<第二章:ナイルパーチに夢を見る> 【04】
【04】
「じゃ、ごゆっくり」
リーダーは去って行った。
「おい、弁当。ほれほれ」
手招く爺。
僕は、檻の隙間から弁当を差し出してやる。
「茶」
「ねーよ」
「水」
「仕方ねぇな」
ペットボトルの水を取り出し、くれてやる。
「いただきます」
爺は、弁当に手を合わせ添えられた割り箸でむしゃむしゃと食べ出した。
「貴様は食わんのか? 儂が食ってやろうか?」
「食うよ」
腰を下ろし、僕も弁当を食いだす。
きんぴらは硬いし、コロッケはボソボソ、磯部揚げは………まあ磯部揚げだ。魚のフライだけは割と美味い気がした。冷えた米もまあまあ。
全体的に味が薄いけど、こんな世界で食える唯一の、最高の、のり弁とも言える。そう思うと大変美味に感じて来た。
爺と一緒に無言で弁当を食う。
食い終えた後、爺は――――――
「くわぁー! 不味い! こんな不味い弁当はないな!」
そんな感想を述べた。
「もっと他にあるだろ。情緒のない爺だな」
「どれだけ貴重でも、不味いもんは不味い。檻の中で食えば尚更じゃ」
「で、そこにいる理由は?」
落ち着いたので聞いた。
「貴様が帰った後、ここの連中が来てな。何でも仲間をぶっ殺した人間を探しているとか。そういうわけで、儂がここにいる」
「色々説明が足りん」
「面倒じゃな」
「面倒とか言ってる場合かよ」
生きた人間を、それも他所者を、冗談で檻に入れるわけがない。
そして、出すわけもない。
「まぁ~説明するとじゃな。殺しの手段が鋭利な刃物ってんで、儂が怪しまれた。鉈をうっかり放置したのがマズかったな。犯人と認めたら、こんなカ弱い老人を檻に入れたのじゃ」
「え、なんで認めたんだ?」
この爺も僕みたいなことしてたのか?
思った以上の危険人物じゃねぇか。
「なんでと言われたら、のり弁を食うためじゃが」
「いや、全然わからない」
「あいつらの仲間殺ったの貴様じゃろ?」
「………そうだ」
ここで否定しても仕方ない。
「だから認めた」
「おいおい、あんたに庇ってもらう理由はないぞ」
「儂もないが」
「じゃあ、なんでだよ」
意味がわからない。
「貴様、『蜘蛛の糸』は知っとるな」
「そりゃ蜘蛛は糸出すだろ」
「芥川の方じゃ。教科書に載っておるじゃろうが」
「ああ、そっち」
何となくだが思い出した。
蜘蛛を助けたら、地獄に落ちた時に糸垂らして助けてもらったとか? そんな感じだっけ。
「儂は、思い返せば恥の多い生涯を送って来た」
「それ太宰な」
「なんで芥川はわからんのじゃ」
「いいから、話進めろ」
「情緒のない奴じゃな。儂は歳じゃ。老い先短いとは思っていたが、ここ2、3日お迎えが視界の端に見えてきた。死神だな死神」
「んなファンタジーな」
「物の例えじゃ。あの世で婆さんと会えるのは楽しみだが、まともな土産話を持って行きたい。歩く死体ぶっ殺したとか、強盗を案山子にしたとか、飢えて人様の食料盗んだとか、そんなん話せんだろ。で、貴様よ」
「はぁ」
ピンと来ない。
この爺さんの言葉は何もかも。
「変なウサギの着ぐるみ男と、デカイ魚を釣り、それをフライにしてのり弁の具にして一緒に食った。笑える話ではないか」
「面白いか?」
「絵面は面白いのじゃ」
「あんたは檻の中だがな」
「そこは割愛する」
少しわかったような気がした。
「死ぬ前に善行を積んでおこうってことだな」
悪人でも、死の間際は地獄に落ちることを恐れるという。
「違うぞ。人間死んだら皆仏、行き先は極楽浄土と決まっておる」
神経ズ太い。羨ましい。
じゃあ、
「僕を助ける理由は?」
「のり弁食うためと言うたろうが、儂より先にボケるな」
「檻に入らなくても食えるだろうが」
「そこじゃ、そこが面白いのじゃ。たかが弁当のため、それも昨日あっただけの若者のため、長く生きた貴重な命を差し出す。粋じゃろ?」
「粋かどうかわからんし、やっぱり理解できん」
「貴様の理解は必要か? 結局のところ、儂がやりたいからやっただけじゃ」
「言っておくが、僕は連中に負けない」
いざとなれば“砦”の連中全てと戦うつもりだ。師匠ならそうする。
大体、爺の身代わりを用意したからって、事態が好転するのか? 僕のやったことが、リーダーにバレてないと?
