナトリを滑走路へと進める。

 順番はいつも通りフロドから発進だ。

 所定の位置に着き、加速の準備を整えるイサナトリの中でフロドがひとつ思い付いてハラネスへと声を掛ける。

 

「しゃあない。なんかあったら僕が岸まで運んでやるよ」


 フロドのイサナトリが加速し、滑走路を飛び去り空へと躍り出て……珍しく機体を左右に揺らす。


「おぉ……結構重いな、この爆弾はよ」


 フロドの機体はいつも通りの両腕に装備を懸架した攻撃的なカスタム。

 だが普段は銛筒を装備しているところを試作兵器である爆弾とその投下装置に置き換えていた。

 普段とは違う妙な左右の重量バランスにブレる飛行も数度の揺れで感覚を掴み、安定した飛行に戻るのは流石のフロドと言ったところか。


 次いで空へと飛び出したハラネス機には普段の銛筒の代わりに右腕にロケット弾の発射装置が装備されている。

 重量としては対して変わらず、飛行は安定したものだ。

 本来ならハラネスとフロドで担当する試作兵器は逆の方が適性がある。

 にも関わらず、このようなミスマッチになった事には理由とも言えない理由があった。

 

「やはり俺がその爆弾を持った方が良かったと思うんだが」

「派手なのが良いの!ジャンケンで決めたろ!」

「それで飛べるなら構わんが……」


 より大きな爆発を起こせる方を使いたいとフロドが言い出したからだ。

 こうなってはもう通常の方法ではフロドが止まる事はない。

 そこで円滑なデータ取りを行いたい複数人の後押しを受けたハラネスと、頑ななフロドはジャンケンにて雌雄を決して……当然このような結果になっているのだからフロドが勝利した。

 この時にもフロドは幸運のお守りの力に大層感謝していた為にハラネスはそれを贈った事を若干後悔していたのだが、勝ち取った役割も含めてフロドは一度手にしたものを決して手放さない。

 そうして今、フロドは幸運のお守りと爆弾を抱えて空を飛んでいるのだ。


「それでは皆様、先導いたしますのでこちらへどうぞ」


 無線に観測機のパイロットのやけに丁寧な案内が届き、見回せば遠くにその機影がある。

 イサナトリならばそう時間が掛からずに辿り着ける距離だ。

 見失わないように、2機は強めに吹かして距離を縮める。

 

「アイツ案内のしすぎでツアーガイドみたいになったよな」

「多くのゲストを乗せ過ぎた末路か……」


 右手に見える雲がどうだとか、左手に見えるイサナトリがどうと丁寧な案内を聞きながら、3機は目的の場所へ向けて空を飛ぶ。

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