<第三章:辺獄にて> 【03】
【03】
とりあえず。
とりあえず、だ。
やれることをやる。
どんな状況でもそれは忘れない。
避難した雑居ビルの安全を確保した。
ゾンビの死体を窓から落とし、他に潜んでるゾンビがいないか確認、テナントの1つである居酒屋の家具を破壊して、防火扉の前にバリケードを作った。
一通り動き、一息入れる。
「ろくな食べ物ないじゃない」
「じゃあ、食うな」
女は、僕がくれてやった食料を全部食べ切っていた。
「仕方ないでしょ。アタシ、物凄く燃費が悪いの。久々に激しい運動したから。お腹が減って減って、もう少しで餓死するところだった」
「食いたいだけじゃねぇのか?」
「ゾンビって、満腹中枢に異常をきたしてるって話もあるから、否定はできないね。でも、本当に餓死する可能性もあるし。まっ、食べ物はあるんだから良いじゃない」
「もうないが? 僕の分も」
「2日くらい水だけでいけるって」
太い野郎だ。
女だけど。
「さて、どうする?」
「知らないかもしれないけど、ゾンビって一度でも会敵すると――――――」
「知ってる」
「流石だね」
雨は、まだ降り続いている。
激しい雨音に混じって、防火扉を殴る音が聞こえた。
結構な数のゾンビが、僕らに執着している。先ず、そいつらを倒す。夜になれば更に増える可能性があるし、何よりもここで狩り逃がしたら後々追われることになる。
そうなれば、【タイタン】どころの話ではない。
「爆弾は何個ある?」
「3本」
「下の連中は倒しきれるか?」
「【タイタン】はどうすんの?」
「どのみち、その程度の爆弾じゃ倒せんだろ」
サメの話じゃ無敵らしいし、その無敵をどうにかするには、跡形もなく吹っ飛ばすくらいの爆弾が必要だろう。
「材料ないじゃない。ウサギさんが集めるの?」
「僕が集める。ここらは危険過ぎて近寄る人間は少ない。物資も沢山あるはずだ」
「自殺用の1本は残して、2本で下の連中は………厳しいかな。うーん、ちょっとビルの中を漁って来るね」
女は、ビルの奥に消える。
ビル内には、4店舗分のスペースがあり、居酒屋と手芸屋、他2つはシャッターだった。軽く確認したところ、ろくな物資はなかった。
僕は、水を飲む。
隠しておいた魚の干物を齧る。
疲れた体に水分と塩分が沁みる。
ホントどうしたものか?
僕個人の力じゃ詰みだ。下のゾンビは、槍でどうにかできる量じゃない。雨も激しさを増している。
元々、師匠におんぶにだっこで生き延びてきた身。1人じゃこんなもん。
「潮時か」
『誤用だぞ、それ』
「え?」
『良い変化が起きた時に使うもんだ。諦めで使う言葉じゃねぇよ』
「よく知ってますね。………あれ? マジで僕の知らない知識だ」
どういうこと?
無意識から知識を取り出してるとか? そんな御大層な妄想なのか?
