勇名轟く④ 脅威への備え


「このように推進剤を燃焼し対象へと高速で飛翔、そして接触と共に起爆します」


 格納庫の一角に椅子を並べ、銛撃ちと整備士を前にトルネが黒板に貼り付けた幾つかの紙を用いて解説を行っている。

 それは開発局の新兵器、ロケット弾の解説なのだがウケはあまり良くない様子だった。

 参加者達は一応聞いてはいるのだが、何より根本の疑問が解消されていない為に身が入らないのだ。

 そしてそんな時、切込隊長となるのがいつも最前に座るこの男。

 フロドが天まで真っ直ぐに伸びる美しい挙手をすると、トルネも手に持った指示棒でフロドを指して質問を許可した。


「威力があるってのは結構だけどさ、クジラ相手だと過剰だってみんな思ってるぜ?そこんとこどうなんだい?」

「過剰ではありません」


 トルネはハッキリと、フロドの目を見て明確に否定した。

 そこまで言われては参加者の間にもどよめきが走り、しかしトルネは余程の自信があるのだろう。

 懐疑の視線に晒されていても、いたって平然としたものだ。


「何故ならばこれは通常のクジラを相手に使うものではありませんので」

「通常じゃないクジラねぇ……アタシは長い事クジラを相手にしてきたが、そいつが丁度いい相手ってのは見た事も聞いた事もない」


 ウィルフの老練さからくる指摘も受け流し、トルネはトランクの中から1枚のスケッチを取り出した。

 そこに書かれているものを見て明確に顔付きが険しくなり、ソレに対する怒りを滲ませながら語り始める。


「聞いた事はあるはずです。強大なクジラによって滅ぼされた町があったと。そしてそれが近づいているという噂を」


 参加者の間で口々にそういえば、と声が上がる。

 だがそれでも信じられないものだ。

 まして一体のクジラに滅ぼされた、などとは。


「事実としてシロクジラは皆さんの故郷に遠からずやって来ます。そして備えが無ければ私の故郷と同じく滅びるでしょう」


 言葉の強さ故に、ざわめきの中に反発も生じ始めて空気が張り詰める。

 よく知らない相手から貴方達では力不足だと、そう告げられればムッとしてしまうものである。

 見かねたウィルフはガス抜き代わりにと、自ら反論する役を買って出た。


「そんなに強いってんならアンタが行くべきは軍の方だねぇ。アタシらはクジラを狩る人間であって、何かを殺したり壊したりする専門家じゃあない」

「ふむ、そうですね。私の預かり知らないところではありますが……軍もその脅威を認識して、来る決戦の時は戦艦を出すという話も出ているそうです──が」


 手にしたスケッチを力強く黒板に叩きつけて、トルネは脅威のその姿を見せ付ける。

 形状は至ってシンプルな1対の胸鰭と丸みを帯びた頭部から流線を描いて尾鰭まで伸びるシルエット。

 しかしそのスケッチ上のクジラには、明確に他の一般的な個体とは違う特徴がひとつ。

 体を覆う鎧のような甲殻が厳しくその存在を主張しているのだ。

 

「アレの脅威を直に見た私から言わせれば戦艦では足りません。アレを倒すのはアレに比肩する速度と、アレを撃ち倒すのに充分な火力を備えた存在……我々の開発している対シロクジラ用イサナトリ以外にはあり得ません」


 断定的な口調で頑として譲らず、目にはギラギラと輝く激情の炎を宿している。

 そんな姿を前にしては思わず息を呑んで黙る他なく、隣に座る同僚と目を見合わせて唖然とした沈黙が続く。

 パフォーマンスとしては充分だ。

 トルネは手応えを感じて参加者を見回す。

 全て本心と湧いて出てきた感情に任せた言葉の数々であったが、これが1番人の心によく響く。


「ですので、その対シロクジラ用の装備を十全なものとする為に何卒ご協力を」


 そう締めくくり、一礼。

 顔を上げたトルネは並べられた席の最も後方、その端に座るハラネスをチラリと見る。

 相変わらずの無表情、腕を組んで何事かを考えているような考えていないようなポーズを取っていつも通りに黙り込んでいた。

 だがしかし、トルネには分かる。

 その目には自分と同じ熱が込められている事に。

 シロクジラのスケッチや兵器の概略を見つめて何を思い描いているのか。

 それが手に取るように分かる。

 だからこそ、逡巡する。


「ともかく僕らはいつも通りにクジラを追いかけて、銛を撃つ代わりにその試作兵器を使えばいいって事だろ?頭の辺り狙えば使える部位も多いし問題ねェって!少なくとも僕ならやれるね!」


