<第四章:ピリオロイド:モラトリアム・ゾンビ> 【06】


【06】


 時間が過ぎる。


 ここ最近、毎日が忙しくて目が回る。

 おかげで時間の感覚が曖昧だ。

 コサメと一緒に暮らすようになって一ヶ月? いや一季節か? 1年は過ぎていないだろう。気付くと日々の寒さは和らぎ、過ごしやすい気候になっていた。

 僕の怪我や体調は依然悪いまま、脇腹の傷は完全に塞がるも、気温の変化や体力の消耗で酷く痛みだす。

 この傷が原因なのか、持久力もかなり減った。

 1日動けるのは4、5時間程度。激しい運動をすれば、2時間くらいで倒れて死んだように眠る。

 代わりに力が上がった。

 それはもう、物凄く上がった。

 タブレットの奴が言うには、他のゾンビと同じように肉体のリミッターが外れた状態だとか。

 とはいえ、肉体の強度は据え置き。

 この間なんか、転びそうになって部屋の壁に手を付いたら、小指の爪が剥がれてしまった。

 下手な動きをしたら、自分の骨を折るだろう。

 自分を、脆い生き物と思って日々を生きることにしている。人間の首を簡単に折れる化け物が、脆いとは変な話だけど。

 現在の汚染度は、【67%】。

 最低値でこれ。

 後どのくらい生きれるのか? 考えないでおこう。

 実際、考える暇はない。

 毎日毎日、コサメの面倒を見ていた。それだけで1日が終わる。むしろ足りない。

 最近のコサメは、体力が付いてきた。

 健康状態も良く、食事の量も増えた。

 活発になってきたし、少しだけ自主的に動くようにもなった。


「ソロモン・グランディ」

「そも」

「月曜日に生まれた」

「まれた」

「火曜日に洗礼を受けた」

「けた」

「水曜日に嫁をもらい」

「もらい」

「木曜日に病気になった」

「なんで?」

「たぶん、不摂生だろ」

「ふ、ふせ?」

「ご飯を食べなかった。お前も食べないと病気になるぞ」

「わかった!」

「金曜日に病気が悪くなり」

「なんで?」

「何でだろうな」

「なんでだろう~」

「土曜日に死んだ」

「うん」

「“うん”じゃなくて、僕が言ったことを繰り返す」

「かえす」

「日曜日には埋められて」

「られて」

「ソロモン・グランディは、一巻の終わり」

「おわり」

「よくできました」

「ました」


 コサメを膝に乗せ、毎日本を読み聞かせ、音読させて少しずつ言葉を話させている。

 アホな僕が言うのもなんだが、コサメは賢い。

 上手く喋れないのは、単純に喋る経験がなかっただけ。このままいけば、すぐ普通に話せるようになる。

「よし次は、かくれんぼするぞ」

 コサメを抱えて膝から除ける。

「ないです」

「駄目だ」

「やだなぁ~」

「嫌なことでもやらなきゃ駄目だ。人生なんてそんなもん」

「うー」

「隠れるのをやりたいか? 探すのをやりたいか?」

「………かくれるの」

「数えるぞ」

 着ぐるみ頭の目を手で覆う。

「10、9、8――――――」

 数え始めると、コサメの小さい足音が室内を回る。

 この狭いアパートの一室で隠れる場所は少ない。これは隠れる練習ではなく、コサメの分離不安症を治す一環だ。

 これだけは、中々治る様子がない。

 1回コサメが熟睡してる時に、外の様子を見に行ったことがある。

 悲鳴のような泣き声が響き、急いで部屋に戻るとコサメがギャン泣きしていた。寝ていても僕が離れると察知できるようだ。

 泣き止ますことはすぐできた。しかし、三日間。コサメは、妖怪のように背中に張り付いて離れなかった。

 タブレットの奴も、現状どうすることもできないと言っている。

 とはいえ、子供の成長は早い。

 今日は無理でも、明日にはできるかも。明日が無理でも次の日がある。

 急いではいない。

 でもどうか、僕がゾンビになる前に成長してくれ。僕みたいな奴はゴミ同然だって気付いてくれ。この街の外になら、まともな大人はいる。

「――――――3、2、1」

 コサメを探す。

 ベッドは膨らんでいない。

 バックパックにはいない。

 ならば段ボールの中………あれ? いない。

 台所にいって戸棚を開ける。いない。

 トイレ、風呂場にもいない。

 玄関を開けて、周囲を見る。いない。

「ん?」

 全部探した。

 ちょっと焦る。

 もう一度、ベッド、バックパック、段ボール、台所、トイレ、風呂場を探す。

 いない。

 まさか、外には行ってないよな? よく考えたら、玄関が開く音はしなかった。

「え?」

 心拍数が上がる。

 人間が、忽然と消えることなんてあるのか?

