<第四章:ピリオロイド:モラトリアム・ゾンビ> 【13】


【13】


 夜明け前に目覚めた。

 時計を見ると、30分眠れたようだ。

 十分だ。

 どうせ、もう少ししたら死ぬほど眠れる。睡眠程度で体調が回復するわけでもない。

 視界の端にコサメの手あった。

 医療用テープを巻いた小さい手。

「………………」

 考えて止まっている暇はない。

 爆弾を抱え、下に降りて物資を漁る。

 丁度良いゴルフバッグを見付けたので背負って、爆弾をしまう。

 爆薬を詰めた鉄パイプ槍が4本。

 通常のパイプ爆弾が9。

 おまけで、木製の槍が3本。念のための包丁が2。

 これで変異体を倒せるのかどうか。望みは薄い。本体にたどり着けさえすれば、ワンチャンあるだろうが、あの物量差は如何ともしがたい。

 策を考える。

 頭は腐りかけ、体は死にかけ、それでもできる策を考える。

 思い出したのは過去のこと。師匠と共に倒した変異体の――――――立ち眩みに襲われた。頭を殴られたような衝撃。

 おかげで思い付いた。

 少し準備はいるが、いけると信じてやる。

 塩化ビニールのパイプを見付け、包丁でザクザクと切る。やけに切れる包丁だった。しかし、すぐ折れた。次の包丁を使う。切れるが、これもすぐ折れる。

 キッチンコーナーに行き、包丁を沢山使い潰してパイプを切り刻む。刻んだ物をガムテープと糸で加工する。割と雑で適当だが、敵に習って質より量だ。

 作り終えてから、手から出血があることに気付く。

 右の手のひらの皮が、ズルリと剥けていた。

 今更なんてことのない怪我だ。痛みもあまりない。ガムテープを巻いて誤魔化す。パイプは近くにあったゴミ袋に詰めた。

 後は、屋上に運ぶだけ。

 後は、なるようになれ。

 足を動かす。

 階段を踏み締める足は、ふわふわしていた。体温は熱いのだか寒いのだか、よくわからない。

 遅延薬を取り出し打つ。

 1本、2本、3本、4本。

 空の注射器が階段を転がる。汚染度は92%。5本目は打たないでおいた。これ以上は無駄だ。

「ぐんそー!」

 階段の踊り場にコサメがいた。

「どうした?」

「怪我しちゃった」

 コサメの短パンから覗く膝が、血を流していた。

 また刃物傷。

「手当しよう」

 ゴミ袋を捨て、コサメを抱えた。

「ごめんなさい」

「痛いのはお前だろ? 怪我して謝るな」

「………わかった」

 テントに行き、怪我を治療する。

 傷口を水で洗い、清潔な布で拭う。昨晩と同じ程度の怪我に、大きな絆創膏を張る。

『………………』

 重い沈黙が流れた。

 僕は、人の怒り方を知らない。師匠にはよくぶん殴られたけど、子供を、ましてやコサメを、同じやり方で叱ることはできない。

 できないのは、ただ単に情が薄いからだろう。結局のところ、僕は薄情なクズなのだ。

 でも、コサメに教えなくてはならない。僕みたいな人間を、自分を傷付けてまで留める意味はないのだと。

「コサメ」

「う?」

「僕の友達に会いに行こうか」

「ぐんそーの友達? で、でも、あしが痛いから動けないかもー」

「僕が担ぐさ。どこにでも運んでやる」

 有無を言わさず、コサメを抱えた。




 久々の街は、様変わりしていた。

 割れたアスファルトから草花が芽吹き、街灯にも植物の蔓が巻き付いている。薄汚れたビルの間に小動物の影を見た。

 少し遠くには野犬の群れ。僕とコサメを品定めしている。

 威嚇すると群れは散った。

 急速に、文明は動植物に侵食されていた。

 人間がいなきゃこんなもんか。ある意味、ゾンビも人間だったんだな。

 足を動かす。

 目的地はそこそこ近い。

 思った通り。体調が悪くとも、コサメを抱えて歩くのは余裕だ。

「あ、ネコちゃん」

 コサメが指した先に黒猫がいた。

 僕らにガンを付けた後、猫は逃げ出す。

「猫、好きなのか」

「すき!」

「………犬の方が良いぞ」

「イヌきらい」

「どうしてだ?」

「たべられそうになった」

「猫でいいな」

「うん」

 猫なら、少なくとも群れで人間は襲わないだろう。

 街の景色を眺めていたら、あっという間に目的地に到着した。

 よくある雑居ビルの1つ。

 先ず、屋上に行きソーラーパネルの状態を確かめる。植物に絡まれているも、接続は問題なさそうだ。

 降りて地下へ。

 扉の前に置いた重しに埃が積もっていた。侵入された形跡はない。コサメを降ろし、槍を手にする。

