第6話 水と火と、男と女。

「久しいな、ロズリーヌ。ん?その子は?まさか弟子を取ったのか!?君が?」


「あー、ご無沙汰ですね、兄弟子の、あれ、名前出てこないや。」


「ははは、そこは相変わらずだね。たった二人の兄妹弟子じゃないか。ナーシサスだよ。」


「そんな名前だったか?フッサールとかそんな名前じゃなかったか?」


「それは先生の名前で、しかも変形してないか?マッサール=タノウェイ先生だろう。僕も発音に自信はないけどね。ああ、失礼した、こいつは私の弟子のエドワード。」


 雑踏の中、明らかに熟練の魔術師が2人。魔力の流れが均一で静か。ここまでの練度は見たことがなかった。そんな二人がこちらに向かって近づいてきていた。気づかない道理はない。


「初めまして、ロズリーヌ先生に師事しています。ジョン=ホワイトです。」


「こちらこそ、俺はエドワード=グレイ。よろしくな。」


「おう、悪いが二人とも、その辺で遊んできてくれないか?」


 そういうとナーシサスは20ポンドをくれた。


「ああ、ジョン。誰もいないところなら、技術交流してくれて構わん。禁術も含めて、な。」


「二人とも、くれぐれも怪我はしてくれるなよ。まあ、何かあっても私の薬で治してあげよう。一瞬でね。」




 かくして孫弟子二人。なにも起きないはずもなく、路地裏に行き、人払いの結界を張る。


「へえ、先生に妹弟子がいるとは聞いてなかったぜ。まあいいや。お前、強いんだろ?やろうぜ。」


「僕も初耳ですね。いいですね。やりましょう。」


 身体を波打たせて、相手との間合いを計る。普通、基礎魔術同士をぶつけるのが魔術師同士の技術交流というものだ。

 やはり同系統というべきか、体術から始める。


 流麗な体捌き、隙を作っては誘い、その隙を動かしていく。ナーシサスは、薬に自信ありということだった。これは水の魔術師の特徴だ。したがって、目の前のエドワードは水の魔術師である可能性が高い。


 しかし、こんなにも違わないものだろうか。火の魔術師と水の魔術師は戦闘に求められる役割が違う。だから、体術の位置づけも構想も違うと思っていた。僕の体術の基本理念は振動と揺らぎ。向こうの呼び方の差はあれど、本質はかなり近いはずだ。


 力の疎密、虚実、そして陰陽は波打つように入れ替わる。人間の筋肉も同じことが言える。ある筋肉が緊張するとき、その裏の筋肉は弛緩している。


「そろそろ行くぞ!」


 怒涛の連打。手の甲でいなす。こんなもの真正面から止めたら骨が砕けるだろうが。


「こんなにも似るものですかね?」


「ああ、ほとんど同じだな。でもわずかに違う。力を抜け。奥義、【雨だれ】。」


「え、【陽炎】。ぐえっ。」


「ええ!?その防御術なんだよ。急所のはずだろ!?避けられたかと思ったぞ。」


「痛、体の振動を拳に合わせたんです。そちらこそ、それ腹パンしていい威力じゃないですよね。普通死にますよ。雨だれと言いつつなんか波を伝達してきましたよね?」


 そんな調子で技術交流をしていたら、すっかり日が暮れていた。出会ったのが昼前だったから、たっぷりと時間を使ったが、ずっと体術の話しかしなかった。


 どうやら彼の体術の基本理念は波と渦らしい。やっぱり似ていた。振動は波だ。渦はよくわからん。


 そして本日最大の成果は、体術にも理論体系はある、ということを学べたことだ。先生は天才肌過ぎて、「まあ体で覚えて」しか言わなかったし、僕も一二度見れば覚えてしまうから、学習順序があり、名前がきちんとしていることは新鮮だった。


 そういえば先生は名づけが苦手であるばかりか、名付けても忘れてしまう人だったから、理論化は不得手な人だったな。

 この間、「マックス=ウェーバーのなんだっけ」と聞かれたが、まさか【マクスウェルの悪魔】を指していようとは思わなかったなあ…。





「先生、戻りました。」


「ああ、戻ったか。」


「はい。エドワードさんは水の魔術師だったんですね。ナーシサス先生も水の魔術師ですか?」


「ああ。」


「・・・ん?先生、今日はなんだか湿っぽいですね。「雨にでも降られた」んですか?」


「は、ませガキが。なわけあるか、逆に灰にしてやったよ。もしずぶ濡れにされてたら、私は今も気絶してるさ。」


「そんなところで負けず嫌い発揮しなくても。」


「いろいろあんのさ。男と女にはな。」


 今日の先生は、いつもと違って熱を帯びていた。





 後書き


 ここは虚実篇と軍争篇のエッセンス匂わせる程度にしました。短く直接引用するのが難しいので諦めました。


 一言で言うと、敵にも長所と短所があり、その短所をこちらの長所で殴れば勝てる理論です。


 言うは易く行うは難しですが、なぜ難しいのかのメカニズムについても説明している章だと思っていて、大きくは2つあると思います。


 一つは、状態は常に変化し続けるからです。常に強い敵はいません。寝込みを襲われれば負けます。


 人間だけでなく天候や地の利、有利不利さえも時々刻々と変化していくので、適応できなければ負けます。


 もう一つは、強さには強さゆえの弱さが内在してしまうからです。筋力のある人は、発揮できる力も大きいですが、筋肉の維持により多くの食事を必要としてしまいます。トレードオフというものですね。




 実は川も一緒で、扇状地が発達した河川は三角州が生じにくく、その逆もまたしかりです。結局流れてくる土砂の量は上限があり、中流で多めに堆積するか、下流で多めに堆積するかの違いみたいです。昔、地理の先生が言ってました。




 陰陽思想や五行思想に明るいとピンと来やすい章だと思います。虚実の相互遷移、利害の相互遷移、強弱の相互遷移。孫子の兵法には迂直などの二項対立が頻発しますが、確かなものなど無いということを常に頭に入れておきなさいという教えなのだろうと思っています。




 ちなみに、ロズリーヌ先生が忘れっぽいことにすら利点があって、自分ができることを直前まで思い出せていないせいで、敵を「やったか?」状態にします。


 「やべ、死んだわ。」みたいな表情と体勢から的確なカウンターをする人の相手ってしたくないですよね。


 勝利を確信した相手に致命の一撃を加えるなんて、いったいどこの二代目様なんだ。

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