<第三章:辺獄にて> 【05】


【05】


 雑居ビルを拠点にしてから、2日が過ぎた。

 変異体に吹っ飛ばされた僕は、思ったよりも酷い状態だ。

 足の方は、左の膝をやったようで軽く走るだけで激痛に襲われる。ただ、その痛みに耐えれば走ることは可能。

 腕の方は、左肩が動かない。どう気合を入れても動かない。脱臼か、骨折か、少し前に負った斧の傷が開いたのも一因か、理由があり過ぎてわからない。

「う~ん、縫ってはみたものの。これ良くなるのかな?」

「動かないのは困るな」

 片腕じゃ槍は扱えない。

 今後の生存率はかなり下がる。

「てか、痛くないの?」

「痛みには強い」

「それにしたって、限度があるでしょ。がま口くらい傷開いてたんだよ?」

「閉じたから問題ない」

 どうせ動かないし。

「問題しかないけど、君って動いてないとストレスで死んじゃうタイプだよね」

「僕はカツオか」

 誰がラムジェット換水だ。

「マグロじゃないの?」

「似たようなもんだろ」

「味が違うでしょうーが」

「味の話はしてねぇよ」

「カツオのたたき食べたいなぁ。沢山のミョウガと一緒に」

「缶詰で我慢しろ」

 食料は、そこそこ手に入れられた。

 思った通り、この辺りは物資が多い。女が大量消費しても余裕がある。

「食べるけど、君も食べないと治らないよ?」

「わかった。食うよ」

 食欲はないが、無理にでも食うか。

 近くにあった缶詰を手に取り、リングに指をかけ片手で開ける。

 ツナ缶だった。

 スプーンでもちゃもちゃ口に運ぶ。

 ツナは、ゼリー状にコーティングされ口当たりは良い。だが、味がない。栄養と割り切って全部食べ切る。

「それ猫缶だよ?」

「………食い切ってから言うな」

 犬の餌は腹を壊すが、猫のは大丈夫と師匠が言っていた。

 たぶん大丈夫だろう。胃は丈夫だし。

「ほら、サバ缶あるよ」

 女からサバ缶を受け取り食う。

 水煮だ。これも味がない。しかし、味はなくとも栄養はある。

「満腹になった」

「君って軽自動車みたい」

「誰が低燃費だ」

 立ち上がる。膝に刺されたような痛み。

 包帯を取り出し、ズボンの上から膝に巻く。何重にもしてきつく巻くと、痛みが和らいだ。小走り程度なら移動できる。

「えーと、何してんの?」

「物資を集めに行く。爆弾の材料が必要だろ?」

「いや、そんな状態の君に働けと言うつもりないけど。アタシを鬼かなんかと思ってない?」

「マグロは動かないと死ぬ」

「死体のことをマグロって言うよね」

「動く死体は言わねぇよ」

「またまた~」

「いいから材料言え」

 この女に付き合っていたら、無駄に時間が流れる。

「はいこれ、メモ」

 女のメモに目を通す。

「車のバッテリー、肥料、漂白剤、除光液、保湿クリーム、使い捨てマッチ、すり鉢、圧力鍋、ホットケーキミックス、ホットサンドメーカー?」

「これで爆弾ができるのか?」

 ホットケーキミックス??

「とりあえず大量に持ってきて。とにかく量。質より量! あの変異体を吹っ飛ばすためには、中途半端な爆弾じゃ駄目。ドが付くレベルの爆弾じゃないと」

「その爆弾があれば、あの変異体を殺せるんだな?」

「さあ」

「さあ、て」

「他に殺し方があるなら聞くけど?」

「ねぇよ。お前に全任せだ」

「じゃ、クレームなしで」

「へぇへぇ」

「大体、攻撃したら適応して変化するって反則でしょ。一般人が相手するもんじゃないわよ。軍隊連れてきなさいって」

 あの変異体、女が最初遭遇した時もよりも、大きく変化しているそうだ。サメが見間違ったわけではなく、“砦”の連中がちょっかい出して、あの形態になったのだろう。

 とても気になることが1つ。

「あの変異体。爆弾でやりきれなかったら………どうなる?」

「知らない」

「予想はできないか?」

「悪い予想と、良い予想。どっちがいい?」

「悪い方」

「アタシらが最初襲われた時、あの変異体は針金みたいに細長~い状態だった。んで、アタシらを追っかけて来る途中、“砦”の連中と接敵してゴリラみたいな状態。そこからしばらくして、今は蛇みたいになってる。つまりは、次の変化が全く予想できない。悪い予想は、あれが更に無敵の存在に――――――でも、あれ? 人間、ゴリラ、蛇って、なんか退化してない?」

