第3話 夜中の闇の帝王との戦い

 「一体、俺の何が変わったんだ……」

 

 チョメチョメマンは風呂場に入って湯船につかりながら考え事の真最中だった。

 

 こうした先ほどまでの変化の理由を、彼には心当たりがなかった。


 今日一日の途中からの人助けの共通点とは、身体が咄嗟に反応し動けたことだ。母星に居た頃からの人助けは習慣化していたため、行動の動機ならある。ただ、それより圧倒的に高い動体能力が実行に反応してくれるようだ。そして助けられた人々は皆唖然としていながらも、お礼の感謝を忘れなかった。そこに地球人の節操が感じられて良い者もいるものだと実感した。だが考えてみたら、この経験は地球にきて初めての体験ばかりだった。それだけでも、この男の弱かった部分は何かしら消えてなくなった。その何らかの変化にこの男は少しずつ気付き始めていった。

 

 それもこれも少し前の彼にはできなかったことばかりだ。


 自分の情けなかった運命を、誰かが変えてくれたのだろうか。しかし、そんなこの惑星へ来てから恩を売った知人へ見当が付かなかった。やはり、自分の今日一日の行動中に、何かしらの運命に干渉した要因があるとしか思えなかった。

 

 風呂から出て部屋着に着替えた彼では夕食の納豆ご飯を食べた。いつもより遥かに美味しくご馳走は堪能できた。今までになく味覚も冴えわたっていて、何時もと同じ飯を食べているような気分でなかった。そこに一種の感動を味わいながら、布団を横へなって瞼を閉じる。


「明日に成ったら、この高まった能力もリセットされてしまうオチだろうか……それは嫌だ」


 しかし、なかなか眠気が訪れず、彼では寝返りを幾度か打った時のことだった。


「パンパかぱーん、強くなった君に助人の精霊が舞い降りたぞー」


 何かしらの大きな声が耳元に囁かれて、チョメチョメマンは驚きに目が覚めた。


 思わず横を見ると、枕元の上に可愛らしい小さな妖精のような少女は浮かんでいた。その在り様に、彼では目を丸くして驚いた。 


「お前は、一体何者だ?」


「あたいの名前は、ミヨッチだよ。ある程度強くなったヒーローには、ヒーロー機関から精霊が着くんだぞー。聞いていなかったかな?」


「あ、そう言えば、確かそんな契約だった気がする」といった彼の頷きに、ミヨッチと名乗った自称精霊の妖精は、目を丸くしながら答える。


「まあ、君に精霊が着くということ自体が、大きな任務や課題などに向き合う使命が与えられるチャンスになるけど、君の場合も同じくそうなんだよー。君には大きな課題が達成するまで、あたいは君の傍でナビゲーションを務めるのさ。まあ、今となって君に与えられる課題は、攻略が簡単そうなものだろうけどね」


「その攻略課題って一体なんだ?」といった彼の質問にミヨッチは偉そうに、胸を張って応えてきた。


「ズバリ、宇宙全銀河を支配しようと目論む闇の帝王を直接倒してください! 君一人でもできるはずだよ」


「本当かよ、それは何時なんだ」といった彼の驚きの質問に、ミヨッチでは深い笑みを顔へ刻み込み、とんでもないことを続けて言った。


「今からです! ほら、そこに空間の捻じれが起こっているよ。間もなく君の出番です!」


 チョメチョメマンはあまりもの急な話の展開に着いていくのがやっとの思いだった。彼では空間の捻じれの部分場所を見ると、やがて時空間が裂けて、赤い電気が細かく走るぽっかりと空いた真暗闇の中からのっそりと闇の帝王がオドロオドロしく宇宙から遥々と姿を現してきた。


 その姿を見て、チョメチョメマンは驚きに目が見開かれる。


「こんにゃろー、俺が闇の帝王だー!」


 親指サイズの小さな生き物が、地面の上に蠢いていた。


「お前のせいで、こんな体に成っちまった。お前で俺と力を入れ替わってしまったから、このざまだ―。これも全てお前のせいだー!」


 そう言って、親指サイズの闇の帝王は、魔法も超能力も何も使わず、捨て身で走り寄ってきた。


「なんだ、この雑魚そうな奴」


 事情はどうであれ、銀河中の災難を振り撒く闇の帝王を、このまま生かしておくつもりは微塵もない。


「ほれ」


 足のかかとで踏みつけて、全体重を乗せる。それだけで闇の帝王では抵抗戦一方を繰り広げ始め出した。


「グ、ググッ」


 チョメチョメマンは、片足立ちになった。そして、グッチョンと小気味よい音が鳴り響く。


「グ、グギャー!!」


 それこそが、全銀河を支配しようと暗躍する闇の帝王最後の断末魔であった。

 

