第四話 魔法の5オクターブレッスン
「出そうとするから出ないんだ」マイルスは今ニューヨークで歌を教えている。
「もう君は発声練習で、すでにピアノの一番下の音まで出せる」「そして高音は上に後1オクターブを残すのみなんだ」「それなのに普通の曲の高い部分を出せないと思っている」「おかしいと思わないかい?」
気を取り直したレッスン生のキムちゃんは、手順を確かめつつ、自分と先生を信じて、もう一度同じパートを歌い出した。今度は、声を出そうとする気持ちを抑え、イメージを大切に歌ってみた。するとかえって声が楽に出せる。まるでキーが違っているかのようだった。
「これって、さっきと同じ高さのキーですか?変えたりなんかしていないですよね?」とキムちゃん。
「オレ変えたりしてなんかいない、君が手順を正しく歌っただけだよ」と、言った。まるで魔法にかかったみたいだった。違う高さの音を歌っているかのようだった。そして喉は完全に開いていた。
このピアノの一番下まで歌うやり方は、あのトランペットのMaggio奏法からヒントを得たモノだった。トランペットでは散々落ち込んだのにと思うと、情けないやらうれしいやらだった。
あれからかなりの時間が経った。ニューヨークでは色々苦労したが、トランペットだけでなく、音楽に必要な色んな事を学んだ。まるで音楽をやるために生まれてきて、修行をするためにニューヨークで暮らしたようなものだった。今はそれが必要な人々に伝われば幸せだと思ってレッスンしている。
「5オクターブが誰でも歌える」という触れ込みで活動しているが、実際には6オクターブや7オクターブでも構わない。人によっては8オクターブが出せる。5オクターブはなんとなく切りが良く、人々に受け入れられる数字だと思った、それだけのことだ。
マイルスもこんなことが出来るとは想像すらしていなかった。ある日ひょっとしてと思ってやってみたのがきっかけだった。どうも神様は出来もしないことは用意していないようだ。ただ最初から、何の苦労もなしに出来るようにはしてくれていない。深謀遠慮とはこのことかもしれない。
「人はね、考えるから上手くいくように思うけど、ほとんどの場合それは邪魔になっている」「だから歌のレッスンでは、考えなくても出来る形や、気持ちを伝えようとしているんだけど、また人はそれを考えてしまう」
パスカルは「人は考える葦」だと言った。でも現在ではそれはAIでも学習できる、AIに出来ないのは感じること信じることだ、とマイルスは思った。
植物は考えないのに種から芽を伸ばし、太陽に向かってそれを伸ばし、葉を付け花を咲かす。そしてそれは再び種を付け、もっと広い範囲に生きる工夫をする。まるで種にすべての設計図があり再現しているか、神に向かって命を延ばしているかのようだ。
「だから君は必要な形、気持ちをイメージしてみるんだ」
キムちゃんは気持ちを切り替えて、イメージに自分をまかせた。上手くいっているかどうかは考えないことにした。
上手くいった気がする... と思ったのはキムちゃんだけではなかった。
「口の開け方で人生が変わる魔法ていうのを教えようか?」とマイルスはミキさんに言った。
「ミキさんさっきから見ていると、あなたは歌うごとに口を閉めてませんか?それはどうして?」と、尋ねた。
「どうしてって?開けたものは閉めると教わったからかしら?だって開けっ放しは恥ずかしいでしょう?」と、ミキ嬢が言う。
「いいですか?歌では、口は開けたところから始めて、開けたところで終わる、これが形です」「只、ぽかんと開けたままでは恥ずかしいので、スマイルをして開けるのです」
「あなたはアメリカ人がナイス・スマイルをしているのを見かけたことがありませんか?あのスマイルで『Hi!』と、声をかけられると『あら、良い男...』と、思うかも知れませんが、あれは英語口です」「アメリカ英語口です。アメリカ英語があの口を作る、といっても良いでしょう」
「スマイルと言っても、口を引くのではありません」「口角を上げるのです。スマイルは、英語の発音を良くします」「歌を上手くします、そしてあなたを美人にします、もうひとつ言えば、ストレスが無くなります」「どうですか、これでもあなたはスマイルしませんか?」と、マイルスは言った。
「そうね、そんなに良いこと尽くめだったら、スマイルするしかないわね」と、言って、ミキ嬢は言われるがままに、スマイルをして歌ってみた。少しぎこちなかったし、恥ずかしい気もしたが、出した声に響きが付いていた。
