<第四章:ピリオロイド:モラトリアム・ゾンビ> 【04】


【04】


 過酷な日々が始まった。


 朝6時に起こされ、コサメに飯をやり、遊びに付き合わされる。

 今回の遊びは、目隠しして片足で立つ遊びだ。

 バランス感覚と体幹を鍛えるのに良いらしい。

 タブレットの奴に、褒めろと言われた。下手な演技で褒める。コサメは、褒められるということがよくわかっていない様子。

 彼女は体力がなく、ちょっとした運動をするだけで顔が赤くなり息が切れる。無理をさせず、休ませながら体を動かせた。

 遊びが終わったら歯を磨いてやり、1人遊び用にトランプを渡す。

 で、僕は寝る。

 そして、一瞬のように4時間が過ぎ起こされる。

 食事させ、次の遊び。

 神経衰弱だ。

 コサメは、記憶力がかなり良く僕は一回も勝てなかった。

 タブレットの奴が童話を流し、僕は寝る。

 更に4時間後、遅めの昼飯をコサメと一緒にとる。

 その後は、また遊ぶ。

 紙コップを沢山用意し、それをピラミッドのようなツリーに積み上げるのだ。

 コサメは、これが苦手だった。

 コップを1つでも落としたら、命の危機かと信じている緊張感で積み上げている。当然、物凄く遅い。変に力んで息切れまで起こす。

 無理させないで、ババ抜きに切り替えた。

 昼寝は一緒にした。

 せっかくシーツを換えたベッドだが、コサメは使わない。気付くと、バックパックの中か、空いた段ボールか、僕の脚に抱き着いて寝ている。

 狭い所が好きなのだろう。

 今日は、床で寝ている僕の隣にきた。

 腕枕してやり、毛布をかける。

 コサメはすぐ寝たが、僕は眠れない。他人が近いと眠れないのだ。

 眠れない。ほんと眠れない。

 目を瞑ったら、2時間近く経過していた。

 コサメを起こし、軽い運動を始める。

 小走りで居間とキッチンの往復。

 腕立て伏せ、は1回もできないので姿勢だけ。

 僕の腕でぶら下がり。

 ベッドからジャンプしたコサメを僕が受け止める。

 等々。

 運動後に少し休んで飯。

 1日最後の食事は多めにする。

『できるなら、こういう携帯食ではなく温かいシチューや鍋、野菜を沢山入れたお味噌汁をですね。お粥でも可です』

 タブレットの奴は、常にブツブツとうるさい。

 ない物はない。

 贅沢いえるような環境でもない。

 子供には過酷な環境だ。

 コサメと同じ年齢の子供は見たことがない。末路は知りたくもない。

 だというのに、日に日にコサメの髪や肌艶は良くなり、頬もふっくらモチモチになりつつある。手足にあった生傷も、幾つかは完全に消えていた。

 子供の回復力は高い。

 この調子なら、こんな場所のこんな生活でも、健康体になるかもしれない。

 まあ、最も大事なのは睡眠。

 日暮れと同時に眠り、夜明けとともに目覚めた。僕も子供のように寝付きだけは良かった。


 そんなこんなで、8日後。


 朝食を終え、段ボールの中身を見る。

「なくなった」

『ですね』

 コサメ用の食料がなくなった。

 僕の食料で多少は誤魔化していたが、それでも尽きた。

『追加を送ります。“安全”な場所に移動してください』

「ちょっと待て」

 風呂場に移動し、服を脱いで包帯を解く。

 コサメと違い、僕の傷の治りは遅い。脇腹の縫い傷は閉じてはいる。熱も化膿もやや治まって、痛みも動かなければない。

 だが、完治には程遠い。

 このまま治らない気すらある。

「逆に、動いたら治るか?」

 そんなわけないが、そう考えなければ動けたもんじゃない。

「どうすりゃいいんでしょうかねぇ。師匠?」

 石鹸を師匠に見立てて聞く。

 当然、返事はない。

 師匠が師匠たる溶接マスクはここにはない。

「あれ?」

 そういえば、どこにやった?

 コサメの面倒を見るのが大変過ぎて、さっぱり忘れていた。思えば、長く師匠の声を聞いていない。

 深呼吸だ。

 師匠がいなくても何とかしないと。いい加減、親離れしよう。ガキじゃガキの面倒を見られない。

 汚れた包帯を巻き直す。

 もう一度、深呼吸。

「動け動け、動ける動け」

 鏡の中にいる。変な着ぐるみのウサギに命じた。

 いけなくてもいける。

 風呂場を出るとコサメがいた。

 抱えて、ベッドの上に置く。

 段ボールを漁り、コサメと同じミリタリージャケットに袖を通した。まだ肌寒いし、師匠のコートに比べたら生地も頑丈じゃない。防御面が不安だ。不満を言っても誰も何もしてくれないが。

