<第三章:辺獄にて> 【08】
【08】
翌日早朝、作った武器を再確認する。
爆薬を詰めた鉄パイプ槍が4本。
いつもの癖で作った木製の槍が2本。
新品のバールが1本。
それと、女が両脇に抱えた圧力鍋。
「圧力鍋?」
「なに? 文句あるの?」
「中にホットケーキ入ってるのか?」
「そんなわけないでしょ。秘密兵器よ、秘密兵器」
「どんな?」
「秘密兵器だから秘密」
「あ、はい」
下手に乗ると関係のない話になるので、適当にあしらう。
「知りたい?」
「いやいい」
ほらきた。
「いいってのは、知りたいっていいだよね! 良いってことは!」
「うるさい黙れ」
「やだなぁ、遠回しに言わなくても教えてあげるってば」
「さっさと行くぞ」
「拠点にレシピ隠してあるから、後で探してね!」
「はいはいはいはいはい」
あ~めんどくさ。
武器をバックパックに入れる。
「ウサギさんて、そのリュックに武器沢山入れると弁慶みたいだね。さしずめアタシは義経?」
「お前のような、トロい巨乳の義経がいてたまるか」
「新しい!」
「いや、絶対誰かがやってる」
「大丈夫。そいつもゾンビなってるから」
「この街にいるとは限らないだろ」
「アタシら人権ないわけだし、オリジナリティ主張していいはず」
「行くぞ」
この調子だと陽が暮れる。
雑居ビルを後にした。
僕の背中に向かって、女が話しかけているが無視。これから変異体を殺しに行くのに、緊張感がないもんだ。
だったら、今から逃げればいいだろ。
と、師匠の声が聞こえた。
それはそう。
メモを見れば爆薬は作れる。女は放置すりゃいい。変異体も知ったことじゃない。羽化して飛びたきゃ飛べ。僕には関係ない。
「………………」
「え? 何か?」
振り返って女に言う。
「いや、爆弾の作り方覚えたし、戦わないで逃げてもいいなと」
「良くないでしょ。アタシ、地の果てまで追いかけるよ」
「僕を?」
「それはもう、うん。ゾンビになって追いかける」
脅しに聞こえない。
そういえば、こういうヤバイ女だった。
「仕方ない。変異体倒すか」
この女の方がアレより厄介な気もするし。
「そこで“お前を殺す”って、ならないのはウサギさんの良い所だね」
「その手があった」
「マジで思い付かなかっただけ?」
「まぁ、あれこれ考えを変えるのも面倒だ。さっさと変異体を倒すぞ」
「して、その後は?」
「さっぱり別れて二度と会わない。以上だ」
「ドライ!」
「チンコが欲しけりゃ他所を当たれ。僕は知らん」
「誰もセックスの話してないんですけど、急に何?」
「そういう話じゃないのか?」
「ないですが? 期待してた?」
「全くしていない。興味もない」
「あ、はい」
やっと女が黙る。
変異体が見えて来た。
また形が変わっている。
繭というか、外皮というか、それが白濁として溶け始めている。
「うわぁ、アレみたい」
「黙れ」
「バニラアイスって言おうと思ったんですけど? 下ネタだと思った?」
無視。
鉄パイプ槍を手にした。
たぶん、30メートルくらいは投擲できる。
今の彼我の距離は40メートル。黙った女と共に、更に10メートル近付く。
念のため、もう少し詰めてから投げるか?
