<第三章:辺獄にて> 【01】


【01】


「1つ仕事を頼む。簡単なやつだ」

 そう“砦”のリーダーに言われたのが2日前。

 次の日“砦”に行くと、狐の面を被った女が現れた。

 長い三つ編み、胸は大きく小綺麗で、下はロングスカートとブーツ、上はミリタリージャケット。機能的じゃない小さいボディバッグをかけていた。

「ウサギって、どう見ても君よね?」

「僕だ」

 ウサギは姿であって名ではないが、訂正も面倒なので勝手に呼べばいい。

「私は、キコ。よろしく」

 それなりに傷んだ手を差し出される。

 握手は無視した。

「確認するが、【タイタン】のところまで案内する。あくまでも案内だけ。僕は戦わない。間違いないな?」

「えと、【タイタン】って変異体のこと?」

「そうだ。他に呼び方があるなら、そっちに合わせる」

「【タイタン】でいいよ。アタシらは、あんまりアレのこと呼びたくない感じだし」

「そうか」

 どうでもいい。

 女を連れて“砦”を出た。

 駅付近に足を向ける。

「ところで………あ、聞いてよい? 質問よい?」

「………………」

「なぜ、ウサギの着ぐるみを?」

「あんたは、なぜ狐の仮面を?」

「避難拠点にしていた福祉センターに、お祭り用の仮面が大量にあったから、日差し避けに使ってるんだ」

「偶然見つけた」

「あ、はい」

 会話終了。

 しばらく無言で進む。

「ウサギさん! ウサギさんねぇ!」

「あ?」

 振り向くと、女と結構な距離が開いていた。

 僕は足を止める。

 遅い小走りで女は駆けよって来た。

「足、早いね」

「普通だ」

 これでも、かなり遅く歩いている。

「早いって、到着前に倒れちゃう」

「そうか。倒れたら言ってくれ」

「ちょっと!」

 ややペースを落として歩く。

 この程度で本当に倒れたら、後先は長くはないだろう。てか、今までどうやって生き延びてきたのやら。

「ま――――――」

 背後の声が小さくなる。

 気にせず歩き、歩き続け、30分くらい経過した辺りで女の気配が全くしなくなった。

 振り向くと、女の姿はかなり小さくなっていた。

 あ、倒れた。

「あれ何でしょうね。師匠」

『女はわからん。とりあえず助けてやれ』

「え、嘘。師匠ってこういう時、蹴り入れる人だと思ってた」

『金色夜叉かよ』

「僕、そこのシーンしか知らないんですけど」

『俺もだ』

 師匠がやれというなら仕方ない。

 渋々、戻って女に近寄る。

「大丈夫か?」

「ぜっーぜっーぜっー」

 女は息を乱していた。

 なんという貧弱。マジで今までどうやって生きて来たんだ?

「ヒューヒューヒュー」

 呼吸が全然戻らない。

 しょうがない。

 バックパックから、ロープを取り出す。

 近くの廃車のドアが、いい感じに外れかけていたので取り外してロープを結んだ。

「乗れ」

 そこに女を載せて運ぶ。

 ズリズリと音を鳴らして移動。

 体感、5分経過。

 何の反応もないので、死んだかと思って振り返る。

 女は、水を飲みながら寛いでいた。

 思わず金色夜叉するところだった。

「今、疑問に思ったでしょ?『こいつよく今まで生きてこれたな』って」

「………はぁ」

 面倒くさい。

 今朝から僕は憂鬱なのだ。理由は不明。なので愛想もなし。なんか頭も痛い。

「実はね。アタシ特技があるのよ。身体能力はからっきしだけど」

「………」

「知りたい? ねぇ知りたいでしょ? ねぇねぇ」

「………」

「仕方ない教えてあげましょう」

「はぁ」

「ちょっと待って。その前に聞いておきたいんだけど、君って変異体はどのくらい倒してるの? リーダーが言うには、百以上のゾンビ倒しているって」

「ゼロだ」

「へ?」

「僕個人じゃゼロだ。師匠がいた時に、5体倒した」

「は、はぁ~。それではその師匠さんを呼んでいただいても?」

「死んだ」

 今は心の中で生きている。

「ご愁傷様です」

「で? 何を教えてくれるんだ? 今言わないと僕は一生聞かないぞ」

「地雷踏んだみたいだから言うね。アタシ、ゾンビに襲われにくくて。それと持ち前の観察眼を合わせて【タイタン】の弱点を探ろうと、今回ウサギさんをお供にしているの」

「はぁ」

 アホらし。

 よくいる勘違い野郎だ。そういう場合は、他の奴らが襲われているだけ。自分の能力で危機を回避しているわけじゃない。

「リアクション薄いね」

「調子が悪くてね」

 アホ話に合わせて、頭痛が無視できないレベルで酷くなってきた。

 念のため、【コルバ】を確認。汚染度は35%。朝一で遅延薬を打ったので、ここ最近のいつも通りの数値である。

「これ仲間以外には話してないんだけど、ほら見て。アタシの【コルバ】」

「はぁ」

 うるさいので女の【コルバ】を見る。

 汚染度は、96%。

 ロープから手を放し、槍を構える。

「ちょ! ちょちょちょっ!」

「もうすぐゾンビじゃねぇか。死にたいなら1人で死ね。むしろ、今死ね!」

 サメといいこいつといい。師匠といい。

 面倒くさいことをさせるなッ! 頭が痛い時に!

