第4話 戦いは数だよ、諸君。 数えねば黒字か赤字かも分からないのだ。
「今日からお前に火の魔術の神髄を教えてやる。」
「魔道ではなく、魔術のほうですか?まだ【ファイアーボール】しか使えませんけど…。」
「十分だ。お前の年で【ファイアーボール】をそこまで使いこなせる奴はそういない。」
それは火の魔術の第一。もっとも初めに習得する魔術であり、他のすべての火の魔術の派生元である。
つまり、【ファイアーボール】なくして火の魔術は語り得ないのだ。
「火の魔術は【ファイアーボール】に始まり【ファイアーボール】に終わる。私の流派では、これを陰と陽に分ける。」
そういうと先生は右の手のひらに【ファイアーボール】を一つ作り出す。これは普通のことだ。火の魔術の適正と多少の訓練があればだれでもできる。
「火の陰とは熱、火の陽とは光。右手に熱、左手に光。お前の目なら分かるだろう。」
先生は【ファイアーボール】に左手をかざしてから両手を広げる。
右手には見えない炎と呼ぶべき熱塊が、左手には熱無き光が輝いている。
なるほどさっぱりわからん。
「はい。光っている火の玉に熱はなく、空の右手には熱だけがあります。ええ?そんなことできるんですか?」
「ふっふっふ、いい顔するじゃないか。そして陰と陽は互いに入れ替わるのさ、こんな風にね。」
そう言うやいなや、今度は右手に無熱の光、左手に無光の熱が現れた。
そして今度は左右を明滅させて遊んでいる。
なに、お前ならすぐにできるさとか言いながら遊んでいる。
「先生、3・3・7拍子でリズムを作らないでください。気が散ります。」
すごく難しい。通常、熱量と光量は比例するものなのだ。
それを反比例させているような、そうではないような…。
「先生、できました。こうですか?」
「うん。良くできている、というか完璧だな。光に熱がまったくない。さすがは私が見込んだ弟子じゃないか。」
嵐の魔女ロズリーヌ=フランクールは今日もクールだ。僕の力量を正確に見抜いている。
「これで次のステップに行けますね。」
「ああ、では次にいこうか。あ、忘れないうちに付言しておくと、火の本質は陰だから。陰は収束。陽は拡散。焼きたいものを必要なだけ焼くには、熱の拡散を防がねばならない。このイメージは体術においても一緒だから忘れるなよ。これが私の魔術の基本だ。」
さて、前回の講義について、校長から少しお叱りを受けましたので、今回は補足からしていきたいと思います。
前回は戦争のコストについて再三説明しました。私は絶対非戦を掲げているわけではありません。命令さえあれば我々軍人は戦います。なんなら国益に適う限りにおいては戦争をするべきです。
しかし、戦争はいつだってギャンブルであり、始まってしまえば膨大なコストを支払うことになる。
若い諸君らには、ピンとこないことも多いでしょうが、私の同期は大戦の度に半減しました。前線の魔術師と将官では死亡率は異なりますが、重要なのは戦争の一面だけ見るのは良くないということなのです。
前回、あれほどコストについて言及したのは、悲しいことに人類はプロジェクトの陰の部分を無視あるいは軽視してしまうからなのです。
コストとメリットを漏れなく等しく天秤にかけられるのであれば、戦争すべき状況というものもありうるでしょう。そして、今ここで申し上げたことは、皆さんが将来政治の道に進むにせよ、前線で指揮を執るにせよ、あるいは民間企業に転職するにせよ、あらゆる判断において重要なことです。
賢明な判断には必ず正確な利害の比較があります。
さて、補足はこのくらいにして次の講義に移ります。
今日は軍の活動と兵站についてお話ししましょう。おやロバート君、察しがいいですね。そう、眠たくなる話です。
しかし、軍人生活であれ、会社員生活であれ、絶対に必須になってくるものです。
戦うのが軍隊の本来の仕事ですが、戦いには様々な準備と適切な運営が必要になります。
たとえば、武器をはじめとした物品の調達、輸送、保管、管理。医療福祉体制の整備。規律維持のための監察制度やら軍法会議。我々の俸給の支払いのための会計制度や財務省との予算折衝。リクルートのための広報。そして分類不能の軍務すべてを担う総務。今挙げたものも全てではないでしょう。もはや小さな国家です。
もうお分かりですね。職業軍人の戦いは敵と戦う前から始まっているのです。
この手の計算には辟易するでしょうが、頑張ってください。敵と戦うときにも算術は使いますから、日ごろから算数は使い慣れておくに限ります。自軍を数えられない者に敵軍は数えられませんし、自国を数値化できない者に他国を数値化することなどできないのですから。
それに、諸君も怪我や病気のときに、薬の量を間違えられたくはないでしょう。
戦いは数です。正確に数えましょう。
後書き
故兵聞拙速、未睹巧之久也。夫兵久而國利者、未之有也。
故不盡知用兵之害者、則不能盡知用兵之利也。 孫子 作戦篇
智者之慮、必雜於利害。 孫子 九変篇
戦争のコストは膨大なので、多少下手でも早く切り上げることはあっても、巧く長引かせることはない。軍事力の行使の害を知り尽くさなければ、利を知り尽くすこともできない。
賢慮は、必ず利害の両面を捉えている。
どこで聞いたか覚えてない話なんですが、史実では、どこの軍隊も自軍より敵軍のことを調べがちで、存外自軍のことをちゃんと把握していないらしいです。
ソロモン王のパラドクスって軍隊にも適用されてしまうんだ、という驚きがありますが、人間そんなものかもしれません。
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