「はい待った」
女は、抱えてた圧力鍋を降ろす。
火薬やら鉄片が入った鍋を開け、細工したキッチンタイマーを入れて閉じる。
「よし、行けっ!」
女は、圧力鍋を転がす。
ボーリングの球のように、圧力鍋は変異体の繭に近付き。やや横に逸れて廃車にぶつかり止まる。
「え………………なんだ?」
「ありゃ失敗。やっぱ、タイマーは難しいなぁ。今から有線に切り替えて作り直してもいい?」
「だから、アレなんだ?」
なんかやる前に説明しろよ。
僕が言うのもなんだが。
「パイプランスだけじゃ不安だから、強力な爆弾作った。それはもう大ボカンよ」
「不発みたいだが」
「だから、タイマーは難しいんだって。ケータイ使えれば手っ取り早いんだけど、電波遮断されてるし。威力下がるけど有線に切り替え――――――」
爆発が起こった。
パイプ爆弾とは比べ物にならない衝撃と音。ウサギのマスク越しでも鼓膜に響く。
上空に風鳴り。
咄嗟に女を抱えて跳ぶ。
今しがた立っていた場所に、半分になった廃車が突き刺さった。
抱えた女をポイ捨てして言った。
「おい!」
「はいはい、苦情は受け付けます」
「最初からこれで行けよ。鉄パイプ槍とかいらんだろ」
「だって聞かないから」
「言えよ!」
「聞いてよ!」
「それはそうだな!」
「アタシたち気が合わないよね! これ終わったら別れましょ!」
「だから、そう言ってるだろうが!」
女に脛を蹴られる。
僕は女の頭頂部に拳を落とした。
「女に暴力を!?」
「女が暴力振るうな」
「それを差別と言うのです」
「僕、今帰るぞ?」
「………………すいませんでした。アタシはメス豚です。考えを改めます」
「極端な」
こんなやりとり、100年分くらいやった気がする。
繭を見た。
3分の1程度吹っ飛んでいたが、中身が見えない。ダメージが通っているかも不明。
木製の槍を手にする。
切っ先を空に向け、片足で助走して投擲した。
「お~飛ぶぅ~」
女は声を上げ、槍を目で追う。
適当に投げた槍だが、ドンピシャで繭に突き刺さるコースをとる。
だがまあ、
「わかってはいた」
槍は止められた。
受け止められた。
繭の中から出て来た“手”の1つに。
繭が咲く。
大輪の花に見えるのは、全て青白く長い手だ。
「触手から手か。しかも、何人分だ?」
「アタシ、集合体恐怖症なんだけど」
「少しは別の意味で恐れろよ」
大量の腕は槍に群がり、しつこいほど何度もへし折る。あれに捕まった時のことは考えたくない。
「根本が、1つだけだと思いたいわよねぇ」
「思いたいなぁ」
「あ~アタシ嫌な想像しちゃった」
「言うな」
「と言われると言いたくなる。カマキリの卵ってうじゃうじゃ出て来るよね? 今まで1個体だったのは、卵を守るための進化だったとか? どうよこれ」
「鍋にタイマーセットしろ」
「どうも思わない?」
「思っても仕方ないと思った。だから、持てる火力を全投入する」
女は、手早くキッチンタイマーを鍋に入れた。
「念を押すけど、起爆するかどうかは不安だからね。後、じゅうびょぉぉぉぉぉぉ!」
圧力鍋を奪って走り出す。
静かに、だが速く。
8、7、6、5、4と数え、鍋を振り上げた。彼我の距離は15メートル。できるだけ高く鍋を空に投げた。
鉄パイプ槍をバックパックから全部降ろした。いや、1本だけ引っ掛かり3本を地面に転がす。ジッポライターを取り出す。槍の石突きにある導火線に着火してゆく。全てに火を点け――――――視界の端に、波打つ無数の手が見えた。
手は鍋を掴まず、近くの廃車から引き千切ったドアで防御する。
また予想が外れた。
しかし、まだ修正できる範囲。
鍋が爆発。
凄まじい衝撃と音に立ち眩む。爆発の威力は、ドアを容易く貫通して繭のほとんどを吹き飛ばし、中身が晒される。
困惑した。
繭の中身は、少し散った大輪のように腕があり、中心は透明で、ただ透明で、何もないように見える。
視覚的に捉えられないだけ? 中身がないとか、どういうことだ?
短くなる導火線の音。
槍を足で拾う。
1本目を投げる。残った腕に受け止められる。2本目を投げる。それも受け止められる。3本目、奥歯を噛み締め、渾身を持って投げ放つ。
体のリミッターが外れた気がした。
背骨と肩骨が鳴る、指先に血が流れる、手の皮が剥けた。
鉄パイプ槍は、変異体の手を貫通し、何もない中心に突き刺さった。
導火線の火花が短くなり見えなくなる。
屈む。
爆発。
圧力鍋よりも音は激しくない。代わりに、金属の不協和音が聞こえる。
顔を上げると、変異体は、ぐちゃぐちゃになっていた。
槍にした鉄パイプが、裂けた状態で近くに転がっている。
爆薬の量が足りなかったのか、僕の作り方が駄目だったのか、爆発自体の威力はかなり落ちていたようだが、その中途半端な威力が、逆に変異体をかき混ぜたようだ。