 窮屈な時間は終わりだと、手足を椅子から投げ出して大声で話すフロドを皮切りに緊張は解けて普段の様子が戻って来た。

 椅子を立ち、提供された装備を実際にどう運用するのかを話し合い始めたそのひしめきの中で、ハラネスはしばらくの間椅子に座ったままだった。

 そしてそこに寄ってくるフロドが気さくに手を上げて声を掛ける。


「ヨウ、アンタ的にはどう思うね」

「知らん。どの程度の威力があの兵器にあるのか俺には分からないからな」

「そっかい。だが僕は悪くないって思うぜ」

「そうか」

「何故ならば派手なのは良い事だからな!」


 素っ気ない受け答えに対しても、めけずに冗談めかして笑ってみせるフロドの押しの強さがハラネスを椅子から引き剥がし、周りよりも遅れて立ち上がる。


「俺もそれに異論は無い。アレを相手にするのならば幾ら備えても過剰という事はないだろう」

「そんなにか。ま!アンタが言うんだから間違い無いんだろ。僕も居るんだからそんなに硬くなるなよな」


 バンバンとハラネスの背を叩き、フロドはよく笑う。

 ハラネスはそれを甘んじて受け入れて微動だにしないが、特に拒否する事もないのでこれが2人の日常だ。

 ともかく2人も周囲と同じように、件の試作兵器について理解して扱い方を学ばなければならない。


「それに楽しみだぜ、スゲェもんに触れられるってのはさ。そうだろ?」

「かもしれないな。実際に使ってみないと分からないが……」

「ね、ねえ!ソレについてなら、私が詳しく解説出来るけれど」


 資料を確認しようと動き出した時、タイミングを窺っていたトルネの声が2人を……ハラネスを呼び止める。

 強く止めるにしては迷いの見える中途半端に上げた腕や、眉を下げた困ったような表情でトルネはハラネスの後ろ姿を見る。

 しかし視線の先のハラネスは硬直したようにまるで動かず、ピッタリと動きを止めたまま再び言葉を発するまでに少しの間があった。


「俺は……いや、解説をするなら先に仕事をする技師連中を優先した方が良いだろう」

「それもそう、ね。でもその後にでも必要なら──」

「手を煩わせる必要は無い。使い方が分かれば、後は実際に使うのが1番だからな」



 見えない顔色を窺うように、探り探り発したトルネの言葉を遮って、ハラネスはそのまま何処かへと去ってしまう。

 もう一度止めるにはあまりにも強情な背中が躊躇わせ、その背を見送ったトルネが力なく息を吐く。


「ダメね、私……」

「アイツがクソみたいに硬い頭してるだけじゃねェ?」

「かもね。きっとシロクジラの甲殻だって叩き割れちゃうわ」

「そりゃ良い。アイツを大砲に詰めちまえば向かうところ敵なしだ」


 ただ言葉だけを転がして、特に実りのない会話をしたトルネは再びため息をひとつ。

 当てられたフロドも頭を抱えて唸る。


「うーん……とにかくお互いに同じ方向は見てる訳だろ?打倒シロクジラってとこで否応なしに話さなきゃいけない場面も出るって!そこでこう──」

「ガシッと捕まえる?」

「そうそう。アンタ程は付き合い長くないけどさ、ハラネスはイサナトリにかこつけちまえば案外話してくれるって僕は学んだぜ」

「確かに……いえ、きっと違う」


 フロドの案を否定したトルネは懐の時計に触れて、ポツリと呟く。


「ただ謝ればいいだけなのにね。私は怒りと悲しみと混乱であんな事を言ってしまったけれど、そこに本心が無い訳じゃなかった」


 出会って間も無く、しかしハラネスをよく知っているフロド相手だからこそ偽らざる本音を吐露する事が出来たトルネは、一度こぼしてしまった心情をそのまま独白のように、答えを求めずただ言葉にしてゆく。


「結局はハラネスにこれ以上イサナトリに乗って欲しくなかった、生きていて欲しいけど、ハラネスはこの為に生きているでしょ?だったら私にそれを奪う事は出来ない……でもフランクの後を追うような事もして欲しくない」


 空に出れば死の危険と隣り合わせだ。

 その危険の先端にハラネスは立っている。

 ならば彼が兄のように狩りの最中に命を落とさないと誰が言えるだろうか?

 どんなに過酷な船出でも、そこにクジラが居ればハラネスはあらゆる障害を問題としないだろう。


「私が作った武器をハラネスはきっと勇んで持っていくわ。シロクジラへの復讐心は私もあるけれど、そこにハラネスが居るとなると……」

「別にアンタが何をしようがしまいがハラネスはイサナトリに乗るぜ」


 ここまで黙っていたフロドが不意に口を開く。

 確信に満ちたその言葉はトルネにも納得とともに飲み下せるものだ。


「どうせアイツはやると決めた事は曲げないんだ。なら僕はそれについて行って華麗なアシストをしてやって、ここぞって時には僕が主役になる方が得だと思ってるね」

「自分なら、どんな相手でも倒せるって言ってるようなものよ?」

「そうさ、この天才フロドとハラネスなら向かうところ敵なしだね。アンタだって自分の手掛けた仕事に自信を持てよ。ホントにシロクジラとやらを倒せる武器があるなら問題ねェだろ?」


 ウインクすらして見せて、フロド自己肯定について説く。

 フロドは何か困難にぶつかったなら先ずは自分ならやれると、自らに語り掛ける事から始める。

 そうすればあらゆる困難を乗り越える力が湧いてくると、そう信じているからだ。

 そのような魔法の言葉を積み重ねて天才フロドは出来上がる。

 そんな自信に満ちたフロドを前に、トルネは思考のモヤが晴れたようで少し考え込む。


「ええ、そうね。でも私は理屈ではなく感情で……?」


 トルネは久しく人と心を動かすような会話らしい会話をしてこなかった。

 そこに投げ込まれたひとつの石が波紋を起こし、トルネの心が形を成してゆく。

 自らの事ながら理解していなかった心の動きを少しづつ紐解いて、トルネはブツブツと呟いた。


「あの、強迫観念に駆られているような生き方は側から見ていても怖い……ひょっとして私はフランクとの繋がりを求めているのかも?彼の代わりにハラネスを生かす事で……」


 この状況に入ったトルネに周囲の如何なる影響も意識の外に置いて自身の精神の内は内へと集中を深めてゆく。


「なあ僕はもう要らない感じかい?……ハラネスの自己完結型の性格ってひょっとしてアンタの影響か?」


 フロドは溜め息をひとつ吐き、天を仰ぎ見る。

 ハラネスと出会ってから、どうにもフロドは振り回す側ではなく振り回される側にいる事が多くなったようだ。

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