<第三章:辺獄にて> 【06】


【06】


 軽い接触の後、持てるだけ材料を持って帰還。

 報告。

「え、大チャンスじゃん」

 と、女は喜んだ。

「チャンスか?」

「サナギの中身って見たことある?」

「ない」

「ドロドロよ。ドロドロ。つまりは絶賛弱体化中。やるなら今しかって感じ」

「それは僕も考えた。で、これ見ろ」

 女にバールだった物を見せる。

「どういうこと?」

「これで殴って、中身をぶち撒けてやろうと思った」

「君って、考えてから動けないの? 脊髄人間?」

「いいから聞け」

 バールは、半ばから綺麗に切断されていた。

 愛用だったが、もう使えないので放り捨てる。

「攻撃したら中から触手のようなものを出して反撃された。炭素鋼がこれってことは、人間なんか真っ二つだろう」

「危ない危ない。下手したら死んでたでしょうが」

「生きてるから問題ない」

 怪我して及び腰だったから助かった。いつも通り、両手で槍を使っていたら半分にスライスされていただろう。

「今まで、よく生き延びてこれたね」

「文句あるか?」

 生きてるから生きているんだ。

「あ、はい。ないですけど」

「以上が、僕が体張って手に入れた情報だ。ありがたく思えよ」

「そうですね~。って、やること何も変わらないけどね」

「だが急げよ。中身が出てきたら爆弾じゃどうにもならん」

「何で?」

「え? 何でって、そりゃ飛ぶからだろ」

「え? 飛ぶの? 羽根が見えたの?」

「見えてないが、サナギ=蝶とか蛾じゃないのか?」

「ミツバチとかもそうでしょ」

「飛ぶじゃねぇか」

「あ~まあ、飛ぶかもね。飛んだら………壁超えちゃうよね」

「壁?」

「街を囲む壁。あるの知らなかった?」

「ああ、忘れていた」

 目の前しか見る余裕のない生活なのだ。

 遠くの壁など忘れていた。

「軍隊みたいなのが警備していて、近付いただけで撃ち殺されるのよ。そうなると………あれ? んーでもでも、おお~わかんない」

「わからないのか」

「いや、飛んだらアタシらには関係ないよね、って思ったから。OD社が撃ち落とすなり、なんなりすればと」

「確かに」

 この街から飛び去るなら、僕らには関係ない。しかし、OD社の管理はそこまで緩いか? そうなる前に何か対策しそうな気もする。

 どちらにせよ、僕らには関係のない話だ。

「とりあえず。吹っ飛ばすことに、変わりはないだろ。飛んで逃げたら見送ればいいだけ」

「そうね。仮に飛んだとしても、壁を越えるのはアタシらを食べ尽くした後かもだし」

「材料を追加で取って来る」

「いきなり会話終わらせるね」

 会話終了。

 僕は、また拠点から離れて物資を漁りに行く。

 近くの車から、バッテリーは沢山手に入れることができた。他は、デパートに行けば全て手に入るだろう。

 もう一度、変異体の近くに行きデパートに侵入。しかし、すぐ逃げ出す。とんでもない量のゾンビが中にいた。掃除するには爆弾が必要だ。

 別を探す。

 ありがたいことに、駅周辺にはコンビニが沢山ある。

 浅く雑に漁っても、目的の物資はかなりの量を手に入れることができた。ただ、肥料とすり鉢、圧力鍋、ホットサンドメーカーが見つからない。

 適当な建物に入り探すか? 戦えない状態じゃリスクが高い。今更、リスクとか考えてるのも変だけど。

 と、変な電子音が聞こえた。

 それも近くから。

「?」

 コートの内ポケットからタブレット取り出す。

 これが音の元。

 ヒビ割れた画面を見ると、『フォーセップ宅配サービス、商品の更新』とある。

 操作すると、

「何だこりゃ」

 肥料、すり鉢、圧力鍋、ホットサンドメーカーが、ポイントの交換品として追加されていた。

 しかも、期間限定品全て1ポイント。

 空飛ぶ化け物を落とすより、僕らみたいな使い捨てに爆破させようって魂胆だろう。安く済ませようという考えが透けて見える。

「どうせなら、爆弾そのものを売れよ。無料で」

 雑居ビルに戻る。

「あ、お帰り~」

 乱暴に女の前に物資を置く。

 ビルの屋上に行き、タブレットを操作。

 現在持っている36ポイント、全てを交換に使う。

 焼き殺したゾンビはもっといたのだが、ああいう殺し方はポイントが加算されない時がある。トラップが流行らない理由だ。流行らせない理由でもあるか。

 空を見て待つ。

 いつも通りの待機時間の後、ドローンの群れが飛んで来た。

 近くに物取りがいたら、確実に見られただろう。

 今襲われたら、片腕で戦わなきゃいけない。あの女も対人戦じゃ役に立たない。襲われない方に賭けるしかないな。

 時には、諦めも肝心だ。

