<第三章:辺獄にて> 【07】
【07】
殺せ。
心の中の師匠が囁く。
こいつはアレだ。
虫を殺す感じで人間を殺すクズだ。貧弱な体も、世界がこうなる前からだろ。その卑屈さで倫理観が育っていない。お前と同じベクトルだが、爆弾持ってるから質が悪い。やだねぇ、暴れたきゃ筋トレから始めろよ。
はいはい、動きますよ。
「え? 大胆」
僕は女に抱き着く。
「って、え?」
そのまま首に腕を回して、小脇に抱えた。
「ぎゅえ! ギブギブギブギブ!」
締め上げる。
睡眠のおかげで、左腕は少し動くようになっていた。
「きゅ」
コロっと落とす。
気絶した女を肩に担う。
『よし、ここから落とせ』
「………………」
そうするのが一番だよな。
『俺の言ったこと忘れたか?』
「“女とガキに関わるな”でしょ? 覚えていますって」
屋上の柵から下を見る。
爆弾により、所々アスファルトに穴が開いていた。ゾンビの数は思いの外少ない。それでも、50近くはいる。
この高さなら、まあ即死だろう。
当初の目的通り。
「はぁ」
『何やってんだ。お前』
「さぁ」
女を抱えて2階に降りた。
ロープで手足を縛り、床に転がす。バインと無駄にデカイ胸が弾む。
「どうしましょうかね?」
『だから、殺せって』
「殺意がない相手はどうにも」
『ゾンビに殺意があるか?』
「あるでしょあれは」
『違う。あいつらは、ウィルスと同じように増殖するために動いている。そこに人間の持っていた感情はない。あるように見えるのは、お前がそう思い込みたいだけだ』
「いや、そう思ったことないですが」
『なら、この女も同じだろ。直接手を下すのが嫌なら、拘束したままここに捨てておけ。一晩考えろ』
「はいはい、考えます」
師匠がいつになく説教臭い。
外のゾンビ共がギャーギャーと猿みたいに騒いでいる。拾っておいたパイプ爆弾に火を点け、窓を開けて遠投した。
少し遠くで爆発音。
騒音が雨音程度に治まる。
横になると、疲れているのですぐ眠れた。
朝だ。
くぐもった声で目覚める。
女が、しゃくとり虫みたいに悶えていた。
大事な夢を見た、気がした。でも、全部忘れた。
「いやぁぁぁぁ! 独創的な方法で犯されるぅぅぅぅ! 助けてー! 誰か男の人ー!」
「ゾンビでいいなら連れて来てやろうか?」
「あいつらって、チンコ立つの?」
「立たねぇだろ」
噛むことが繁殖方法なのだ。チンコは役に立たない。
「じゃあ、なんで縛るの!?」
「むしろ、なんで縛られないと思った?」
数少ない人の拠点を爆破しようとか言い出す、狂人の癖に。
「あれはね。夜景が綺麗で爆弾の振動がお腹に響いたから、ついうっかり本音が漏れただけ」
「そうか。本音なら仕方ない」
バックパックから、折りたたみノコギリを取り出す。
「解体する道具!? しかも、痛いやつ!」
「落ち着け、殺す気はねぇよ。お前が殺りにこない限りな」
「え~でもでも、“砦”の連中ぶっ殺したの君だよね? そう噂されてたけど」
「噂なだけ」
「火のない所に煙は立たぬってやつぅ~」
「今殺してない時点で、噂止まりが証明された」
「それはそうかも」
ノコギリで女のロープを切る。
「だがまあ、次爆弾を適当に使ったら殺す。そこ忘れるな」
ノコギリの柄で女の狐の仮面を小突いた。
大して痛くもないだろうに、女はオーバーリアクションで仮面を両手で覆う。そして、チラッと指の間から僕を見てきた。
「私と“砦”を爆破する話は?」
「聞かなかったことにしてやる」
「正直な話。ミリもマクロも、あそこを吹っ飛ばしたい気持ちない? 特にリーダーの奴。あいつマ~ジでムカつくよね。せめて、あいつだけでも爆殺しない?」
「………しない」
