第3話 戦いは血を求め、血は利を求める。

「先生。あのとき、僕はどうするのが最善だったんでしょうか?」


「隠れる、または逃げる、だな。お前の魔力操作は極めて精緻だ。攻撃より隠蔽の方がうまいんだから、お前に倒され、逃げ出すような敵ならやり過ごせたはずだ。戦う理由は、復讐以外に無かったはずだろう。」


「でも、奴らは村のみんなを、」


「その結果があの体たらくだ。私の救援がなければお前は自分の起こした火事で死んでいたんだろうが。村だってすべて焼け落ちて、あの日の気候じゃ山火事さえあり得たぞ。あのな、火の魔術師が自分の火で火傷するなんて恥だよ。ましてや焼死?そのうえ失火の大火事?それがどれほどの大ポカかくらいお前だって分かるだろう。」


 嵐の魔女ロズリーヌ=フランクールは今日もクールだ。氷のように冷たい声で、冴えた論理を展開する。まるでいけすかない水の魔術師のようだ。

 しかし、困ったことに正解だ。あの時点で生き残りは僕しかいなかったわけで、僕が戦う理由は既になかったのだ。


「ジョン、お前には力がある。が、力に振り回されるな。力を無駄にするな。先生は言っていた「利に非ざれば動かず、得に非ざれば用いず、危に非ざれば戦わず。」だ。」


「それ誰の言葉ですか?聞いたことないですね?先生の先生ですか?」


「いや、ずっともっと古い時代の人間の言葉さ。たしかソンシとかいったな。先生の行動基準はたいていこれだった。」


「そうですか、敵を倒すための思想なんですか?そのソンシって。」


「多分違う。何分ずいぶん前の人だから真意は誰にも分からないさ。ただ、「生き残るための思想」だろう。敵を倒すのはその手段だ。もっとも生き残るっていうのは国家の生き残りであって、一人の人間の生き残りではない。ただ、一人の人間の生き残り戦略としても有用なもんだから、私の先生の先生のそのまた先生が火の魔道に組み込んじまったのさ。」


「魔道、魔術とはなにが違うんですか?」


「魔術は個々の術、魔道は魔術の使い方、ひいては魔術師の生き方って感じかなあ?概念ってやつは、ふわふわしてるくせに流転を許さないのが好かん。火は流転するし、大地だって動転するんだ。不変なものなんて概念だけだろう。性に合わないんだよ、そういうの。」


「なるほど、なんとなくわかったような、わからないような?」


「それでいいんだ。理解を定めるな。思考を止めるな。なんとなく方向だけ分かっていればいい。たしかなものは何もないからな。」


 そういうと先生は続けた。


「まあ、実践あるのみだろ。頭だけで分かったと思っているうちは半分も理解してはいないのさ。これから私の火の魔道を授けてやる。好きに継ぎな。」










 戦争とは国家の一大事です。先の大戦の主戦場は大陸西岸でしたが、当時から既に老骨だった私も最前線に引っ張り出されました。大勢の人が亡くなりました。多くの街が灰燼に帰し、人類の遺産というべき史跡が失われました。

 したがって、諸君らの最も重要な使命は、そもそも戦争など起こさせないこと、起こされたとしても手早く終わらせることです。自ら興すことなど厳に慎まねばなりません。


 どう頑張っても学生諸君の反応が芳しくない。平和の味に慣れてしまったものに、血と硝煙の香りは刺激的なのか。

 あるいは議会による統帥を信じている学生には、やはり実感が湧かない話なのだろう。軍事音痴な議員も、政治音痴な軍人も、国にとっては害になる。軍事と政治とは、実際には密接不可分であり、軍人だからとて政治に無頓着ではいけない。

 概して、戦火の火種は平時に作られる。


 加えて、戦争は起きているだけで兵糧、武器、防具、魔石などの消耗物資を費消し続けます。そもそも軍隊は存在するだけで、一定の労働力・開発力・生産力を奪い、わが国の限りある生産能力を減らします。

 ゆえに、戦争は拙速でもいいから早く終わらせるに限るのです。戦争が長引いて得をするのはまだ交戦していないだけの隣国と死の商人だけなのですから。


 さて、そろそろだ。


 ここで小休止を入れましょう。おっと、その前に質疑応答の時間を取りましょう。質問のある者はいますか?今は一人だけ、前から三列目のロバート=グレイ君、質問をどうぞ。


「本官の名前をご存知とは恐悦に存じます。私は祖父の代からの軍人家系であります。教授は攻撃戦を得意とする魔術師だったと聞いております。しかし、今の講義は、ずいぶん防御的な印象を受けます。」


 うん。良い質問ですね。ロバート君。貴官のおじい様、エドワード=グレイも優秀な魔術師であり、優れた軍人でした。彼にはよく助けられましたよ。おっと、話がそれました。


 さて、回答しましょう。ここまでの話は戦う、戦わないの話です。攻撃防御の話はまだです。戦わないで解決できるならそちらの方がたいていの場合良いのです。

 しかし戦うと決めたのであれば私は攻撃が好きですよ。

 防衛戦であろうと敵陣地に切り込むくらいには。


 眠たげな学生諸君の目が輝きだした。若い軍人はそんなものだろう。









 後書き

 非利不動、非得不用、非危不戰。 孫子 火攻篇




 戦時というだけでコストは膨大に支払うことになります。戦闘が始まればさらにかかります。


 これ以上物価が上がるのはやめてほしい。


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