 正直、何が起こっているのか、彼の思いでは追い付くのも必死だった。だが、この状況に、考えていても無駄だと分かってきた。やがて世界中に平和が訪れることだろう。


「おめでとー、これで銀河世界は救われた。精霊の手助けもこれで終了。じゃあねー!」というミヨッチは、姿を消して行ってしまった。


「ちょっとまて、ミヨッチ! どうして俺はこんなに強くなったんだー!」


 少し間を空けて、ミヨッチでは再び姿を発生すると、言い忘れたような調子で応えてくる。


「そうだったね、君の強さの説明については、まだ何も知らないんだね」


「そうだよ、さっきまで闇の帝王が、俺と力を入れ替わってしまったとか言っていただろ」彼は聞いた。「一体、何がきっかけに俺は強く生まれ変わったんだと言うんだ?」


「いいよ、今から何も知らない君へ強さの秘密を教えてあげる」


 コホンと咳払いをして、ミヨッチは改まった顔で彼を見詰めると説明し出す。 


「今日の昼間の午前三時頃、君は散歩途中である小石を蹴り飛ばした。それを覚えているかな?」


「あー、言われてみればそんなこともあったような気がしてきた」彼は答えた。「それで、小石を蹴り飛ばすことと俺の強さで何らか関係はあるのか?」


「大ありなんだよ」ミヨッチは言った。「あの小石は、力石と呼ばれていて、闇の帝王が地球上の聖域から盗み出した石なんだよ。闇の帝王の力には力石が与えてきた。その石を失くしたことを、闇の帝王は忘れてしまい、何時しかその石が闇の帝王に力が与えられていることさえ忘れてしまったんだよ」


「地球上の聖域って、どこなんだ? まさか、神社とか言うつもりか?」


「おお、察しがいいね」というミヨッチは微笑んだ。「その石を盗み出した闇の帝王へ無限の力が目覚め出した。本来の力を超える大いなる力を、手に入れたのよ」


「それが、どうやって俺と力を入れ替える行為へ繋がるんだ」


「闇の帝王だって、小石を蹴り飛ばして力を得たのさ」ミヨッチは言った。「闇の帝王本人は忘れてしまっただろうけど、その力は今君に受け継がれているよ」


「嘗て闇の帝王は、小石を蹴り飛ばした今の俺の力を入手していたんだな」彼は言った。「しかし、力石は毎回蹴り飛ばした相手に力が与えられたらいいんじゃないか?」


「実は、それができないのよ」


「どういうことなんだ?」


「力石には、二人以上の相手に最強の力が与えられないんだ。もし仮にそれが出来たとして、同じ力を得た者同士で戦ったら、矛盾が起きるでしょ? だから力石は一人分までしか、力を与えられないのよ」


「だったら何故俺が、小石を蹴飛ばしたら、力石の前契約者の闇の帝王は、俺の弱い力を引き継ぐことで本来の強さを失わなければならなかったんだ?」


「その小石は“自ら力を持ったらあかん”のよ」ミヨッチは答えた。「小石自体には君の力が移し込めない。君では小石を蹴飛ばしたとき、闇の帝王の強大な力は小石に寄らず君の元に移った。つまり君の力は直接闇の帝王に移し変わったのよ。そうすれば力石では君からも闇の帝王からも力を会得しない状態へ力を移し替えられる」


「力石自体では蹴飛ばした元の主の力をもらわないわけだな」


「そうよ、最初小石を蹴飛ばした闇の帝王の場合、闇の帝王の力自体を消すことで最強の力をもらっていた。しかし君が、小石を蹴飛ばした場合、君本来の力を消すと、君と闇の帝王二人に最強の力は宿ってしまう。だから君の力自体を消さずそのまま闇の帝王へ移し替えたのよ」


「そうすることで、力石は二人以上の相手に力が与えられないようにしたんだな」


「その通りだよ、そろそろ君にも納得が付いてくれたかな?」


「ああ、少し難しい話だが、何かと分かってきた」彼は答えた。「力石は一人分しか強くできない。それだから最後小石を蹴った俺だけ強くなった。力石自体では強さを入手できない。だから、俺の元の弱さを、最強の力を獲得した権利から除外された闇の帝王へ移させたんだ。そうして力石では自ら強さを宿さず、尚且つ一人分の強い力だけを対象者の俺へ与えることができたわけなんだな」


「ご名答だね」ミヨッチは言った。「君の理解が早いのも、強くなったせいかな?」


「まあ多分、そうかもしれないな」彼は答えた。「この話が分かる奴も、たぶん皆強い奴らかもしれないな。これで全銀河規模の闇の帝王の脅威は去ったわけらしいけど、倒された闇の帝王は、後から転生した時、どのくらいの強さに生まれ変わるんだ?」


「最初に、小石を蹴飛ばした以前状態の力へ戻るわ」ミヨッチは答えた。「その段階の闇の帝王だった者に、闇の帝王へ君臨する力を持たないでしょうね」


「だったら、俺は最強になっているんだな」


「今のところはね」


「え、今のところはって、どういうことだ?」


「他の人が、あの石を蹴飛ばしたら、その人が最強になってしまうわね」


「あ ああ~! そうだった!!」


「もしその石がまだ蹴られていなければ、保管した方がいいわね……」といったミヨッチが言い終わる以前にチョメチョメマンは着替えに奮闘し出していた。

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