第三十四話 神々の池

 朝目覚めると、いつもの温泉で朝風呂を楽しんだ後、ホテルの前の広大な松林へと出かけた。そこは阿波岐原(あわきがはら)という神話に出てくる場所で、静かな松林の中に小さな神社(江田神社)と蓮の花の咲き誇った『みそぎ池』があった。


 イザナギ・イザナミは日本の島々を次々と生み出して行った。さらに、さまざまな神々を生み出していったが、カグツチ(火の神)を出産した時イザナミはホノカグツチの火にホト(性器)を焼かれたのがもとで病となり死んでしまった。怒ったイザナギはホノカグツチを殺し、イザナミをさがしに黄泉の国へと地下に降りていった。自分の妻を恋しく思うイザナギだったが、黄泉の国のイザナミは変わり果て恐ろしい姿になっていた。これにおののいたイザナギは逃げだした。追いかけられて、途中危ない目に遭いながらも逃げ切ったイザナギは、黄泉のケガレを嫌って禊をした。この時の池がこの阿波岐原の『みそぎ池』だった。


 この禊でさまざまな神々が生まれる。左目を洗ったときに生まれた神がアマテラス(日の神、高天原を支配した)、右目を洗ったときにツクヨミ(月の神、夜を支配した)、鼻を洗ったときにスサノオ(海原を支配した)が産まれ、この三柱の神は、イザナギによって世界の支配を命じられた。



 この日は一足先に静の両親と義姉が帰る日だった。空港で便を待つ間、皆で最後の食事をした。ここでは探していたトビウオの刺身に出会うことが出来、カキ氷の上に載ったトビウオは実に新鮮で、最後まで宮崎の食を堪能した。


 両親を見送った後、小戸の叔母に会いに行った。子供の頃から優しい叔母さんなんだとマイルスは静に言った。叔母は突然のマイルスの訪問をとても喜んでくれた。静に会えてとても嬉しそうだった。


 その夜は久々の二人きりで、月明かりだけに包まれて、いつまでもいつまでも寄り添っていた。

この時マイルスはある決心をしていた。




 そして月日が流れ、マイルス達は三人になった。鵜戸神宮のお守りが効いたのか、運玉のせいなのか、

はたまた青島神社の御神力なのか、可愛い女の子が授かった。歌恋と名づけた。


 静は出産の痛みも嘘のように忘れ、あっという間に一ヶ月が経った。義父母も駆けつけてくれて、健診に行った。小さいながら健康で無事の出産に感謝した。

健診を受けたその足で、安産を祈願した日枝神社水天宮にお宮参り(お礼参り)に詣でた。お札とお守りをお返しした後、ご祈祷を受けた。



祓  詞

(かけまくもかしこき) 掛けまくも畏き 

(いざなぎのおおかみ)伊邪那岐大神

(つくしのひむかのたちばなの) 筑紫の日向の橘の

(おどのあわぎはらに) 小戸の阿波岐原に

(みそぎはらえたまいしときに) 禊祓へ給ひし時に

(なりませる) 生り坐せる

(はらえどのおおかみたち)祓戸の大神等

(もろもろのまがごと) 諸々の禍事

(つみけがれあらんをば) 罪穢れ有らむをば

(はらえたまいきよめたまえと) 祓へ給ひ清め給へと

(まをすことを)白す事を

(きこしめせと) 聞こし食せと

(かしこみかしこみもまをす) 恐み恐みも白す



 これはどこかで聞いた言葉だと思った。イザナギがツクシ・筑紫(九州)のヒムカ・日向(宮崎)の橘(食事に出かけた繁華街)の小戸(叔母さん家、そこにも小戸神社があった)の阿波岐原(みそぎ池の林、ホテルの松林)で禊をした時に生れた神々に、祓いたまえ清めたまえとお願いしているではないか。


 なんとあのイザナギの神々の池での禊の言葉が御祓いの文言だったのか... この珠のような我が子もあの神々の遥か子孫であったのかと、いきなり時間と空間がワープするのだった。

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