<第四章:ピリオロイド:モラトリアム・ゾンビ> 【11】
【11】
「やだぁぁぁぁぁ!」
コサメは吠える。
「やぁぁぁぁ!」
「お、落ち着け」
僕は、子供に泣かれると慌てる大人なのだ。
「やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
全然、落ち着いてくれない。
「やなのぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「おい、助けろ」
ショーコにヘルプ。
『いや、こうなると無理なんで疲れるまで待ちましょう』
「やー!」
コサメはテントから出て行った。
追っかけたいが、脚はまだ動かない。
しばらくして、
「や!」
ちょっと顔を出して、コサメはまた出て行った。
2分後、
「やー!」
その後も、ちょくちょく否定しに戻って来る。
「ほんと、どうすりゃいいんだ」
『あなたも悪いですよ。もっと伝え方があるでしょうに』
「例えば?」
『………………いや、私に聞かれても』
「お前もわかんねぇのかよ」
『私は別れるつもりないので』
「さいですか」
そりゃ良かった。
「やっ!」
最早、挨拶みたいになっているコサメ。
ともあれ、伝えることはできたので、一応一歩進んだ。
進んだよな?
僕の時間があまり残されてない以上、どうやっても進まないといけない。最悪、コサメを縛り上げて壁の外に運ぶ。
こんな感じが、僕の“死にがい”か。
思っていたよりも、有意義だ。
良くてサメみたいに、誰かと映画を観る最後だと思っていた。まさか、何かを残せるとは。いや、まだ残せるとは決まっていないが、失敗する可能性もあるが。
「やー!」
それに、この状況を何とかしないといけない。
一晩過ぎた。
「や」
コサメは、まだヤダヤダしてる。
気付いたら隣で寝ていたが、寝言でも『やーやー』言ってる。
「ホント、どうすんだよ」
『最長のやーやーですね。これは困った』
「僕が一番困っているんだが」
『困りながらでも、やれることはありますよ』
「はいはい」
脚を持ち上げる。
ゆっくりと動かす。
芋虫のようにテントを出て、四つ足になり一時停止。深呼吸をして、体を持ち上げる。
腰、首、背骨、四肢の関節がベキベキと鳴る。
硬く、重く、痛い。
だが、僕は二足で地を踏み締め、立ち上がった。
脳内で『ツァラトゥストラはかく語りき』が流れる。
謎の感動を覚えた。生き延びたというか、再起できたというか、生を実感している。
残り、10%もない人生だというのに。
太ももを叩いた。
痛い。刺激がある。だからまだ、僕は人間だ。
よし、やれることをやるぞ。
屋上を見回す。
カラス避けのCDやDVDが沢山吊るされていた。テントから少し離れた場所に、ビニールハウスみたいなものが設置されている。後、辺り一面にバケツや鍋が沢山置かれていた。
降りる。
3階は家電と専門店フロアだ。
薄暗い空間は、色々荒れていた。薄型テレビに包丁が突き刺さっていたり、ボコボコの洗濯機が転がっていたり、電子レンジに縫いぐるみが詰まっていたり、PCが分解されていたり、中々愉快な散らかりようだ。
コサメがやったのだろうか?
ストレス解消に、こういう物を破壊するのが良いと聞いたことがる。
テレビに刺さっていた包丁を引き抜き、ベルトに差す。念のためというより、武装してないと不安なのだ。
転がっていた買い物カゴを手にして、フロアを回り爆弾作りに必要なものを集める。あまり必要な物はここにはない。
続いて2階に。
散らかってはいるが、3階よりも荒れていない。
日用品売り場を回り、必要な材料を集める。カゴがすぐ一杯になったので、別のカゴを手に材料をポイポイ入れる。肥料の袋は肩に担ぐ。
結構集まった。
たぶん、変異体を吹っ飛ばすには十分な量を作れる。
いや、吹っ飛ばすのは壁周辺のゾンビだ。
何勘違いしてんだか。
あの変異体が、仮にあの女としても、僕が自責の念にかられることはない。僕は、僕がやれることを全力でやった。
『嘘を吐け。最後は人任せだった癖に』
「は?」
買い物カゴが僕にそう言う。
『俺が代ってやったんだぞ。お前はまた、最後の最後で逃げ出した』
カゴの1つを降ろして、中を漁る。
指先に硬くて冷たい感触。
掴んで取り出したのは、溶接マスクだった。
「いつの間に」
『いつの間にだ。大体、部屋に置き忘れた物がこんな所にあるのはおかしいだろ』
「マスクが話しかけて来るのもおかしいでしょ」
『おかしいのはお前の頭な』
「その通り」
『ってのが、思い込みだ』
「はぁ?」
『思ったよりも、お前がまともだったらどうする?』
幻から意味不明なことを言われて“まとも”とは一体。
『どう説明すりゃいいのか。肝心なところは、お前の精神がブロックしてやがる』
「あ~つまり」
ない脳みそを振り絞る。
「実は僕は………OD社の作ったロボットで自分を人間だと思っている、とか?」
『それと俺の声はどう繋がるんだ?』
「故障とか?」
『汚染度はどうなんだよ』
「それは【コルバ】の設定でどうとでも」
『それはそうかもな。全然違うが』
「つまりは、あんた何なんだ?」
溶接マスクに訊ねる。
『お前の良心だ』
「わぁい。面白い」
マスクを投げ捨てた。
床に転がる――――――音がしない。
『今は、やれることをやれ。最後にはまた会おう。てか、会いに来い』
「………………」
奥の闇から、そんな声がした。
どうしよう。何もわからない。わからないから………手を動かす。
腰を降ろして、あぐらをかく。
カゴの材料を床に並べる。
取り出した中身を、すり鉢でゴリゴリと混ぜ合わせ始めた。
憑りつかれたように手を動かす。汚染度が高くなったおかげか、暗い中でも手元がハッキリと細部まで見えた。
それだけじゃない。
背中に目が付いたような感覚もある。
材料を混ぜ合わせる反響音だけで、周囲がよく見えた。
「やっ」
コサメがやってきた。
寂しくなって自分から来たようだ。
「危ないから離れてろ」
「なにしてるの?」
「爆弾作ってる」
「やりたい」
コサメが膝に乗って来た。
「いや、これはホント危なくてな。ミスったらドカーンだ」
「どっかーん!」
楽しそうに“ばんざーい”と手を上げるコサメ。
「そう、ドッカーン。で、2人供死ぬ。それは嫌だろ?」
「………それ痛い?」
「さあ、どうだろな」
「痛くないならいいや」
「よくないだろ。お前は生きなきゃならない」
「なんで?」
「………む、難しい質問をするな」
前は素直だったのになぁ。
「ねぇ、なんで? なんで?」
「お、お前は、若いし、先もあるわけで、感染もしていないから、え~ショーコが外で待っているわけだし、こんな場所にいちゃいけない。違うか?」
歯切れの悪い言葉しか出ない。
「わかんない」
「そうか。僕もわからん」
正直、何もわからない。
「でも、ショーコとお外であう約束したんだ」
「そうか。そりゃ守らないとな」
「でも、ぐんそーは?」
「僕は、ここにいる。ショーコと会って嫌になったらまた会ってやるよ」
「ホント? そうする!」
そんな日は来ないだろうが。
「ほら、爆弾作らないといけないから離れてくれ」
「や! てつだう」
「危ないから」
「や!」
「ほんと、危ないんだ」
「や!」
梃子でも動かない。
仕方ないから、爆弾作りを手伝ってもらった。本当に安全な作業だけ。
後々、ショーコに文句言われそうだ。
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