「この時、舌は引かないこと。歯の上に...」と、言いかけて、インターホンが鳴った。「ごめん、次のレッスンが始まるので、この続きはまた次回にね」と、マイルスはすまなそうに言った。
ミキ嬢が見上げると、スタジオの壁には夏らしくレゲェのレコードが掛けてあることに気が付いた。それはボブ・マーリーだった。
ニューヨークからキューバを避ける様に飛ぶと、そこはジャマイカのモンティゴベイだ。滑走路に飛行機が降り立つと無事着陸の歓声があがる。機内食で使ったナイフやフォークは当然のように持ち帰る。モンティゴベイでもホテルが立ち並び、音楽やアクティビティが盛んだが、さらに西へ車で2時間近く走るとそこはフラワーチルドレンが見つけた秘境ネグリルビーチだ。
数マイル続く真っ白い砂浜と、それに続くエメラルドグリーンの海を抱くクリフ(岩場)だ。ここはジャマイカでも唯一海に沈む夕日が眺められる場所で、沈みかける太陽から真っ直ぐ自分に向かって伸びる金色の光が神秘的だ。
暗くなり始めると、ホテルでは食事の用意が始まる。ジャマイカのカレーは、日本でもおなじみのあのカレーだ。そもそも日本のカレーは、インドから本国へイギリス人が持って帰ったものを真似てつくられた。ジャマイカもかつてイギリス領であったので、日本と同じものがあるわけだ。しかし、カレーのご飯はお赤飯といっても良いもので、小豆が入っている。これが中々に美味いのだ。
カリブの海に緑の宝石のように浮かぶジャマイカは、三角貿易では奴隷貿易の中継地点だった。アフリカから連れてこられた黒人たちは、ここでしばしの休息を与えられ労働に耐えられる頑丈な体に仕上げて、アメリカで高く売られる。三角貿易で必要な砂糖もここで作られ、白人たちはこれらの搾取に何の疑問も抱かなかった。太陽と緑と水の美しい島にいた原住民たちは、いつのまにか姿を消してしまった。
白人が来なければ、ここは天国の島だったかもしれない。文明が必要ではない島だったのかもしれない。
きっとたわわに実る果実やおいしい水、島の周りで穫れる魚介類は天からの恵みだったのだろう。チャポチャポと聞こえる波の音はレゲエのカッティングのようで、木陰で休むと、もうそのまま醒めない眠りに入っても構わないように思えた。
夜になって大音響が海に轟く。めくるめくレゲェの始まりだ。もう朝はこないかと思うほどに満天の星の下、レゲェのビートが延々と刻まれていった。
「静ちゃん、口を開けて歌おう。指2本が縦に入るように開けるのが理想です。最初は指1本でも構わないが、口元は引いて口角を上げます」
「つまりスマイルの形です。楽しいことを考えて笑って見ようか」
「そう、その口だよ!」
よくスマイルと言うと、口を横にすごく引く人が多いのだが、笑って口角が上がった形が正しいのだ。いわゆるモデル顔だ。すごく口を横に引くと、口は大きく開けられなくなる。そんなことをマイルスは言った。
「この時舌の先は下の歯の上に軽く乗せて下さいね」「ここが舌の定位置です」
「歌の上手い人は口が大きく開いて、素敵な口元をしていない?」
「そうですね?」と静は答えた。
静のスマイルを見ながら口元も良いが、この娘は目がとってもきれいだとマイルスは思った。
「口を笑った形に開けるのは七難隠すと言う位、いろんな事が上手くやれるようになって来る、基本中の基本だと思って貰っても、大いに結構だ」とマイルスは続ける。
「アメリカ人の口がナイス・スマイルをしている話はオレやりましたが、ナイスな人かどうかは別のようです。アメリカ英語がその口を作ります。そして歯切れの良い発音になります」
「笑えばいいんだよ…」
今はもうそんな事はないが、一昔前のニューヨークでは、人々は良くスマイルをしていた。知らない同士が道ですれ違う時、目が合うと自然に「Hi」と言ったものだ。私たちが、山道で挨拶するのに似ている。
こちらも「Hi」と言って、思わず立ち止まってしまうと、どこから来たのと、たずねてくる。
「from Japan」と答えると、私たちこれからパーティに行くのだけれど、一緒に行かない?と聞いてくる。そして友達になる。そんな時代があった。
その頃、マイルスの話を聞いて、ミュージシャン達がUpper Eastのアパートに訪ねてくるようになった。そしてとりとめのない音楽の話や、演奏をやるようになった。
1階のその部屋には、通りに面した大きな窓があって、演奏を始めると近所の人や子供たちが、覗き込んで聴いてくれた。あの頃、みんな明日の心配はしていなかった。何らかのルーティーンは、それぞれにあったが、夢であふれていた。ニューヨークの生活を楽しんでいた。「Take it easy!」それが合言葉だった。挨拶の言葉だった。