『思い出せ。辺獄でもやりようはある』
「思い出した」
師匠は、よく地獄ではなく辺獄と言っていた。恰好つけなんだろうけど、似たシチュエーションの記憶と同時に策が思い付く。
思い付いてたら即行動。というか、これ以外に思い付かない。
「テレテテッテテ~♪」
戻って来た女が、手にした瓶を掲げる。飲み口に布が突っ込まれた瓶だ。
「モロトフカクテル~♪」
「………は?」
「いわゆる火炎瓶。酒屋で、度数の高いお酒見つけたから作ってみました」
「いいね」
欲しかったやつだ。
「うわ、人を褒められるウサギなんだ。意外」
「人を何だと思っていた」
「1匹オオカミを気取ったウサギという矛盾した存在?」
はいはい、正解だよ。
「火炎瓶、何本ある?」
「6」
「下の奴らは焼き尽くせるな」
「雨次第だけどね」
「そこは天運に任せる」
生き残るのに一番の要素は運。結局のところは運だ。失敗したらさっぱり諦めよう。変に考え込んでも無駄。
今は、
「雨が止むのを待つ」
「時間ありそうだから、超大事な情報を教えてさしあげましょう」
「はぁ」
期待してないけど、ご自由に。
「ゾンビの知られざる特製。その1、狩り逃がした獲物に執着する」
「知ってる」
さっき言いかけただろ。
「その2、持久力がない」
「本当か?」
それは知らない。
「本当本当。事実、ほぼゾンビのアタシが持久力ないし」
「お前が脆弱なだけでは?」
「確かめる術は防火扉の向こうに」
「死ぬだろ。アホか」
「その3、スタミナ切れのゾンビは遅い。どのくらい遅いかというと、昔のゾンビ映画くらいの速度に落ちる」
「その話が本当だと………………やり方はある」
僕の策の成功率は高い。
「ありますかぁ~」
「持久力ないって話が、全く信用できないけどな」
「ですよねぇ~」
女は腰を下ろして、防火扉の傍で横になる。
「何してんだ?」
「夜まで寝るんで、起こしてね」
「夜は寝るだろ。何言ってんだ?」
「君こそ話聞いてた? ゾンビは持久力ないんだって。今そこで扉バンバンしてる連中、夜になったらヘトヘトで亀みたいになってるから」
「………わかった」
夜に狩るか。
雨の中より終わってるシチュエーションだ。
「アタシ1人でヨユーだから、起こすのだけは忘れないで」
「いいけどさ」
女は寝た。
バンバンと物音がするのに気にせず。
神経が図太い。
僕は眠れそうもない。
雨は止みそうにない。
バンバン、バンバン、と乱暴なノックが続く。今の所、防火扉が壊れる様子はない。幸いなのはそれだけだ。
リーダーの言葉を思い出す。
『1つ仕事を頼む。簡単なやつだ。――――――女を1人殺してくれ』
『断る』
『直接手を下せとは言ってねぇよ。例の巨大な【変異体】のところまで連れて行けばいい。その後は、適当に見捨てろ』
『………連れて行くだけなら引き受ける』
『情を移すなよ。集団に置いておけないクズだ。お前と同じのな』
どういう基準でクズと認定したのか、予想はある程度できる。
恐らくリーダーは、狐面の拠点を破壊したのが女と読んでいる。女の仲間も薄々勘付いているのだろう。でなきゃ、自分の仲間を僕みたいな奴と組ませない。
運のない女だ。
最初から1人か、少数と組めばよかっただろうに。
今みたいに例えば僕と――――――うわ、気持ち悪い。すぐ同情するとか、自分ながら気持ち悪い。
『しかも、女』
「ちょろすぎですよねぇ」
『後学のために教えてやる。女とガキには関わるな。死ぬぞ』
「女のガキだったら?」
『死神だ』
「気を付けます」
ま、出会うことはないだろう。子供の生存者と出会ったことはない。初期感染の時に、発症する前に死んだそうな。頭が子供なのは沢山いるけど。
「………僕は大人なんですかねぇ」
元の世界の時から、ずっと疑問に思っていた。社会のことなんて何も知らないで歳を重ね、今となっては社会が滅んだ。
『ガキだろ。大人ならもっと冷たく生きるもんだ』
「それでも、死ぬ時は死ぬじゃないですか」
『生存率は上がる。前にも言ったが、俺たちは毎日サイコロを振ってんだ。出目が悪かったら即死。良かったら生き延びる』
「でもそれって、その内必ず死ぬじゃないですか」
『人間、死ぬために生きてんだ』
「なんと悲しい人生かな」
ああ、そうだ。
師匠が死んだ時も、こんな雨の日だった。
だから、調子が悪いのか。
時間を確認。
現在、13時を少し過ぎていた。日暮れまで、まだまだ時間がある。
やれることをやるか。
どうせ、死ぬまでの人生だ。
それなら、生きることを努力しても罰は当たらない。
僕は、火炎瓶を手に取った。
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