 ドローンが荷物を置く度に、肩に担いで女のところに運ぶ。

「え? どういうこと?」

 屋上から荷物を持ってきた僕に、女は首を傾げた。

「限定品だ」

「意味わかんないけど」

「気にすんな」

 休憩を挟み、全て運び終えると日が暮れていた。

「今日はもう休んでいいよ。後はアタシがやっておく」

「そうか」

 片腕の作業は心底疲れた。膝も痛い。喉が渇いた腹も減った。なんか美味そうな匂いもする。

「はいこれ」

「ん?」

 紙皿の上に、四角いホットケーキが置かれていた。

「食べていいよ。沢山作ったから」

「ホットケーキ型の爆弾?」

「いや、食べたいから作っただけ」

「ああ、材料にあったな。………………おい、ふざけてるのか? こんな時に」

 ホットケーキミックスって、食べたいから集めさせたのか。

「大真面目だけど? 作業効率を上げるために、ホットケーキは欠かせないの。爆弾を作っているんだよ? 集中欠かしたら、ボカンよボカン」

「他に関係ない材料は?」

「5個あるホットサンドメーカーかな。欲しかったら2個あげるよ?」

「いらねぇよ」

 なんで先に言わないかな。聞かないで動く僕が言うのもなんだが。

 ああ、人間って面倒くさい。

 四角いホットケーキを皿から直食いする。

 温かい。

 生地はボソボソで硬く味は薄い。だが中には、溶けたチョコが入っており、その甘味で食べられる。

 何よりも温かい。

 温かいだけで、食べ物がこんなに美味しくなるとは思わなかった。

「どうよ~」

「寝る」

「あ、はい」

 今日一日かなり働いた。傷の痛みもあるから、さっさと休みたい。

 女が何かを搔き混ぜたり、ゴリゴリと擦る音が心地よいBGMだ。他人がいるのにすぐ眠ることができた。

 夢は見ない。

 ただ闇があるだけの眠り。


 ―――

 ――――――

 ―――――――――


 ドコーン! と、コントみたいな爆発音に起こされる。

 近くに置いた槍を手にして辺りを見回す。

 女の姿はない。

 爆弾作りの材料が散らかっていた。

 再びの爆発音。

 音と衝撃は外からだ。僕は屋上に向かう。

「おい、何やってんだ」

「ん?」

 女は、鉄パイプ爆弾を放り投げて振り返る。

 夜に爆発音が響いた。

 耳鳴りの後、奇声や足音が聞こえる。

 見たくはないが、ビルの周囲は音に釣られたゾンビが集まっているだろう。

「爆弾の威力確認とストレス解消。君が集めてくれた材料で、変異体を吹っ飛ばしても余りそうな量が作れるから」

「そうか。威力はもうわかっただろ? 無駄に使うな。ゾンビも集めるな。他に変異体呼び寄せたらどうすんだ」

「その時は、死ぬだけじゃない?」

 チェーンスモーカーみたいに、女は導火線に火を点け、また投げる。また爆発が起こる。一瞬だけ静寂が起こり、水が飛び散るような音の後、聞き取れない怒声が響いた。

「ハハッ、ゾンビでも怒るみたい。いや、怒ってる風に見えるだけ? 人間の真似をしている? それとも人間の面影を見ているだけ? どうでもいっか」

「止めろ」

 女の手から100円ライターを奪う。

「もう1本だけ! もう1本だけだから! 減るもんじゃないし!」

「減るだろ」

 爪先に爆弾の入ったエコバッグが当たる。数は、たぶん20近く。

「これは遊びで趣味の分だって! まだまだ作れるから!」

「遊びで使うな」

 遊べるような世界じゃねぇだろ。

「いいじゃない! アタシ、ゾンビが爆死する姿を見ると心が洗われるの! 心の栄養なの! アロマキャンドルと同じなの!」

「悪趣味な」

「良い子ちゃんぶって」

「アホに巻き込まれたくないだけだ」

 女は下がる。

 僕は、エコバッグを奪った。

 こんなことしても、一時的なもんだし無駄なのは理解している。でも、やらないよりはマシ。100億倍マシ。こういう馬鹿は、こっちが何もしないと増長する。

「ストレス解消って、すっごく大事なんだよ。絶対、汚染度も関わってる」

「ゾンビに囲まれてんだぞ! 今だけでいいから他で解消しろ!」

「無理」

 こいつ、ここから投げ捨ててやろうか?

「でも、でもよと、1個約束をしてくれるなら、我慢してあげましょう」

「聞く気ないけど聞いてやる」

「変異体なんて放置してさ。アタシと――――――」

 一瞬、ほんの一瞬だけ、何もかも投げ捨てて、女と逃避行する自分を思い浮かべる。

 僕の勘違いだ。気持ち悪い。

「アタシと、この爆弾使って“砦”を爆破しない?」

「………………」

 こいつヤバいわ。

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