花のようにあった手もほとんど散り、何もなかったかのように見えた中心は、透明な液体を大量にこぼして萎んでいる。
「お~い。ウサギさ~ん! やった~? 近くいっていい! 行くよ! 許可は求めてない~!」
女が駆けよって来る。
相変わらず遅い。
念のため、僕は最後の鉄パイプ槍を取り出す。火を点けようとするも、ジッポライターを無くした。
「意外とちょろかったよね。やっぱ、タイミングが良かったのかな。千載一遇の大ヒットってやつだった。うんうん、アタシたちってやっぱ持ってる。この場合、幸運なのはアタシなのかな、ウサギさんなのかな」
100円ライターで火を点けようとするも、ガス切れか中々火が点かない。
妙な焦りを覚えた。
「おい、火貸せ」
「いや、アタシ煙草は吸わないんで」
「冗談はいい! 早く止めを!」
「いやいや、どう見ても死んでますよ。ウサギさん落ち着いて。むしろ、1本くらい残しておいた方が急な敵に対して………はれ? え、呼んだ?」
「何がだ?」
「ウサギさんの声が聞こえたんだけど、幻聴? 爆弾で耳やられちゃったかも~」
「こんな時に止めろ。それじゃまるで、僕が死んだみたいだろ」
「ウサギさんは実は死んでて、今の姿は幽霊ってやつ? 超面白いね。それ」
「何も面白くない。いいから火を貸せッ」
変異体に背を向け、無理やり女の荷物を漁ろうとする。
狐の仮面越しだが、動く視線が見えた。
ああ本当に、師匠の言う通り。
女に関わるとろくなことがない。
咄嗟に振り返ると、目の前に青白い腕。変異体の残骸から、4本腕が伸びていた。
回避は間に合わない。
理解できないことが起きる。
女が僕の体を掴み、体を入れ替えた。青白い手が女の四肢を掴む。抱き着く形で僕も掴む。2人して変異体に引き寄せられ、変異体の残骸に突っ込んだ。
生臭い沼に沈むような感覚。
濃い血の匂いだ。透明な体液に見えたが、匂いは血そのもの。
「馬鹿野郎!」
女を引っ張る。
だが、変異体の腕が女を掴んで離れない。2人して溺れるように体液に沈みかける。
「がばっ! 痛い痛い! 手足がもげる!」
「我慢しろ!」
この際、脱臼や骨折は我慢してもらう。急がないと。他の腕や、繭が再生を始めているのだ。まるで、時間を戻しているかのように。このままだと閉じ込められる。
「こんな時になんだけど、変異体が何しようとしているか分かっちゃった」
「後にしろって!」
「いいから聞いて! こいつら、アタシたち取り込んで人間に戻ろうとしている。面白いよね。散々、変な生き物に変化しておいてそれって。やっぱ人間て。しかも、あんまゾンビと変わらないアタシらを取り込もうとするとか」
「何もッ面白くはない!」
変異体の体液で手が滑って転ぶ。
「はいこれ」
女は、何とか片手だけ上げる。その手にはライターがあった。
「風の強い日でも使えるターボライターよ。たぶん、濡れてても使える」
「今じゃねぇ!」
今は無理だろ。
最後の槍は傍にある。偶然にも落とさず巻き込まれた。だからといって、今使えば2人供死ぬだけだ。
「や~ね。ウサギさんは逃げろってば」
「はぁ!?」
「はぁ? はないでしょ。これ倒したら別れるつもりだったのに」
「別れると死ぬは違うだろ! しかも目の前で!」
女のライターを持ってない手を掴む。体液で滑る。女の体が半ば沈んでいる。空が暗くなってきた。繭は、もうすぐ完全に閉じるだろう。
「アタシ、じわじわとこれに殺されるの嫌なんで、ウサギさん殺してくれない?」
「馬鹿を言うな!」
『馬鹿はお前だ』
師匠の声が、いつになく近くに聞こえた。
ブツンと脳の配線が切れる感触。
感情に空白が生まれた。
自分を俯瞰で見るような感覚。自動的に体が動く。槍を振り上げると、女は少し笑って言った。
「なんか、ごめんね」
心臓を突き刺す。
奪ったライターで石突きの導火線に火を点け、閉じかけの繭から僕は飛び出した。
着地は失敗、滑ってこけて頭を打つ。
「なんだよ、これ」
僕は今、なんで動けた?
『生きようと動いた。ただ、それだけだ。他に意味なんてねぇよ』
「………師匠。あんた、僕の妄想なんだよな?」
『そうだ。それ以上の意味なんてねぇよ』
「なら」
『おい、逃げないと巻き込まれるぞ』
衝撃と共に、変異体の繭が破裂した。
僕は面白いように吹っ飛び、ビルの壁に激しく打ち付けられる。
『少し休め。だが、夜が来る前に歩き出せよ。いつも通り、いつも通りにな』
師匠の声が、気味の悪いものに聞こえた。
腹に激痛が走る。
『ああでも、流石のお前も死ぬかもな』
脇腹に、長い金属片が突き刺さっていた。
鉄パイプの一部だ。
これで、幸運が誰のせいなのか理解できた。
だくだくと血が流れ始める。そんな痛みよりも、女を突き殺した感触の方が痛い。震えて、死ぬほど痛かった。
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