 落ち着け。

 こういう時に焦って動くとロクなことにならない。

 探していない場所があるはずだ。

 見逃した場所がどこかに………………どこに?

 思い出したように、使ってない冷蔵庫を開ける。いない。そも、コサメが入れるスペースがない。

「あ」

 盲点。

 ベッドの下を覗く。

「見付けた」

「みつかっちゃった」

 コサメが出て来た。

 なんてことはない。ただの見逃し。鈍ったな、僕も。

 それはそうと、これは“待てた”ことに入るのか?

 もっと広い場所でやるべきなんだと思う。こんなアパートの中じゃやれることは少ないし、引っ越しを考えてもよい。

 安全な広い場所。

「ぐんそー?」

「ん?」

「えとね。なんでもない」

「そうか」

 コサメは、トランプを取り出して1人神経衰弱をやりだす。

 床に放置したタブレットを拾い。新しくできた呼び出しボタンをタッチした。

『………何でしょうか? 遅い昼食を食べるところなんですが』

「何食べるんだ?」

『カレーラーメンライス』

 コメントに困るメニューだ。

「聞きたいことがある。そっちはどうなっている?」

『毎日毎日、飽きもせず無駄な協議をしています』

「進展はなしか?」

『そうでもないですね。現地に侵入したOD社の社員と、合流するように言われています。強制ではないですし、私の方で止めた命令ですけど――――――ほら、あなたアレな性格ですし』

「アレな性格なのは認める」

『話は終わりですか? ラーメンが伸びてしまうのですが』

 伸びても食えるだろ。

「引っ越しを考えている。安全な場所はないか?」

『こんなアパートよりもまともな場所はあります。話を戻して、社員と合流する件です。やりますか? あなた、絶対他人と合わないタイプの人間ですよね』

「僕は、絶対他人と合わないタイプだ。………………しかし、我慢すれば付き合えなくはない。付き合った連中は、大体死んでるけど」

『駄目でしょうが』

「駄目だな」

 諦めるべきか。

 そうなのか?

『コサメさんの影響であなたも成長したみたいですね』

「は?」

 なんか棘のある言葉だな。

『関わろうとする努力だけは認めます。合流できるように手を回しましょう。ただし、駄目そうならどうします?』

「コサメを抱えて逃げる」

『よろしいです』

 タブレットに地図が表示された。

 知っている場所だ。

『ここは、あなた方が“砦”と呼んでいる場所です。そこのリーダーが我が社の社員です』

「知ってるよ」

 ちょっと前に聞いた。

 関わろうとすると、世間というものは狭くなる。

 誰の言葉だっけ?

『話が早いですね』

「そいつぶっ殺したいって言ったら駄目か?」

『駄目なのはあなたですね』

 正論で殴られた。

「わかった。なんとか………………なんとか、が、我慢する?」

 一生懸命に。

『一体、どんな因縁が?』

「あいつの態度と立場と姿と声が気に食わない」

『そこまで嫌えるのは才能ですね』

「褒めるなよ」

 ちょっと嬉しいじゃないか。

『………ハァ。で?』

 考える。

 考え込む。

 自分としては、“砦”と関わるのは嫌だ。リーダーの奴には耐えられない。そもそも、“砦”での集団生活が無理。

 無理とわかっているけれども――――――

「教えてくれ。こんな環境で良いと思うか?」

『何がですか?』

「コサメに決まっているだろ」

『正直、何とも言えません。コサメさんは、かなり良い状態になっています。あなたが助けになったのは確かですが、他の人だったらもっと上手くやった可能性も捨てて置けない。この環境だから今の状態に回復した、成長した。逆に考えたら、この環境だからこの程度しか回復成長しなかった――――――とも、考えられますね』

「つまり、なんだ?」

 よくわからん。

『“砦”で、コサメさんがもっと成長できるなら、連れて行くべきです』

「いやだから、それを聞いているんだよ」

 進まない会話だ。

 僕が悪いから、こんな感じになっているのか?

『いやだから、自分で考えろって言っているんです』

「最初からそう言えよ」

『ラーメン伸びるって言っているでしょうが!』

 そんな怒るなよ。

『一晩よく考えてください! あなたが決めるのですよ! このまま1人で保護するか、他人を頼るか! はっきりしないなぁもう! ああ、伸びてる!』

 音声が切れた。

 考えろって言われてもな。

 考えなくても答えはわかっているだろ。

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