<第四章:ピリオロイド:モラトリアム・ゾンビ> 【10】


【10】


 あれやこれや、ショーコと案を出し合う。

「送れる物資の限度は?」

『コサメさんの生存に必要な範囲です』

「誤魔化せないのか?」

『AIの査定は誤魔化せません。仮に設定を変更するには、上級職員の許可が必要です』

「難しいと」

『あなたが思っている以上に難しいですね』

「物資は足で集めるか」

 リハビリに丁度いいか。

『コサメさんを連れて歩くなら、色々と気を付けることが増えています。先ず、野生動物』

 話に出ていたな。

『【変異体】の制御下にある感染者は動物を襲いません。そのせいというか、おかげというか、街には動物が戻ってきました』

「どこかに隠れていたんだろうな」

 地下や、空き家、止まった工場、ゾンビのいない商業施設、隠れる場所は幾らでもある。

『猫やカラスは大丈夫ですけど、野犬には気を付けてください。元が飼い犬ばかりなので、狂犬病ワクチンは打ってるでしょうが、群れている上に凶暴なので』

「………あんた、猫と犬どっちが好きだ?」

『猫です。当たり前でしょ』

「僕は犬なんだけどな」

『毎日毎日散歩に付き合わされ、トイレの始末もできない畜生の、どこを愛せるので?』

「散歩くらい行け」

 こいつ絶対出不精だな。

『その点、猫は良いですよ。快適な空間に、水と食料とトイレを用意するだけで勝手に愛想を振りまいてくれる。なんて理想的なペットでしょうか』

「まあ、犬も猫も飼ったことないから知らんが」

『私も知りませんけど』

 お互い想像で語っているだけだった。

 これにコサメを預けて良いのか不安になる。僕よりもマシなのは確かだけど。

『これ、なんの話でしたっけ?』

「野犬が群れで凶暴って話だろ」

『本当に気を付けてください』

「わかった」

 どんな時も気を付けてはいる。

『他は?』

「例の変異体についてわかっていることは?」

『現時点でわかっていることは、細胞の一部を付着させることで感染者を従属化できる。他の感染者や、【変異体】以上に力が恐ろしく強い。小火器では傷一つ付かない表皮を持っている。電気、ガス、火に対しても耐性あり。睡眠を行っている形跡がない。行動原理は、己の分身を増やすこと』

「ただ、支配下を増やすだけか?」

『ええ、今のところはそれです』

「増やした個体の、変化や変異は?」

『ないです』

 どういうことだ?

 それじゃもう、変異体というよりもゾンビの女王だ。

『最大の脅威は、“賢い”ことですね』

「賢い?」

『【変異体】と制御下の感染者は、道具を使います。槍状の物を投擲したり、奪った小火器を使用したり、どこからか爆弾を取り出したりもしています』

「そりゃ全滅するわな」

『ですね』

 人間の勝てる要素がない。

 逆に、ここまで差があってよかった。間違っても、倒そうなんて思わないはずだ。

『最後に不安要素が』

「ここまで全部不安要素だぞ」

『初遭遇した時のことです。【変異体】は何に引き寄せられたと思います?』

「何って………………」

 考える。

 あの時の状況を、頭の中で再現する。

 ハト野郎への怒りが沸いた。煮え滾って来た。

 落ち着け。

 思い出した。

「コサメの声か?」

『不正解です。会社が、録音したコサメさんの音声で誘導を計りましたが無反応でした』

「生なら反応ある可能性は?」

『ないです。あなたの休眠中、コサメさんが38回感情を爆発させて大声張り上げましたが、【変異体】はここに来ていない』

 では、なんだ?

 可能性があるとしたら?