「あ、迷った。絶対迷ったよね! よしやろう!」
「やるなら自分の手でやる。お前の手は借りねぇよ」
「そっちかーい。そか、あいつが殺されるなら別にいいけど」
「何が気に食わないんだ?」
僕が言うのもなんだけど。
「全部」
「全否定か」
「アタシの勘だけど、あの男の背後には巨大な組織が存在している。でなきゃ説明が付かない情報収集能力を持ってる」
「OD社と繋がってるぞ」
「なるほど………え? なんて?」
「あいつに近い部下を拷問して聞き出した。それに合わせて、OD社の連中は僕らの動向を監視しているみたいだ。爆弾の材料がフォーセップに並んだのもそのせいだな」
「………ええぇ」
女の怪訝な声。
「待って。実はウサギさんもOD社と関わりあるの?」
「ねぇよ」
「変異体の傍だから、特別に監視してるのかな。でなきゃ色々おかしいでしょ」
「ん? 何がだ」
「この街の人口なんだけど、2万2千人くらいなの。雑な計算になるけど、アタシたちの元コミュニティみたいに引きこもってるのが5、6あるとして、更に感染の進行速度を考え、“砦”みたいなのも他にあるとして、たぶん~生存者の数は3千か2千。もしかしたら、5千も行く?」
「よくわからん計算だ」
そんなに生存者がいるとは思えないけど。
「じゃあ、少なくとも千人として、それ全部監視ってできるの?」
「知らん。なんかあるんだろ」
「ウサギさんの話だと、リーダーがOD社と繋がってるそうだし。つまりは、監視員が生存者の中に紛れ込んでるとかかなぁ。いやいや、全然人手足りないでしょ。うわぁ気になる」
「そんなことより、わかっているよな?」
「はいはい、爆弾の作り方ね」
女は、胸からメモを取り出す。
やや湿ったメモには、集めた爆弾の材料が線引きされていた。すり鉢用、ビーカー用にも分けられ、細かい容量も記載されている。
「これで作れると?」
「線引きされてる材料を容量分混ぜる。簡単でしょ?」
「できたら簡単だな」
「何事も経験だから、今日一日は爆弾作ってみ」
体よく働かせるつもりだ。
ま、やるしかないけど。
僕は、メモを見ながら作業を始める。
「アタシは外に芝刈りに~」
女は外に行った。
手を動かす。
やることは意外と単純だ。
計量カップを使い容量をしっかり計る。記された物を、ビーカーもしくはすり鉢で混ぜる。慎重に丁寧に、焦らずゆっくり、できた物をまた混ぜる。そして、しばらく放置。
時間と根気と材料があれば誰でもできる。
こういう作業をするだけの時間は久々だ。嫌ではない。得意かもしれない。好きかも。
「うぃ~! 帰ったぞ~!」
ズタ袋を背負った女が、酒瓶を片手に帰って来た。
仮面をズラし、ラッパ飲みしている。
「くぅぅぅぅぅぅッ、これ良い酒ッ」
「………………」
屋上から落とせばよかった。
「どーよ、ウサギさん。爆弾できてるぅぅぅ?」
「近寄るな。酔っ払い」
「やだなぁ、酔ってない酔ってないってば」
千鳥足が、薬品を入れたビーカーに当たりそうになる。
「他所に行け! 危ないだろ!」
「え~これできてるのぉ? ちょっと火点けてみようか」
女がジッポライターを取り出したので、蹴りを入れた。
「自爆したけりゃ1人で吹っ飛べ。巻き込むな」
「その反応。真面目に作ったみたいだねぇ」
女は、酒を飲み干し瓶を床に叩きつけた。
「はい、これ」
ズタ袋を僕の前に置く。
中身は、大量の鉄パイプとボルトやナットだ。
「なんだこれ?」
「パイプは爆弾の容器。他は威力上げるための混ぜ物。昨日、爆弾でそこらを吹っ飛ばしたでしょ? 無計画にやったと思った?」
「思った」
「実は~ガードレールやら、標識やら壊して、これを手に入れるためでした!」