「いいですか…アメリカ人だからだって英語の歌が上手いわけではありません」
「アメリカ人はみんな声が良くて、歌が上手いと思っていませんか?とんでもない。歌の下手なアメリカ人は、人前で歌わないだけです」静は黙って頷いた。
彼らがカラオケの店に、みんなで歌いに行くことはない。せいぜい、ホームカラオケで歌うぐらいなのだ。
「しかし英語は、特にアメリカ英語は、歌が歌いやすいように出来ていて、そのせいか、自然と歌が上手く聞こえる事は、よくあります。ですけれど、訓練を受けた歌というものは、また格別です」
「という訳で、英語の発音というか口の形が、歌の上達のためにはすごく重要になります。この形は音ではなく、アルファベットの口の形です」
「日本人は音を作ろうとしていますが、口を作るのが、正しいのです。音はその内、らしくなって来ます」
「ヨーロッパ人の英語は、なまっていても通じるのに、日本人の英語が通じないのは、この辺りから来ています」
マイルスもアメリカに渡ってすぐの頃、
“coffee please” と頼むと、決まって“coke”が出てきた。日本語の口で、無理やり英語らしくしゃべろうとすると、こうなってしまった。
マイルスの説明に静は分かったような分からないような気分になった。自分の留学したオーストラリアでは発音を真似しようとしていたが、相手の口をじっと見ていたような気もする。
静は中学校に進むと、隣の県のミッションスクールに通うことになった。スペイン系の学校はスペイン語は勿論、英語の授業は教科書から英語で書かれていた。最初は戸惑った英語だったが、その内、英語が知らない世界に繋げてくれるツールのように思えてきた。
そうなると英語が楽しくなってきた。静はミッション系の学校が集まるスピーチコンテストにまで出場するほど、英語が好きになった。順位は5位以内に入れた。
留学先のオーストラリアの最初のホストファミリーは、会うといきなり「あなたは英語が話せないのね」と言った。これはショックだった。
「今までの努力は何だったの…?」
思えば彼らは、英語をきちんと喋らないのは「人ではない」と思っているかのようだった。喋らないのはアボリジニかカンガルーとでも思っているのかしら?
そしてこの家では水の使用も厳しかった。日本は水が豊かな国である。しかしほとんどの国では水は貴重品なのだ。
次のホストファミリーには静と同い年位の娘たちがいて、ワンコもいた。この家はいつも花がたくさんあって、庭にはハンモックやツリーハウスがあって素敵な外国の家そのものだった。ここでは言葉の偏見は感じなかった。むしろ色んなことをどんどんやりなさいと言ってくれた。何よりそこのお母さんは音楽が大好きだった。水も出しっぱなし以外はうるさくなかった。
国ではなく、人によるのだと思った。
マイルスも同じような扱いを受けた。「お前の英語はわからない」から「すごいね、英語どこで覚えたの?」まであった。
最初に静の英語を聞いたとき、マイルスは自分よりきれいな英語だと思った。と同時に、歌ではこの英語を直さなければいけないと思った。静は変わりたくてニューヨークまで来たのだから…
ニューヨークは眠らない街である。地下鉄が24時間走っていて、どこかで誰かが何かやっている。働いている人、遊んでいる人、勉強している人、人生について考えている人、祈っている人々等々…。そしてその大半がここで何かをやりに来た人々である。この街の上昇指向がさらに人を呼ぶ。
タクシーの運転手の稼ぎは、一般と比べて少しも高くはないが、パキスタン人やアラブ人など、彼らは自国に帰ればほとんどが豪邸を持つ身だ。彼らは家族思いで、運転席のあちこちに写真が貼ってある。写真を見て頑張っているのである。
一方国を捨てて来た人々もいる。追い出されたり、国がなくなったり、亡命したり、経済的に密入国する場合もある。嫌になったからというのもあるだろう。
いずれにしても、ここにくれば何とかなる、と思ってやって来る。そして夢を実現する人もいれば、夢破れる人もいる。そういう意味では、ニューヨークは必ずしも何とかなる場所ではないのだ。しかしここでは良いにつけ悪いにつけ、いろんな人に出会うことになる。そしてその出会いと決断が、人生を大きく変えてしまう。