「そこは否定せん。敗けるとわかって戦うなど、男子のやることではないしな。しかし、勝負は水物じゃ。慎重で損することはない。どうせ貴様、仲間などおらんじゃろ?」
「い、いないが、何か?」
「ま、予想通りじゃな」
「もしかして、シンパシーとかそんな感じか?」
「し、しんばる? 何言うとんじゃ」
「共感とか同情とか、そんな感じの言葉だ」
「日本語で話さんか。これだから最近の若いもんは」
ザ・老害なセリフが出た。
「わけわからんのだが………………つまり、あんたはあんたの勝手で身代わりになった。それでいいんだな? やろうと思えば、今から檻の鍵を壊して逃げることもできるぞ」
「止めとけ。足腰痛めたから、今の儂は亀よりも遅い」
「担げばいいだろ。何なら引きずってやる」
「それこそ、そこまでしてもらう理由がない。ほれ、さっさと帰れ。ほいで、生き方の1つでも見つけて腹括れ。儂の命を無駄にすんなよ」
「だからなぁ。そこがわからないんだって」
「年を取れば貴様にもわかる。人間ってのは、無償で同族を助けることのできる生き物なのじゃ」
「いや、有償だろ」
のり弁とか。
「こんな不味い弁当、無償と同じじゃ。帰れ言うたら帰れ、儂はここで思い出を見ながら適当に死ぬ」
「それがあんたの趣味なら、僕はもう知らん」
腰を上げた。
何1つ理解できなかった。
僕も変人だが、この爺は更に上の変人だ。師匠が生きていたら気が合ったかもしれない。もしくは、即殺し合い。
「じゃあな、爺」
「おう、ありがとな。二度と儂の前に現れるなよ」
「?」
なんかお礼を言われた気がした。気のせいだろう。
僕は、“砦”を後にした。
早めに適当な寝床を見付け、さっさと眠る。
いつも通り朝日と共に目覚め、ゾンビを狩ってポイントを稼ぎ、食料と交換して“砦”に持って行く。
気のせいか、他の人間の視線が柔らかくなっていた。
何気なく――――――視界に入った檻の1つが空になっていた。
中にいた人間がどうなったのかは知らない。
僕には、関係のないことだ。
それから3日後、ようやく獲物が釣れた。
狩場は、あの溜め池の近く。森と化した公園の傍にある小さい一軒屋。
爺の住まいだ。
2日前に偶然見つけ、いや探していたから必然か。
家の近くには新しい血痕があり、追って近くの路地裏に入ると、膝を怪我した男を見付けた。ゴーグルを付けたカラスの被り物をしている。
ハトの部下がカラスとか、普通は逆ではないか。
「お、お前」
僕に気付くと、男は敵意を向けて来る。
酷い傷だ。男の膝は、切れた衣服の間から骨が見えてる状態。出血も酷い。
「罠があっただろ? 爺の家に色々と刃物があったから使わせてもらった」
「お前がかッ!」
「そりゃまあ」
実のところ、師匠は正面で戦うよりも罠を使う小狡い戦いが得意だった。弟子の僕は、割と正面からの方が好きではあるが。
そもそも、OD社の規定では、直接倒したゾンビしかポイントに加算されない。ゾンビ相手に、足止めするだけの罠は難しいのだ。あいつら平気で自分の手足を千切ってくるし、落とし穴もかなり深くしないと登って来る。
その点、人間は手足を傷付けるだけで動けなくなるから簡単である。
「やはり、あの爺は替え玉か」
「そうだけど、自分でやるって言ったんだよな。そこがいまだに意味不明なんだ。あんた知らないか?」
「知るわけないだろ!」
あ、忘れてた。
男の靴底を確認。カラフルな粉末が付着していた。
当たりである。
「それじゃ本題。ここ最近、僕の後を付けてきたのはお前らだな」
「俺らだけと思うのか?」