「まさか、僕か?」

『私は“あり”だと思っています。最近の騒ぎで、上の連中は忘れているみたいですが』

「確かに、いや、因縁は………あるのかもしれないが、他人の可能性も高いし。まさか冗談」

『アレにあそこまで接近して生きているのは、あなたとコサメさんしかいない。次も殺されない可能性も高い』

「僕に囮をやれって?」

『そういう策もあるという話で』

「囮をやることに文句はない。その場合、誰がコサメを壁まで連れて行くんだ?」

『自力では難しいですかね』

「お前の方が付き合い長いんだから判断しろよ」

 こいつは、直接ではないが、僕の倍コサメと付き合いがある。

 やや妬ましい気持ちが湧く事実だ。

『やらせたくないというのが本心ですね。壁付近には【変異体】の制御下にない感染者も多い。そこから新しい【変異体】が生まれたら、何が起こるか予測不能ですから』

「僕みたいな肉盾がいた方がいいな」

『もしかしたら、クラゲの【変異体】があなたを助けに来るかも?』

「それが冗談でも駄目だろ。壁が突破されるぞ」

『それはそうですね。では、先にクラゲの【変異体】を倒す策を――――――』

「無理だ」

 会社の武装した人員が敵わない相手だ。僕個人が倒せるとは思えない。

『頭が痛いですねぇ』

「僕も」

 寝過ぎたせいもあって、ずっと頭痛が酷い。

『では、現状に動きがあるまで待機ということで』

「いや、やれることはやる」

『例えば?』

「爆薬を作る。周辺を漁って、作れるだけ作る」

『それで【変異体】を吹っ飛ばすと』

「吹っ飛ばすのは壁周辺にいるゾンビだ。爆弾程度であれが殺せるかよ」

『わかりませんよ? 会社は捕獲を絶対として動いているので失敗しているだけ。爆発物なら簡単に殺せるかも』

「殺してどうなる」

『制御下の感染者が支配を解かれ大暴れする、更にもっと予測不可能な事態が起こる、もしかしたら運良く死滅する、等々』

「無理だ」

 気が乗らない。

 勝てるとも思わない。

『らしくないですね』

「お前、僕のことそんな知らないだろ」

『コサメさんから聞いた範囲ではよく知っています。絶対仲間を見捨てず、任務を必ず達成する人なんでしょ』

「それ、アニメの軍曹な」

 たぶん、見たことないけど。

『あのアニメ酷いアニメでしたよ。露骨なエロや、無意味なグロはあるし、子供に見せていいアニメじゃありません。軍曹も酷いキャラクターでしたね。場当たり的だし、なんでも殴って解決しようとするし。日常的に部下にはパワハラ、モラハラ、セクハラ。子供に優しい描写が脈絡もなく入れこまれていますけど、あれってロリコンの暗喩でしょ』

「そりゃ酷い」

『コサメさんが大きくなった時に、“なんじゃこれ”ってなる程度には酷いかと』

「ふ、ふ~ん。そんなもんじゃないかな」

 結構ショック受けた。

『でも確かに、仲間を見捨てず任務は必ず達成していました』

「僕には無理だ」

『演じることはできますよ。大人なら子供の期待には応えないと』

「………………」

 頭痛に加えて耳が痛い。

『ところで、体の調子は? 5ヶ月も寝たきりなら普通歩くこともままならないと思いますが』

「もう少ししたら脚が動く」

 さっきまでは痺れて感覚がなかったが、態勢を変える程度は動かせるようになってきた。

『やっぱり動きますか』

「“やっぱり”って?」

『あれだけの時間、ほとんど動かなかったのに血流障害が起こっていないんですよね。血液の動きが異状なのは、他の感染者にも見られる症状ですけど、あなたの場合はそれだけじゃ説明できない。解せないのは、昏睡の期間が長すぎたこと。傷自体は一週間程度で完治したのに、何のために眠っていたのかわからない』

 怪我を負って、深く眠ることは度々あった。

 今回もそうなら、僕は“何を治すために”眠っていたんだ?

「いや、わからんが」

『はい、そうですね』

「むしろ、調べるのはそっちの仕事だろ」

『人員のほとんどが【変異体】捕獲に割かれているので。………私の方でできるだけやってみますけど、門外漢なんですよねぇ』

「まあ、頼む」

 僕よりは何かしらできるはず。

『お互いやることが決まったことで………あ、最初に話したアレ。忘れないでください。一番大事ですから』

「わかってる」

 気が重いが、確かに一番大事だ。

「ぐんそー! ご飯できたよ!」

 コサメがテントに戻って来た。

 僕が寝ている間に、自炊もできるようになっていたのだ。

 彼女が手にした紙皿には、パスタが盛られている。

 タンポポが沢山入ったペペロンチーノだった。

 タンポポって食べられるのか?

「美味しいよ! 食べて!」

『食べなさい』

「お、おう」

 料理と割り箸を受け取って、コサメに背を向け食べ出す。

 ニンニクの風味は薄く、塩辛く茹ですぎのパスタだが、温かいものを食べられるだけでも贅沢である。しかも、タンポポは癖がなく食べやすい。

 昔、適当な野草を食べたことがあったが、口に筋が残り過ぎて、それ以降は野草を二度と食わなかった。最初からタンポポ食っておけばよかった。

 ガツガツとパスタを喰らう。

「ごちそう様」

 5ヶ月ぶりの食事は体に滲みた。

「おかわりあるよ!」

「大丈夫だ。お腹一杯。コサメは、自分の分を食べろ」

「パスタたくさんあるよ!」

「大丈夫、大丈夫」

 ちょっと見ないうちに、たくましく元気になったものだ。

 成長を早回しで見た気分。

 今切り出すべきなのか迷ったが、今言わないといつ言っていいのかわからない。引き延ばすのだけは、絶対避けないといけない。

 ので、言う。

「コサメ。お前の食事が終わったら、別れる準備をしよう」

「………………」

 コサメが固まる。

 3分ほどその態勢で固まった後、

「やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 絶叫した。

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