第三十五話 異変

 マイルスは青山1丁目にスタジオを構えていた、赤坂御所の斜め前だ。週に3〜4日ここでレッスンする。決して広くないスタジオだがここを都心への足がかりにしようとしていた。

 初めてマイルスは家族と離れ、都心でのNeo Maggioの手ごたえを確かめようとしていた。仕事の後の楽しみは帰宅時の我が娘の駅までのお迎えだった。帰る時間が分かると、まだしゃべれない娘が静の手を引いて駅に向かった。

マイルスにとってかつて味わったことの無い初めての幸せだった。

 渋谷は乗り換えの駅なのでまさに都心に出勤する感じでこれまで通勤の経験のないマイルスには新鮮だった。

 神宮外苑のイチョウ並木は圧巻で、この近辺や青山通りはマイルスのお昼の楽しみにもなった。

環状3号線を渡ると区立赤坂図書館でレッスンの合間は借りてきた本を読んで過ごした。その中にはマイルスが昔読んだ小松左京の「日本沈没」の続編もあった。ソファに寝そべりながら読書を楽しんだ。



 かおりさんを教えていてもう直ぐレッスンが終わりという時に異変は起こった。大きな地震が起きた。3.11だった。マイルスが今まで体験したことの無いような大きな揺れだった。窓の外で高いビルが揺れてしなっていた。折れてしまいそうな動きだった。あの高層階にいる人はどんな揺れを感じているのか考えたくもなかった。


 幸運なことにマイルスと静はSKYPEのオンラインで繋がっていた。レッスン最後の英語の授業のために繋げていたオンラインだった。マイルスが静と娘の無事を確かめると二人とも大丈夫だという。被害はないという。安心して地震の状況を確かめると、宮城県沖で起きた地震でマグニチュード9.0、最大震度7だと言った。信じられない大きさだった。

 段々状況が分かると大津波が発生した事が分かった。東京でも電車は止まり帰宅できない状況になった。揺れが少し小さくなった時、かおりさんは歩いて帰ると言って非常階段を下りた。「気を付けて…」それしか言えなかった。

 それからマイルスと静はSKYPEのオンラインで繋がったままだった。これが二人を安心させた。電話などは全く繋がらない状態だった。電車は止まっていて帰れない。連絡できずに不安な人がたくさんいるだろう、とマイルスは思った。マイルスはオンライン越しの自宅のテレビのニュースを注視していた。とにかく夜が明けるのを待った。長い長い夜だった。


 翌朝マイルスは電車が動いているのを確認して自宅に戻った。当たり前の帰宅だったが、再会の思いがした。家族が愛おしく感じた。被害は何もなく。モニターが一台電源が入ったまま倒れていた。

 どれだけ不安な時間だったかと思いやる二人だったが、安心する間もなく原発が爆発した。日本は未曽有の異変に直面してしまった。

 マイルスはあのニューヨークの 9.11 を思い出した。あの未来の見通せない日々をまた繰り返すのかと思うと、たまらなくやるせなくなった。

 福島ではまた水素爆発が起こった。「日本沈没」など読まなければよかったとマイルスは悔やんだ。

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