<第四章:ピリオロイド:モラトリアム・ゾンビ> 【12】
【12】
ゆっくりと2日かけて、爆弾を作れるだけ作った。
できることはした。
準備は万全だ。
深夜。
コサメが寝たのを確認して、僕はテントを出た。
デパートの3階まで移動、そこでタブレットでショーコを呼び出す。
『何か?』
「話が――――――」
急な眩暈、吐き気、頭痛、発汗、立っていられず、散らかった床に腰を落とす。ズボンのポケットから遅延薬を取り出し、首に3本続けて打った。
現在の汚染度は、【92%】。
90%を超えてから、異常な不快感に襲われるようになった。満足に動ける時間は、あまり残されていないだろう。
『大丈夫ですか?』
「――――――話がある」
『………どうぞ』
「明日、決行する。用意を頼む」
『了解と言いたいですが、その状態で?』
「どうにもならんだろ。昔のドラマに出て来るお医者様みたいに、明日になったら特効薬ができるかもしれない。希望を捨てるな、とでも言うのか?」
『言いませんよ。最低でも、4、5年は必要です』
「それ、思ったよりも早いのか?」
『治療薬ではなく、遅延薬の延長線ですからね。今の物より効き目は何百倍もあるでしょうが、所詮は死を遅らせるだけのお薬です』
「一生打ち続けるのか。会社は大儲けだろうな」
『がっぽがっぽですね』
できるなら、OD社に一泡吹かせたかった。
それはそれでおかしいか。
たぶん、おかしいのかな。
今となっては、もうよくわからない。
『では、よく休んで少しでも体調を良くしてください』
ショーコからの通信が切れる。
タブレットの画面が暗くなり、何も操作していないのにまた点灯した。
『やあ、こんばんは。軍曹君でよろしいのかな?』
「誰だ?」
落ち着いた男の声がした。
『OD社の、そこそこ上の人間だ』
「………………」
色々と最悪な事象が思い浮かぶ。
『君たちの会話は、大体把握している』
「筒抜けってことか」
思い返せば、僕の人生にしては上手く行き過ぎていた。
時間が残されていないのに、頭が真っ白になる。
『とはいえ、こちらは彼女に手出しできない複雑な理由がある。だがしかし、このまま放置はできない』
「まどろっこしいな。要件を早く言え」
わざわざ僕に接触してきたってことは、嫌がらせ以外に理由があるのだろう。
『例の【変異体】のことだ。君に、アレを殺してほしい』
「は? 無理だろ」
『無理ではないから頼んでいる』
「意味がわからん」
『彼女には伝えていないが、君が目覚めてから、【変異体】の動きが変化した。明らかに、君を目指して移動している。捕獲部隊の抵抗にもよるだろうが、良くて3日、悪くて明日にでも接触する』
「何故だ?」
『何故? 君が、素体と交流のあった最後の生き残りだからだ。他に理由が考えられない。例の子供を街から出すのは構わないが、このままだと壁に【変異体】を誘導することになる。そうなれば、緊急措置で街は火に沈む』
「………………」
『“殺せ”とは言ったが、不可能ならば、子供から離れて死ぬだけでもいい。悪い提案ではないはずだ』
「コサメ1人で壁に向かえってことか? 他のゾンビがいるんだろ」
『いる。だが、日中なら通常の感染者は活動が緩慢だ。ドローンや、通信によるガイドを駆使すれば問題ない』
「確実な手段か? 本当に安全と保証できるか?」
そんな簡単なら、今すぐにでもコサメを壁に向かわせる。
『………………お、恐らく。問題ない』
「言い切れよ」
クッソ不安になってきた。
『あの【変異体】が出て来て以降、通常の感染者も予想外の活動をしている。だから、最初に殺せと言ったのだ』
「子供1人じゃ危険なんだな」
『危険だ』
「………はあ」
重いため息が漏れた。
ほんと最後だってのに、ごちゃついてきやがった。
死にかけの頭で考える。
いや、考えても無駄だ。
「やる」
やることやって、失敗したら死ぬ。成功しても死ぬけど、終わり際の気分は違う。
なんだ、最後までいつも通りじゃないか。
『良い返事を聞けて安心した。子供を送り届けるため、頑張って生き延びてくれ』
タブレットの画面が消える。
「………ままならねぇ」
もう一度、ため息を吐いて立ち上がる。
弱ってる暇はない。痛みや不快感は、気合で何とかする。例え無理でも、恐らく確実に無理だろうが、やるしかないのだ。あの変異体と戦って、殺すしかない。
気合を入れたら、少し体が軽く楽になった。
現金な体である。
小さい足音を捉えた。近付いてくる。
「ぐんそー、怪我しちゃった」
「は?」
コサメだった。
彼女は、ボタボタと血を流す右手を差し出してきた。
「ど、どうした!?」
「ころんじゃった」
親指の付け根がぱっくりと切れていた。
骨にまで達しているかもしれない。
「包帯、いや消毒が先だ。深いなら縫わないと! ここにいろ! 傷口は強く押さえておけ!」
自分でも驚くほどに慌てた。
転がるように下の階に行き、消毒用のアルコールと包帯、ソーイングキットを手にする。
どたばたコサメの元に戻って、テントに移動。
カンテラの明かりで傷口を確認。
鋭利な刃物傷だ。感染の恐れはたぶんない。正直わからない。
アルコールで傷口を洗う。
コサメは体を強張らせるも、声は出さない。かなり痛いだろうに我慢強い子だ。
この傷は縫うべきなのか?
深いとはいえ、綺麗な傷口だ。テープなどで接着しておけば、このまま治る可能性も高い。自分のことなら適当に縫うだけで終わるのだが、混乱する。
タブレットを操作して、ショーコを呼び出した。
『は~い?』
眠そうである。
「コサメが怪我した。どうしたらいい?」
『なんで早く呼ばないんですか!?』
「今呼んだ」
『早く見せて!』
タブレットのカメラを傷口に近付ける。
『もしかして、アルコールで消毒しました?』
「した」
『馬鹿ですか! そういうのは昭和で止まってます!』
「しょ、昭和?」
いつの話だ?
『アルコールは炎症を起こすので、浅い傷口に使ってはいけません。治りが遅くなる。ステロイド剤の入ったテープがあるので、それを巻いてください』
「縫う必要は?」
『そこまでの傷じゃないですよ。何を大袈裟な』
大袈裟に感じていただけか。
テントに置いてあった医療キットから、それっぽいテープを取り出し、ハサミで適当なサイズに切ってコサメの傷に巻く。
「他には?」
『2、3日様子見で、悪化しそうなら抗生物質を。以上です。驚きましたけど、大した怪我じゃないですね。あ、コサメさんに代わってください』
コサメにタブレットを渡す。
『どこで怪我したんですか?』
「ころんじゃった」
『どこで?』
「えーと、階段で」
『階段で。………なるほど。今日はもう寝なさい』
「はーい」
通信は切れた。
「痛いか?」
「いたいくない」
と、首を振るコサメ。
「なら、よし。寝るぞ」
コサメを寝袋に入れて、僕も横になる。
土壇場で色々と立て込んできた。しかし、先ずはコサメの怪我を見ないと。他は後。後だ。
僕に後なんてないけど。
あの女、殺せるかな? 僕に。
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