 ベッドの下から槍を手にする。

「行くぞ」

『どこへ?』

「ちょっと考える」

『考えてから、行くと言ってくれませんかね』

「………………」

“砦”は論外だ。

 ガキを連れて行く場所じゃない。変異体と女の件もある。というか忘れたい。リーダーの野郎が、いつもの態度であれこれ言ってきたら、槍で刺し殺すと思う。

 家の近くは駄目。

 駄目だが、近くじゃないと体力的に無理。

「コサメを家に置いていくことはでき――――――」

『ないです』

 だよな。

 相変わらず、僕が視界から消えただけで探し回る。見つからないと泣き叫ぶ。

『私だって、感染のリスクは負わせたくありません』

「知ってる」

 バックパックを指すと、コサメが中に入った。それを背負う。

 力を入れると、脇腹が鈍く痛い。

 こりゃ、戦ったら傷口が開くな。

「行くぞ」

『ですから、どこに?』

「よくない場所だ」

 タブレットを腰に下げ、師匠を探すが見付からない。

 時間もないので諦めて家を出た。



 家を出て、少し遠くのマンションに行く。

 5階建ての元ゾンビマンション。前と変わらず焦げてるマンションだ。

『火事が起こったので?』

「僕と師匠で火を点けた」

『………はぁ?』

「マンションの住民全てが、ゾンビになっていた。ここ周辺の感染原因は、大体このマンションの住民だ。コロニー? 菌床? 蜂の巣みたいなもんだ」

『それにしても、建物ごと焼き払うなんて。燃え移ったら街ごと焼けますよ』

「焼けてないから問題ない」

『そうですか………』

 警戒しながらマンションに侵入した。

 階段を上がるの辛い。一段、一段、ゆっくりと上る。

 息切れしながら屋上に到着。

 床に座って小休憩だ。

 怪我もそうだが、体が鈍り切っている。

『そのマスク外しては? 日除けにしても、上手く呼吸ができないでしょうに』

「このマスクが入っていた箱には、こんな注意書きがあった。『お子様の前では絶対に脱がないでください』だ」

『ぶっ、ふっふっ、あはははははは! 何それ面白い!』

「は?」

 え? なに笑ってるんだ。

『………って、え? ボケじゃない? 天然? 嘘、あなた真面目なんですね』

「さっさと荷物を送れ」

『送っています。食料と遅延薬、バックパック用の工作キットも』

「デカイ銃も頼む」

『扱えるので?』

「冗談だ」

『あ、はい』

 これは受けないのか。

 わからん。

『ところで、ここが何故よくない場所なのですか?』

「屋上の出入口が1つしかない。ゾンビを処理した場所って、知ってる奴は知っている。後、僕はここで人を殺している。犯行現場に二度も訪れるのは、アホな犯罪者のやることだ」

『あなたの善悪感情についてはスルーして、理解できないことが別に1つ。他の方々ですが、人間を襲うよりも、ゾンビを処理してポイントを得た方が楽ではないでしょうか?』

「そこはまあ――――――」

 ゾンビを殺すよりも、人間の方が楽。

 でもない。

 師匠の言葉を思い出す。

「僕は、身内がゾンビになっていない。なった連中は、どうしても他のゾンビに身内の顔がチラつくそうだ。それで苦手意識が付き、不得意なことを挑戦できないまま何とか生き延び、ゾンビよりも、人間狩る方が楽って連中が出来上がる」

『で、あなたは?』

「僕は、バランスタイプだ。好き嫌いするなって師匠から教わった」

『想像したくない教育ですね』

 ドローンが見えて来た。

 バックパックを降ろす。

「コサメ出てこい」

「う」

 バックパックからコサメを出し、屋上の隅に座らせた。

「ここで待機だ。僕はそこにいるから、ちょっと姿が見えなくなっても声は上げるな。オーケー?」

「う、うん」

 頷いた。

 コサメに指した場所に僕は移動する。

 出入口のある屋上の突き出した部分。地面を蹴ったら、その屋根に上れた。

「は?」

 今、おかしかったな。

 体は鈍っているはずなのに、冗談のように高く跳べた。

 驚いたのはつかぬ間、心臓と脇腹が同時に痛みを上げる。激しく乱れる呼吸を、静かに飲み込む。

 階段を上る音がした。

 数が………………わからない。自分の心臓の音がうるさくて、正確な足音がわからない。

 コンディションは最悪。普段なら逃げ出す状態。師匠がいたら『だから言っただろ?』と言われそう。

「はぁ」

 1人だった頃が懐かしい。ここ最近、誰かとつるんでばかりいる。

 槍を握る手に力を入れた。

 心なしか、1人の時よりも力強い。

 ドローンが到着して物資を落とす。

 出入口の扉が開く。

 ガスマスクをした男が出て来た。全く警戒をしていない雑な動きに、怪しさを感じる。

 男は1人だ。

 他に気配はない。

 なら、迷わず先手。

「グぇ!」

 飛び降り、男を地面に倒して背中に尻を降ろす。

 短く持った槍を振り上げる。

「待て!」

 甲高い女の声がした。

 別の場所、屋上の端から。

 失念していた。

 どうやったのか知らないが、階段を使わないでマンションの壁を登って来たのだろう。

「動いたら殺すぞ!」

 女が、コサメの首に包丁を突き付けて叫ぶ。

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