第2話 戦闘はいつだって一大事

 わが師ロズリーヌ=フランクールは傘の似合う魔女だった。

 それは単に彼女がいつも傘を持ち歩いていたからというばかりではない。

 傘はたしかに霧の都ロンデンの必携品ではあった。

 しかし、いついかなるときにも、彼女の傘は周囲の背景に熔け込んでいた。


 傘は彼女の代名詞であり、初期の二つ名である【嵐の魔女】をよく体現していた。

 あの時もそうだった。




「おや?生き残りかい…。いや、坊や。どうやらあんたも戦ったみたいだね。」


 燃え盛る村、敵も味方も死に絶えた。ただこの僕独りを除いて。

 たしか敵軍の略奪に止めるためだったはずだ。

 喉が渇いた。

 どうやら滴り落ちる自分の血では、喉の渇きを癒せないらしい。


「あんた魔術が使えるね。ここら一帯の火はあんたが放った魔術の余波ってところか。おい、大丈夫か?」


 炭化した木を思わせる真っ黒なローブに身を包んだ女性が戦場に現れた。

 たぶん敵ではないのだろう。

 どうも疲れがピークに達してきた。

 一日に50発までしか打てなかったはずの【ファイアーボール】をもう80発は放ってしまった。これが火事場の馬鹿力というものだろう。

 もっとも本当の意味で火事にしたのは僕だ。

 敵を倒すのに必死で、僕は自分の起こした火に巻かれた。

 退路を自ら断ってしまった。


「お?オーバーヒートか、まあいいや、助けてやるよ。あんたは私の弟子にする。ノーとは言わせないよ。ついてくるかい?」


 僕は小さく首を縦に振った。雨が降り始めた。


 これが僕と先生の邂逅であった。





 先生の教えはとても魔術師的ではなかったし、軍人的でもなかった。

 しかし、常に実践的でどこまでもクールであった。


「いいか、ジョン。魔術師に必要なもの。それは第一に逃げ足だ。いかに戦わないで済ませるか、これが魔術の神髄だ。」


「先生、魔術は戦いでこそ使うものです。第一、敵前逃亡は死罪ですよ。」


「そうではない。戦うべきなら戦え。が、戦いを求めて戦場に駆けるな。」


「えええ、走るのは鍛錬のときだけにしてほしいですねえ。」


「まだ軽口を叩けるか。お前意外と体力あるな。じゃあ100m走20本追加な。各々11秒は切れよ。」


「えええ、」


「返事は「はい」だ。やっぱり30本。」


「はい!」


 くっそう、覚えてろよ。魔術師に走り込みばかりさせるとは、どこが稽古だ。












 みなさん、こんにちは。栄光ある王立国防大学にようこそ。これからのわが国を担う諸君に、この「候補生の基礎講義」の講師として教壇に立てることを、うれしく思います。私はジョン=ホワイト。【白煙の魔術師】あるいは【ホワイトアウト=ジョン】といった方が有名かもしれませんね。


 目の前にいるのは、難関試験を突破してきた俊英の原石たちだ。飛び級してここに来る者も、浪人を経て来た者も様々で、年齢はまちまちだが、まだまだ若人である。期待に目を輝かせ、輝かしい未来を夢見ている顔だ。




 私が魔術師として最重要視していることは、まず体力であるということです。魔力量、瞬間魔力出力、分間魔術投射量、魔力操作精密性などなど、人により思い描く魔術師像は様々あるでしょう。

 わが師はよく言っていました。「疾きこと風の如く」と。

 まず戦場に辿り着くこと、次に敵よりも早く辿り着いて待ち構えておくこと、そして勝った場合に敵地から速やかに離脱し次の戦場へ向かうこと、いずれにおいても体力が要ります。

 ゆえに、諸君らには平時においては、ともすると魔力以上に、体力を養い、戦時においては、常に体力の温存を図り、消耗を最小限に抑えることを心に留めていただきたい。


 私ももう80になりますが、この教壇から走り去


 ることなど朝飯前なのですよ。と話しながら、幕間へと猛ダッシュ。1秒はかからない。


 ニュービーたちの驚声は二度上がった。一度目は速さ、二度目は今のダッシュに魔力を使っていないこと、あるいは魔力隠蔽の精緻さを疑ったがゆえだろう。

 実際は魔力を使っていないので、隠蔽はしていない。

 ここにいる者たちならそれぐらい見て取れるだろうと思うが期待しすぎかもしれない。ただ、その可能性を疑ってかかるのは大事なことだ。


 喝さいが講堂に響き渡った。

 いけない今日はピンマイクではなかったので、音を拾っていなかったみたいだ。


 速やかに壇上に戻り、講義を再開する。


「まあ、それはそれとして、座学の課題も容赦はしませんので、どうかご学友を大事になさってください。強大な敵には結束して立ち向かう。それこそが軍隊の神髄です。それでは教科書を開いてください。」







後書き

 小説家になろう様には後書きも書いていますので、こちらにも末尾に載せていきます。


 "孫子曰、兵者國之大事。死生之地、存亡之道、不可不察也。"  孫子 始計篇


 "其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震、" 孫子 軍争篇


 護身術でもよく言われるのは、まず戦わないことらしいです。


 まず逃げる、次に隠れる、その次に遮る、最後に戦うのが基本の流れだそうです。

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