「待って落ち着いて! アタシがこの汚染度になったは三ヶ月前! 遅延薬を打っても1%しか下げれないけど、増加も1%なの! ここで数値が停滞してるんだって!」

「信用できるか」

「本当だって! 良いことも教えてあげるから!」

「良いこと?」

「汚染度が95%を超えると、ゾンビは襲ってこないの。凄い情報でしょ」

「こっちもほぼゾンビじゃねぇか。何が良いことだよ」

 使い道が何もない。

「知って困るようなことでもないでしょ! その槍下げて! アタシ先端恐怖症なの! また倒れるけど!?」

「………………」

 槍を下げて、女の手首を掴む。

【コルバ】の数値を凝視した。緊張状態なら、普通は数値の揺らぎがある。だが、女の数値は全く変化がない。

「【コルバ】が故障してんじゃないのか?」

「交換する?」

 バックパックから、新品の【コルバ】を取り出し女に投げ渡す。

 女はモタモタ付け替え、数値を僕に見せてきた。

 96%。

 本当に変化がない。

「どういうことだ?」

「ゾンビに変異体がいるなら、同じ感染状態にあるアタシたちの中にも変異体がいる。と考えられない?」

 理屈としてはおかしくない。

 だが、

「あんたが変異体になる可能性は?」

 変異体が生まれるプロセスはわかってない。こういう状態の人間が、後に変異体になる可能性は高い。

「そこ、否定できないんだよねぇ。だから、知らない人と組まされてる感じ」

「厄介払いかよ」

「言い方酷いけど、当たってるかも」

 流石にデリカシーがなかった。

 言い直そう。

「在庫処分か」

「何で言い直した? 更に酷い言葉で」

「ケアレス、ケアレス」

 イカレた人間ばかりなので、普通の会話ができないのだ。

「あんたが変異体かはさておき、ゾンビに襲われないのも話半分として、【タイタン】相手に何をするんだ?」

「接近して観察。できれば活動状態の【タイタン】に接近して弱点を探る感じ」

「変異体に襲われる可能性は?」

「あるよ。でも仕方ないよね。【タイタン】を何とかしないと、仲間は“砦”から追い出されちゃうし。もしくはその前に大喧嘩」

 殺し合いだな。

「あんたらに勝ち目はあるのか?」

「ないない。“砦”に逃げ込む途中で、男手はほとんど死んじゃったのよ。今は女子供と老人ばっか。動けそうな子らも、勝手に外行っては帰ってこない。ジリ貧だねぇ」

「そりゃ大変だな」

 とはいえ、僕を殺しにきた奴らに同情はしない。

 とはいえ、今回の件とそれは別だ。本当に同情はしていない。

「大変なんだよね。変異体を殺すのって」

「まるで、やったみたいな話し方だな」

「あるよ~かれこれ10体くらい」

「………はぁ?」

 師匠よりやってるぞ。

「アタシはゾンビからは見えない存在だからね。大変だけどやれる。どうやったか知りたい?」

「………………知りたい」

 不本意ながら後学のため。

「はい、とりあえず出発しようか~」

 ロープを手に取り、ズリズリと女を運ぶ。

「変異体にはある程度のパターンがあってね。基本、通常の方法じゃ殺せないものが多い。他のゾンビみたいに、頭や脊椎破壊するだけで殺せる方が珍しい」

「確かに」

 僕らが殺した変異体の中で、頭を破壊して殺せたのは1体だけだ。ちなみに、僕を噛んだ奴である。

「人本来とは別の位置にある脳を探し出し、破壊するのが常套手段。ただ別のパターンもある。群体ってアタシは呼んでいるんだけど――――――」

 女の語りに熱が入り始めた時、僕の頭痛の原因が判明した。

 雨だ。

 急に曇った空から雨粒が落ちて来た。

 ここ最近は乾燥した気候が続き、完全に油断していた。

「マズい」

「え、嘘でしょ」

 雨は本当にヤバイ。ここまで生き残って来たサバイバーなら身に染みている。師匠も強く僕に言い聞かせていた。

 雨天は地獄だと。

 ゾンビが騒ぎ出す。

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