「結果的にそうなっただけだろ」
「結果的にそうなっただけよ」
戯言はもういいとして、鉄パイプを手にする。
「アタシ思い付いちゃったんだけど、パイプを斜めにカットして槍にしてから、中に爆薬を詰めたら強いんじゃない?」
「良いかもしれない」
強いかもしれないが、
「使ってる僕も吹っ飛ばないか?」
「昔ね。日本軍が、爆発する槍で戦車に突撃したんだ」
「で、効果は?」
「使ってる方が吹っ飛んだ」
「駄目じゃねぇか」
「でも賢いアタシは思ったのです。投げればよくね? って」
「それなら………いけるか」
いけそう。
変異体の触手に落とされなければ、一撃必殺になる。
「そうと決まったら、はい作る。頑張って~アタシは寝るよ。わかんないことあったら起こしてね。起きないけど」
女は、横になると即寝息を立てだした。
色々言いたいことがあるも、静かなのが一番。
作業を続ける。
鉄パイプの長さを1メートル程度に揃え、尖端を斜めに切る。中を掃除し、ボルトとナットと爆薬を詰めた。石突きをダクトテープで塞ぎ、花火から作った導火線を通す。先端は紙を詰め、中身が漏れない程度に埋めた。
1本できた物を、まじまじと観察。両手で構え、軽く突いたりする。
重っ。
やっぱ槍は木製に限る。
でも、この重さは投擲に良い。
火を点け、投げる。
火を点け、投げる。
その動作をイメージしながら体を動かす。
いける。
いけるか?
いけるといいな。
よし、次を作ろう。
「順調ですかぁ?」
女が起きた。
「誰かさんが邪魔しなければ順調だ」
爆薬の量を考えて、槍は後3本作れる。正直、足りない。爆薬を追加で作りたい。しかし、早いに越したことはない。
「ウサギさんは、変異体を倒したらどうする?」
「特にない。いつも通りの生活に戻るだけだ」
「“砦”の連中てか、あのリーダー。間違いなく君を殺しに来るよ。今はただ、順番待ちってだけ。身内以外には悪魔みたいな奴だし」
「その時になったら殺す。でも、やるのは個人だ。リーダー以外は殺すつもりはない」
「甘~い! 組織のトップをやるなら先ず末端から! 基礎を怠っちゃ駄目!」
「僕は、静かに自分がやりたいことに集中したいだけ。リーダーが邪魔するなら消すってだけ。爆弾はその手段の1つ。抑止力みたいなもん。“賢い奴”は、簡単に火を点けないからな」
「やだ。ウサギさんって皮肉言えたんだ。口より先に暴力の権化かと思った」
「この槍ケツに突っ込んで爆破してやろうか?」
「それそれ!」
なんで嬉しそうなのやら。
てか、僕ってそんな暴力的じゃないのだが。
「そうだねぇ。リーダーを殺ったとして、その後どうしよう?」
「やるとは一言も言っていないし、変異体が先だ」
「どっちにしても、先のことを考えるのは大事でしょ」
「先なんてねぇよ」
「それおかしいでしょ。爆弾作りも、戦うのも、凶暴性だって、先のことを考えているからのこと。本当に先がどうでもいい人間は、無気力な豚みたいなもんよ」
あってはいるけど、
「お前には話したくない」
「えー教えてよぉ」
「嫌だ」
これ以上関わりたくない。親しくなるつもりもない。師匠の教えをしっかり守ろう。
「アタシはねぇ。変異体と一緒に死ぬか、むしろ“砦”に行くように仕向けてやろうかと思ってたんだ。でも、ウサギさんのおかげで別の選択肢ができた」
「何度も言うが、リーダーは殺さんぞ。今はな」
「逃げて2人で静かに暮らさない?」
「ない」
「即答ですか」
「はい」
僕にも選ぶ権利はある。
それに、誰かと一緒に暮らすつもりもない。僕はもう1人いいのだ。
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