第四十話 レコーディング今昔
あれからレコーディングは大きく変わった。大きなスタジオや設備、機材を必要としたレコーディングは机の上に載るようになった。
マイルスも専用のレコーディング機材を廃して、コンピューターに任せることにした。といっても専用のオーディオインターフェイスなど必要なものもある。それでUniversal AudioのApolloを買った。このインターフェイスの良いところは内部メモリーでビンテージのアウトボードギアが使える所だった。
Universal Audioはあの「現代レコーディングの父」と呼ばれたBill Putnamの息子たちが経営していて、その思想は彼らに受け継がれている。息子の一人の名前もBill Putnam Jr.だ。もちろんアナログ機器も製造しているが、圧巻なのはUAD-2と呼ばれるアナログ名機の回路完全コピーのデジタル復刻プラグインだ。
その中には初代Putnamの手がけたビンテージ機器もあり、今ではお目にかかることも困難なものばかりだ。
マイルスは最初「710 Twin-Finity」というアナログアンプを買った。それにUAD-2がバンドルされていた。それで欲しかったLA-2Aを手に入れた。実機は620,000円もする。そしてこのプラグインはマイルスの知っているLA-2Aとの音の違いが分からなかった。
そこからのマイルスのUA (Universal Audio) への、のめり込みは凄かった。高価なビンテージレコーディング機器が手に入るだけでなく、Bill Putnamの手がけたOcean Way Studiosの空間や、Capitol Recordsのチェンバー、Motownのエコーまで手に入る。これは大金を積んでも買えない。
でも手に入るのだ。あの憧れのサウンドが自分のスタジオにやってくるのだ。
その中にはマイルスがニューヨーク時代に使っていた機器も多かった。そしてそれらのビンテージは今手に入らないものも多いのだ。おかげでマイルスのスタジオの質が格段に上がった。
なによりマイルスにとって嬉しいのは、今までの音楽の歴史を作ってきたそれらの機材のレベルの一目盛り一目盛りに自分の想いを込められることだ。
現行他社の物も設定に自由度はあるが、あの音にするのは難しい。ビンテージには音楽文化を長年に渡って支え続けてきた歴史と評価があるのだ。テイストがあるのだ。
DTMでは嬉しいことにステレオトラックがある。それまではチャンネルは全てモノラルなのでステレオでは必ず2チャンネル必要だった。だからレコーダーのトラックは直ぐに一杯になった。今はPCさえ動けばトラックは無制限になる。
そんな訳でデジタルレコーダーを誰も買わなくなった。あの3,000万円したSONYのPCM3324を10万円で売りに出しても誰も買わない。そしてそのテープが更に高いのだ。デジタルカメラになって誰もフィルムを買わなくなった。世界一だったKodakのフィルムを誰も買わなくなった。
デジタルになってデータもネットで送り合えるようになった。顔を合わせなくてもレコーディング出来るようになった。しかしまだ「せーの」でレコーディング出来るほどネットは速くないし、電話の声は本物の声ではない。そういった意味でいえばデジタル過渡期なのだろうか?
マイルスのスタジオにも高音質のヘッドアンプや各種高級コンソール、コンプレッサー等がある。中には世界で7台しか作らなかったものもある。もうどこにもないものまである。「ありがたや、ありがたや」
もうこれでみんなは Ray Charles や Nat King Cole の使った機材をそのまま使うことが出来る。
Michael Jackson や Elton John のセットが再現できる。
「ありがたや、ありがたや」
もう一つ、アナログの時は上書きレコーディングしか出来なかった。編集も一度2チャンネルテープに録音してやった。今はUndoやEditが普通に出来る。なので選択肢が増えすぎて困ることも多々ある。
昔はテープはフィルムだったので古いものや保管の悪いものはテープ同士がくっついてしまった。
そうなるとレコーダーにかけることすら出来なくなる。
エンジニアはそういったテープをオーブンに入れて焼いた。くっつきを外した。
(一体誰が最初にやったんだろう...?)
良くなったことは沢山ある。一番はレコーディングが一般の人に身近になったこと。手軽になったこと。安価になったこと。
悪いところは簡単にノイズなしで綺麗に録れるので録音に思い入れがなくなった事、量を沢山録るようになった事。沢山録っても使うトラックは一つしかないのだ。無駄な選択肢が増える。思い入れが無くなる。フィルム時代はトラックを本当に大事に使った。
「進歩しているのか後退しているのか分からない」とマイルスは思った。
マイクなどはビンテージマイクがものすごい値段で取引される。復刻盤も相当な金額だ。新しいマイクがダメではないのだが、あの音が出せない。不思議なことに昔からのマイクは1万円ちょっと程のマイクも200万円するマイクもすごく良い音がする。
最新のマイクは性能は良いはずなのだけど使いたい気持ちが起きない。何故だろう?きっとスペックだけを追いかけて、このシーンで使いたいとか、この楽器には絶対良い音がするという思い入れが無い製品なのだろう。音楽なのでやっぱり思い入れは大事なのだ。
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