ここでは、自分らしいことが大事だ、ということに気がつく。他人と比較する必要はない。自分は自分なのだ。この人生で、すべての体験をすることはできない。マイルスのトランペットが、そういう意味ですごくオリジナルで好きだと、A&M Recordsで活躍するドラマーの友人が言ってくれた。
ニューヨーク市には、いわゆるアメリカ人という人々は、ほとんど住んでいない。ニューヨーカーとは、ここだから出来る何かを求めて暮らし、この街を愛する人々のことだ。江戸っ子と違って住めばその日からニューヨーカーになれる。その中には、多くの偉大な音楽家達も居た。
Miles Davisはアッパーウエストに、Bill Evansはウエストビレッジに、Charlie MingusはイーストビレッジにDuke Ellingtonはハーレムに、ラッパーの多くは、ゲットーであるブロンクスに住んでいた。
彼らは、何よりもこの街が好きだった。この街に居る限り、人種や国籍で分類されることはあっても、自由でいられる自分を感じていた。それは、そのまま何でも出来る自由、と言う意味ではない。それぞれに、人生に対するもどかしさを感じていた。だからこそ、この街での人の目が気にならない自由を、愛していた。
ここにいれば安心という訳ではなかった。突然に受ける不当な扱いや、物言わぬ差別、理不尽な仕打ちを感じていた。法律は多くは強者の味方だった。今日は天国、明日は地獄と云う事も珍しくなかった。良い時だけ友達というのも、珍しくなかった。
それでも、この街での成功を夢見て、笑って頑張っている人達の顔を見るのは、決して悪くなかった。
そういう意味で静ももうニューヨーカーだった。この街に夢を見に来たのだから…
「ぺダルトーンの話をしようか」マイルスは言った。
静は、ここに来て初めて、自分は低い声が出せることに気が付いた。低い「ド」の辺りから、下がってみた。オクターブ下の「ド」の辺りになると、声が出ないような気がした。
「ペダルトーンは出そうとするから、出ないんだよ。出なくてもいいから、基本に従って、ボリュームを抜いてみようか」
静はもう一度、基本だけをイメージして、歌ってみた。何故か、下がって行ってる気がする。歌っているとは言えないほどのボリュームだが、軽く出ている気がする。
「ほら、ピアノの一番下まで来れたろう」
「出ていますか…?」
「出ているよ。まだ生まれたての赤ちゃんだけど…ここから成長するんだよ。大事に育ててね、お母さん」
まだ独身の静には、恥ずかしい気もしたが、とても嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「上手く歌わないと思って歌ってみようか」
静の歌を聴きながら、マイルスは言った。
「君は歌を上手く歌おうとしていませんか?歌いながら「上手いとほめられたい」と思っていない?」
「皆さん揃って上手く歌おうとしているよね。そんな事に気を使ってはいけないと習いながら、つい上手く歌おうとしているね」
「そうなると、歌の本質である気持ちは、どこに行ってしまうのだろう?」
「君は『歌を忘れたカナリア』にはなりたくないでしょう。歌の心を忘れて、上手く歌えたと思っても、誰が感動してくれるだろう?人間としての生き方を忘れて、経済的に成功しても何の喜びがあるだろう?どちらも似たようなものでは、ないだろうか?」
「君が一人歌を口ずさむ時、上手く歌おうとはしてないでしょう。自分の気持ちを歌に、託そうとするでしょう。それが歌なのだよ」
「そんな心からの歌に人は感動、共感するものなのだね」
そんな内容のレッスンだった。自分はほめられたくて歌っていたのかも知れない。毎日、怒られないように、ほめられるように、遅くまで残業をして、いったい何を求めていたのだろう。
仕事を辞めて、ニューヨークまでやって来て、やっと大好きな歌に没頭できると思っていたのに、まだ上手く歌おうとしている自分がいる。上手いと認めてもらいたい自分がいる。静はそう思っていた。
イーストリバーにかかるトラムに乗りながら近づいてくる対岸の、マンハッタンの無数の窓灯りに、静は思いを寄せる。きっとあの灯り一つ一つに人生が、ビジネスがあるのだろう。泣いたり笑ったり、それぞれに家族がいたり、いなかったり...。
自分の歌が、自分をここまで導いて来たのだと思った。そして、どこに連れて行こうとしているのだろう?
きっとどこでもいい、その道に心があれば、と静は思った。
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