あなたの職業について教えてください

ゆよう

脱毛サロン(深夜営業)


「お姉さんの手際、いいですねぇ」

「そうですか? ありがとうございます」


私は羽毛人種の脱毛をしている。羽毛人種とは、腕や脚と顔周りに鳥の羽根が生える亜人のことを指している。人間の私たちよりも鮮やかな見た目の羽毛に覆われた彼女たち、いわゆるハーピーと呼ばれる亜人にも悩みはあるようで。


「いいなぁ、お姉さん。爪も丸っこいし、顔周りもスベスベだし、羽毛がないから袖のあるお洋服も選び放題でしょ?」

「でも、お客様の綺麗な若草色の羽毛も素敵だと思いますけどね」

「ダメよ、ぜんっぜんダメなの。今の流行りは儚げ人間風なんだもの。こんな羽毛があったら可愛くもなんともないわ」

「そんなもんなんですねぇ」


そう、いま大陸の亜人の中では空前の人間ブームなのだ。テレビに映るアイドルはもちろん俳優にもこれまでよりも人間が起用されるようになり、人間の見た目を模して脱毛や脱色された身なりに様変わりした亜人をよく目にするようになった。

大陸にいる原種の動物、そのルーツから発生した亜人。亜人の中でその能力を欠損して生まれながらも知能を発達させてその数を増やしてたカースト下位に位置する人間。そんな三角形の構図も、もはや歴史の教科書で学ぶくらい昔の話だ。


「私だったらこの羽根の美しさを自慢しちゃうんですけど」

「ふふっありがと。人間には綺麗に見えるのね? 私はそっちのすべすべつるつるの肌が羨ましいのに。鳥肌ってどうしても羽根を抜いたところで毛穴が開いてるからぶつぶつに見えるんだもの」


鳥肌、という用語が使えなくなって久しいことを思い出す。ちなみに国語の教科書によると、羽毛人種を差別する言葉であるため現在は寒肌という言葉に置き換えられるようになった。


「でも人間にも体毛はありますよ」

「そんな些細なもの、ないのと一緒だって。ところでお姉さんは人間なのに眠くないの? 私は脱毛サロンが夜に開いてるの助かるけど」

「あー人間にも色々いるんですよ。私は夜型なんです」

「へぇ、歴史の教科書には書いてなかったわ」

「動物図鑑だったら書いてあったかもしれないですね」

「あっはは、ほんとね!」


夜勤仕事を生業とする人間は少なく、その理由は人間が太陽と共に目覚めて太陽が沈むと寝る暮らしをしているからである。そのせいで亜人に比べて夜目は発達せず、いまだに道を歩くために明かりを必要としているためランプ職人というのは昔から堅実な職として人気が高い。まあ、私はその道には進まなかったけれど。


「はい、右側の腕はおしまいです。今度は左側をこちらに向けてください」

「はーい。……ねぇ」

「なんです?」

「私ね、人間になったら告白するの。もちろん、人間のボーイフレンドに」


驚く私の顔が人間より少し大きな瞳の中に映っていた。彼女は少し恥ずかしそうに「珍しいもんね」と笑っている。

二足歩行、人語を介する、火が使える。けれどもう歴史の教科書に書いてあることだけでは人間の定義は追いつかなくなっている。でも、変わらないこともある。亜人と交わっても人間は子をなすことができない。


「うんと……うーんと綺麗にしなくちゃですね!」

「そうね! 最高に可愛くて綺麗にお願い!」


私がかけた言葉に正解はないけれど、お客様は笑っていた。

これが私の選んだ仕事。夜の脱毛サロンである。

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