第40話 リクエスト番外編・婚前旅行で温泉デート!?③

「い、いつの間に!?」

「君より先に入っていたんだよ。私がずっとここにいたのに、気付かず君が大胆に手足を伸ばしているところまで、見ていたよ。」


 と笑っている。見てたの!?言ってよ!

「近くに行ってもいいかな?」

「だだだ、駄目です!見えちゃいます!」


「大丈夫だよ、その為に、温泉じゃないほうの室内風呂じゃなく、こちらの露天風呂にしたんだからね。この透明度なら見えない。」


「な、なら、いいです、けど……。」

 ここはもう、覚悟を決めるしかない。

 アドリアン王太子が、湯船の中を私の隣に移動して来て、岩場に背中をつけた。


「どう?気持ちいいだろう?ここの温泉。」

「はい、とても気持ちがいいですね。」

「ここの星空は素晴らしくてね。

 どうしても君と一緒に見たかったんだ。」


「そうなんですか……。」

 そう言われるのも納得なくらい、360度星に囲まれている気分で、これをアドリアン王太子と一緒に見られるのが幸せだった。


 私がこの景色を先に知っていたとしても、やっぱりアドリアン王太子に見せたかっただろうなと思う。それを私と一緒に見たいと思ってくれたことが嬉しかった。


 だけど乳白色のお湯とは言え、やっぱり水面に近いほど透明に近付くから、私は水面に散らばっていた落ち葉をかき集めて、必死に自分の周囲を隠すように覆った。


 それを見たアドリアン王太子が、クスリと可愛らしく微笑む。

「な、なんですか?」


「タオルを巻かずに堂々と入って来たかと思えば、そうして恥ずかしがって体を隠したりして、君は本当に可愛らしい人だね。」


「お、お風呂で裸はマナーですよ!?

 タオルは湯船につけてはいけないものですし、水着を着ないなら裸で入るしかないじゃないですか!アドリアン、まさか自分だけタオルを巻いて入ってるんですか?」


「さてね、どうだと思う?」

 いたずらっぽく笑うアドリアン王太子。

 思わず乳白色のお湯の下の、アドリアン王太子の下半身のあるあたりを見てしまう。


「へ、変なこと聞かないでくださいよ!」

 思わず想像しちゃったじゃない!

 これもアドリアン王太子の作戦なんだろうか。私をドキドキさせる為の。


 マナーを守る為なら、当然タオルを湯船にはつけていない筈だけど、あたりを見回す限りは、アドリアン王太子が身につけていたであろう、タオルらしきものはない。


 ということは、腰に巻いていると考えるのが正解ね。それにしても、はっきりとは見えないし、恐らくタオルを巻いている筈だとしても、それ以外はすっぽんぽんなのだ。


 ましてや私は、一糸まとわぬあられもない姿なわけで。そんな状態で2人っきりというのは、緊張するなというのが無理な話だ。


 王族のアドリアン王太子は、普段なら体を洗うのを手伝う従者がついてくる筈だけど、今日は私が一緒だからか、さすがにお風呂の中までは従者が付いて来たりはしなかった。

 

 だからここに来て、初めて本当の2人っきりだ。アドリアン王太子のことは信用している。私が本気で嫌がることはしない人だ。


 だからここで手出ししてくることはないとは思う……けど、裸で異性の横にいるというスリルは、それとこれとは別の話だから。


 それなのに私の緊張を知ってか知らずか、

「……アデル、君に触れてもいいかい?」

 なんて聞いてくるし!

 触れるって、どこに!?どこまで!?


「あ……。」

 私が答えられないうちに、手探りで湯船の中で、私の左手を見つけて、軽く握って微笑んでくるアドリアン王太子。


「こうしてずっと、年をとっても、君と旅行に来たり、手をつないで過ごしたいな。」

 なんて言ってくれる。


「私も……、そうしたいです。」

 本音でそう伝えた。ずっと、こうして仲良く、手をつないで暮らせたらいいなって。


「明日は遠乗りに行かないか?紅葉がそれは見事な森があってね。そこにも君を連れて行きたいんだ。馬は乗れなくても、私と一緒に乗ればいいから、だいじょうぶだよ。」


「本当ですか?

 はい、ぜひご一緒したいです。馬って乗ったことがないので、とても楽しみです!」


「そうか、それは良かった。王族は全員馬に乗れるものだからね。よければ私が教えてあげよう。貴族のそれとは違って、狩猟会は王族は全員馬に乗って登場するものなんだ。」


 王族主催の春の狩猟会は、貴族の交流会でもある。派閥関係なしに集まる、数少ない機会といってもいい。


 そこで令嬢たちは、たくさん獲物を狩った男性からそれをプレゼントされるという、令嬢の人気投票でもあるのよね。


 男性は男性で、思いを寄せられている女性から、狩りのお守りとして、手作りのタッセルをプレゼントされたりなんかもする。


 私のようなデビュタントもまだの令嬢と違って、婚約者のいる人は婚約者から、いない人も意中の相手に思いを告げられる、若い貴族たちの恋愛イベントのひとつなのだ。


 そこに王族たちが、飾り立てられた馬に乗って、騎士団とともに厳かに登場するのよ。

 いつぞやの代の王妃さまだか、お姫様だかが、狩りに参加する人だったからだそう。


 私は参加出来る年齢じゃないから見られなかったけど、正装して飾り立てられた馬に乗ったアドリアン王太子は、きっととっても素敵だったんだろうなあ……。


 王族だけは年齢関係なく、参加が必須なんだよね。まあ、幼い年令の時は、近場で従者と一緒にちょっと子兎を狙う程度だけど。


「無関係なような顔をしているが、来年から君も参加必須だぞ?私の婚約者だからな。

 だから馬に乗れないと困るんだ。」

 ──へ?


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