第33話 狙われた聖女
護身の為に、王子たちはどちらも鍛えているから、普通の男子生徒よりも力は強い筈だけど、それにしても凄い力……!
「ふん、エーリカには劣る女だが、子どもはたくさん産めそうだ。そんなところも気に入ったのかも知れないな。」
私の腰を撫でながら失礼なことを言ってくる。王族に嫁ぐからには、後継者を産めるかどうかは大切だろうけど、だからって腰を撫でて判断するとか聞いたことないんだけど?
……というか、気持ち悪い!
アドリアン王子のお兄さんとはいえ、いやお兄さんだからこそ、気持ち悪いよ!
弟の妻になる女性の腰を撫でるとか!
トリスタン王太子殿下の左腕が、私の腰をガッチリホールドして、振りほどくことが出来ない。私の手首を掴んでいた右腕が、フッと離れると、私の後頭部を掴んできた。
「正直君のような女に触れるのは本意ではないが、仮にも相思相愛だった婚約者が他の男に汚されれば、さすがに弟も目を覚ますだろう。今大切にすべきなのがどちらなのか。」
「なにを……!離してください!」
「光栄に思うがいい、王太子である私が相手をしてやろうというのだから。」
相手!?相手って!?
「まあ、それで君たちの婚約がそのまま継続されるのかは、私の知ったことではないが。
少なくとも汚れた女が聖女と呼ばれることはないだろうな。」
背筋がゾッとした。この人、ハーネット令嬢の関心を引く為なら、なんだってする気なんだ。だけど今のアドリアン王子が、私に何かされたからって態度が変わる筈もない。
だってハーネット令嬢に操られているも同然なんだから。トリスタン王太子殿下がそうなように、アドリアン王子もおかしくされてしまっているのだから。
私がどんな目にあわされたって……。
そう思って思わず泣きそうになり、グッと唇の内側を噛んでこらえた。
「エーリカも、彼女を取り戻す為だとわかれば、許してくれるだろう。君という偽者が現れたことで、随分と苦しんでいたしな。」
自分に酔っているように独り言を言う。
「知りませんよ、そんなこと言われても。」
「……わかっているのか?君が嘘をついたせいで、父も、母も、弟も、彼女を信じてくれないと、エーリカは泣いていたんだぞ。」
この人はどこまでも、ハーネット令嬢の言うことだけを信じるのね。
「……嘘をついているのは彼女のほうです。
私が本物だわ。」
「まだそんなことを言うのか!やはりエーリカの言った通りだったな。君は一度痛い目を見ないとわからないらしい。」
「……まさかこれも、ハーネット令嬢にそそのかされたんですか?私がハーネット令嬢を苦しめるから、私を傷つけろって?」
「エーリカはそんなことは言わない。
彼女は高潔な人だからな。」
違う。たぶんこの人は誘導されたんだ。他の婚約者の令嬢の時みたいに。
「どうしてわからないんですか!?あなたたちみんな、彼女に騙されてるんですよ!?男の人たちが全員、ハーネット令嬢の肩を持つのがおかしいってわからないんですか!?」
「おかしいのはお前だ!二度とエーリカの前にも弟の前にも出れないようにしてやる!」
そう言って、トリスタン王太子殿下は掴んだ私の後頭部を無理やり引き寄せる。
──キスされる!
貴族の令嬢としては、人に知られなくともそれだけで死を選ぶ人もいるくらい、婚約者以外に触れられるというのは恥ずべき行為。
冗談じゃないわ……!
できる限り頭を後ろに反らして、唇を口内に引っ込めたけど、私に出来る抵抗なんてそんなものだ。駄目……、泣きたくない!
次の瞬間、ドスッと音がして、近くに何かが落ちてきたような衝撃に、私たちのいるベンチの置かれた地面が少し揺れた。上から何か降って来た?少し風を感じた気がする。
「アドリアン王子!」
「なんて危ないことをなさるんですか!
ここは2階ですよ!?」
頭の上から女の子の叫び声が──あれは、エーリカ・ハーネット令嬢?
続いて叫んだ男性の声は恐らく、ルイ・ランベール侯爵令息だ。
だけど、どうして頭の上から?そっか、ここは生徒会室の真下のベンチだ。今、エーリカ・ハーネット令嬢は、生徒会に入っているんだから、この場にいてもおかしくはない。
おかしくはないけど──いやおかしいな。
エミリアとランチをしていた時も、生徒会室にいたアドリアン王子たちに、真下のベンチの声は聞こえても、ベンチにいた私たちに生徒会室の声が聞こえたことなんてない。
だって防音魔法がかかっているのだから、聞こえたらおかしいのだ。それこそ生徒会室の窓から、身を乗り出しでもしない限りは。
「その手を今すぐ離せ、──兄上。」
怒りをにじませたような低い声。動かせない頭で目だけをそちらに向けると、2階の生徒会室の窓から飛び出して来たらしい、アドリアン王子がこちらを睨んでいた。
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