「人間から離れることを退化っていうのは、僕らの思い上がりじゃないか?」

 この街では、人間は狩られる側だ。

 人でいるより別の姿の方が生存できる。

「でも蛇よ? ゴリラから蛇は幾らなんでもおかしいでしょ。筋が通らない」

「ゾンビに筋とか言われてもな」

 とはいえ、僕も気になる。

 ゾンビは非常識な存在だ。そこから更におかしいのが変異体。だが、“生存率を高めるための変化”という方向性に違いはないはず。

 やはり、弱体化するのはおかしい。

「………………」

 考えてみた。

 何も思い付かなかった。

 よし次。

「良い方は?」

「吹っ飛ばせました。以上終わり」

「シンプル」

「爆発は全てを解決する。物語のオチも、ゾンビ処理も。あ、もっと良い予想あるわ。君が火点けたよね。実はあれが効いていて、軽く突いただけで死」

「その程度で殺せるなら、誰も変異体を怖がりはしねぇよ」

 あの後、変異体の状態は確認していないが、火で倒せるなんて思っていない。そんな楽ならとっくに誰かが倒せている。

「他に良さそうな予想となると~」

「適当に考えとけ」

「あ、ちょ!」

 僕は、重い防火扉を開ける。

 外は明るく陽が射していた。影にゾンビがいるとは思えない様子。なんだか、岩を動かしたら下に虫がいる感じを思い浮かべた。

 とりあえず、近くのコンビニに行く。

 焦げ臭い匂いが漂う。ゾンビの死骸は相変わらずない。焦げても好き嫌いしないのがゾンビらしい。

 1つ気付く。

 ゾンビはお互いを感知できないが、死んだら別ということ。共食いを防ぐために、感知できないように進化したのか? そういう個体が残ったのか?

 ちょっと頭を使っていたら、コンビニに到着。

 落ちていたコンクリートの塊を拾い。コンビニの窓ガラスにぶつける。派手な音と共に、ガラスに穴が開く。バールで穴を広げて、雑誌の置いてある棚も外に引きずり出す。

 少しでも、中に陽光が入るようにした。

 今は全く戦えないのだ。準備だけは念入りにやる。

 ガラスを全部割り、棚も全て外に出し、コンビニの中を半分ほど明るくした。

 奥には行かず、陽に照らされている場所だけを漁る。

 除光液、保湿クリーム、使い捨てマッチ、ホットケーキミックスを手に入れた。大した量ではない。まだまだ他所で集めないと駄目だろう。

 車のバッテリーは、そこらに転がっている車から取ればいい。重いので後。

 次はどうするか?

 少し歩いた場所には、デパートがある。そこを漁れば、爆弾の材料はほぼ揃うだろう。

 だがしかし、変異体の近くなのだ。

「どうしますかね?」

『ビビってんのか?』

「そりゃ軽く撫でられただけでこれですよ」

『今は日中だ。寝てる獣を恐れてどうする』

「寝てても怖いもんは怖いでしょ」

『いいから行け』

「逝けの方じゃなくて良かった」

 師匠に言われたので、渋々デパートに向かう。

 どのみち、中の探索はできないので外からの様子見だ。あんまり考えないようにして足だけを動かす。動いているうちに膝の調子は良くなった。片腕は変わらず動かない。

 変異体が見えてきた。

 形は変わっていない。

 蛇のような状態のまま、高層ビルの1つに張り付いていた。

 ………変わっていない?

 違う。

 日中は丸まった状態で待機していた。何故に、あの形態のままでいるんだ?

 恐る恐る近付き、変異体を目の前で観察する。

 変異体の硬い外皮が溶けだし、ビルの構造物と同化していた。そのせいか、一部が半透明になり中身が薄っすらと見える。

「………………これ」

 蛇じゃない。

 サナギだ。

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