 重しのブロックを蹴飛ばし、扉を開ける。

 槍を構えて止まる。

 物音はない。動く気配もない。

 中に入る。

 部屋は、出た時と変わらない状態だった。

 変わらず、サメの着ぐるみは椅子に縛られてある。

 槍の石突きでサメを突く。反応はない。

 ロープの状態を確認。拘束は問題ない。

 コサメを部屋に入れた。

「あ~お魚さんだ」

「サメだ」

「おんなじ名前」

「ちょっと違うが、まあ同じか」

 コサメがサメに近付くと、

「ギャアアアアアアアアアアア!」

 サメは、この世のものとは思えない絶叫をあげた。

 椅子を揺らし暴れ狂う。ロープが着ぐるみに深く食い込むと、悪臭を伴う赤い液体が滲み滴って来た。

 コサメは、驚いて僕の背後に隠れた。

「こいつは、僕の友達だ」

「ともだち」

「長い付き合いじゃなかったが、くだらない映画を一緒に観た。ほんと、くだらない時間だった。友人になるには十分な時間だ」

 槍を構えた。

「あの時、こうしてやればよかったのにな」

 サメの頭を突く。

 頭蓋を貫く感触。風船のように、命が着ぐるみから抜ける。

「コサメ。ここで待ってろ」

 拘束を解いて、サメの死体を担いだ。

 地下室を出て、ビルの裏手に運び。火葬した。やってしまえば、何を躊躇っていたのかわからないほど簡単だ。

 コサメの元に戻る。

「ぐんそー。映画みたい」

「そうだな」

 迷うことなく、右下の棚を見た。数々あるC級映画は論外である。

 名作の中で子供でも観れるものは………まあ、スターウォーズでいいな。EP1から僕も観たい。

 ディスクをプレイヤーに入れた。リモコンを押すと、壮大なテーマ曲が流れる。

 コサメを膝に載せ、映画を観た。

 黙って観続けた。

 名作だ。

 歴史に残る映画だ。

 なのだが、コサメはあんまり集中していない。アクビをして、ソワソワ体を動かす。ポケットからお菓子を取り出し食べ出した。

 1時間経過した辺りで、軽く居眠りを始める。

 もしかして、お気に召さない?

 子供には難しかったか?

 軽く眠った後、コサメは目覚めて終盤のアクションシーンだけはしっかりと観ていた。

 んで、エンドロール。

「どうだった?」

「おもしろかった!」

 返事だけは良い。

 続けてEP2を観る。

 コサメは足をパタパタと動かし、画面よりも部屋を見ていた。ついには立ち上がり、棚のDVDを手に取り眺める。

 完全に飽きちゃったようだ。

「観たいやつ選んでいいぞ」

「やった!」

 そこにあるの全部クソ映画だけどな。

 僕は、映画よりも映画を選ぶコサメを見た。そっちの方が面白く感じた。

 手と足の怪我が目に入る。

 30分くらい考えて、言葉を吐いた。

「コサメ。僕も、さっきの奴みたいになる。今日は大丈夫かもしれないが、明日か、明後日か、近い内に必ず」

「………ならないもん」

「なるんだ。辛いが、どうしようもない。世の中そういうどうしようもないことばっかりだ」

「………………」

 コサメが停止した。

「僕は、ああなってお前を殺したくないし、お前に殺されたくもない。だから、別れるべきだ。僕が僕である間に。………頼むよ、頼む」

 コルバを見た。

 汚染度は95%。

 映画は、いつの間にか終わっていた。

 長い沈黙の後、コサメが喋り出す。

「でも、でも、怪我したら」

「時間がない」

 このままだと、堂々巡りだ。

 納得させないと、その場しのぎでとぼけられる。

 寝ていた三ヶ月があれば、こんな土壇場で焦らずにすんだものを。

「ママは」

「ん?」

 コサメは眼帯を外した。

「目を怪我したときだけ、やさしかったんだ」

 眼帯の下には、虚ろな眼球があった。

「ぐんそーは、怪我しなくてもやさしかったから、怪我したらもっとやさしいかなって」

「………………」

 駄目だ。

 折れた。

 別れられない。

 神様頼む。贅沢は言わない、1年、1ヶ月、10日でもいい。僕に時間をくれ。こんな状態で別れるなんてあんまりだろ。今まで無駄にあった時間は何だったんだよ。何で今になって、今になって生きるのを惜しがらせる。


『時間切れだ』


 師匠の声がした。

 ゾワッとした悪寒に襲われる。

 直感的に理解した。

 変異体が、近くに来ている。

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