「まだ家にいる連中と、あんたで全員だろ? 僕1人にそんな人数裂けるほど暇じゃないだろ」
「違うね」
否定が早い。
嘘くさい。
「2、3質問がしたい。お前らはリーダーの命令で僕を付けていたよな? 今現在お前らの中で、僕はどういう扱いなんだ?」
「怪しい行動をしたら即殺しだ。今みたいな――――――」
「今? 今、僕はここにはいない」
「あ? 何を」
「“何を”もその通りだろ。あんたらは、殺した爺の家漁ってたら、残ってた罠にやられた間抜けだ。ま、あんたが死ぬのは決まっているんだが、もうちょっと質問していいかい?」
「答えるわけねぇだろ。いいか、こんなこと長くは続かない。いつか必ず――――――ギャアアアアア!」
傷を槍で突いて黙らせた。
「いやいや、いいってそういうの」
簡単に考えをまとめる。
「リーダーが僕を怪しんでいるのは確か。でも、すぐに手を下すほど確定で怪しんではいない。人手も足りていない。そうなると、たぶん、最近の殺しについても、犯人を上げられりゃ誰でもよかった感じだな」
「………………」
返事はない。
「忘れるところだった。サメの着ぐるみ来た変な奴がいたんだが、僕がそいつといた時に後を付けてきたのもお前らか?」
無言だ。
「いや、あの時に確定されてないのはおかしいと思ってさ。もしかして、リーダーに報告してないとか? もしくは、リーダーに報告したけどいらない人材だったから見逃したとか? 僕は有能だからなぁ」
「なっ、わけあるかッッ」
「後考えられるのは、僕を使って“砦”内にいる邪魔な奴らを消させようと思っていた? 他には………ああ、思い付かないや」
馬鹿にはこの程度が限界だ。
でも、考えはまとまった。
「選ばせてやる。ここで夜になるのを待ってから食われて死ぬのと、今公園に放り込まれて食われて死ぬの、どっちがいい?」
「………うるせぇよ」
「じゃ、公園コースで」
「止めろ! おい!」
男の無事な片足を持ち、公園に向かって引きずる。
抵抗しようと手斧が投げられるも、体勢が悪くて明後日の方向に飛んで行った。
「待て! 待てよ!」
「うるさいなぁ」
男をズリズリと引きずり、公園の敷地内に侵入。
昼間とは思えない暗さだ。木々の間や、草むらから物音がする。近付いてくる。
「いいことを教えてやる! だから、助けろ! 今回のことも黙ってやる!」
「わかった。なんだって?」
「リーダーはOD社とパイプがある! 新しい遅延薬を“砦”の連中に試していた!」
「へぇ~それで?」
「は?」
騒ぐ男を置いて公園を出た。
背後から、豚みたいな悲鳴が聞こえた。
他の2人も同じように尋問した。
1人は、出血が酷すぎて話を聞く前にゾンビになってしまった。
もう1人から、似たような話を聞けた。
リーダーがOD社と繋がっているのは確かなようだ。
僕への疑いは爺の犠牲により薄まったのも確か。
以上それだけ。
「やっぱりわからん」
爺が身代わりになって理由が全く。
『気まぐれだ。意味なんかねぇよ』
「ですかねぇ」
一仕事終えた後、僕は釣り堀で糸を垂らしていた。釣れるものは何もないので、竿はぴくりともしない。
けれども、この無為な時間は良い気がした。
その日、久々に拠点に帰って眠ると夢を見た。
あの釣り堀で爺とナイルパーチを釣りあげる夢だ。どう見てもブラックバスなのだが、夢の中の僕たちの間ではナイルパーチということになっていた。
そいつを丸焼きにして食った。
かなり美味かった。
何というか、夢の中まで意味不明な爺だ。
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