<第二章:ナイルパーチに夢を見る> 【03】


【03】


 台車はガタガタで、車輪はろくに動きやしない。

 地面を擦りながら時間をかけ、“砦”に到着した。

「なんだそりゃ」

 と、入口の男に驚かれた。

「リーダーには許可貰ってる。入れてくれ」

「お、おう」

 敷地に入るとやたら注目を浴びる。

 恥ずかしいので心を無にして、豚のところに行った。

「じゃ、頼む」

「は?」

 豚に驚かれた。

「釣って来た。のり弁のフライにしてくれ」

「言ってはみたが、本当に釣って来るとは思わなかった。そもそも、これはブラックバスなのか? ピラルクーじゃないのか?」

「正直わからん。僕も釣れるとは思わなかった。ビギナーズラックってやつだ」

 ダイナマイト漁だけど。

「しかしでけぇな。こりゃ捌くの大変だぞ」

「いつのり弁にできる?」

「鮮度の問題もあるからな。今からやって、明日には出せるようにする」

「わかった。明日また来る」

 帰ろうとすると、

「おい、交換は?」

 忘れてた。

「のり弁は2人分頼む」

「もっと用意できるぞ」

「2人分でいい」

 日持ちしない食い物は多くいらない。

 それに師匠の言い付けで小食を守っている。

「他には?」

「後は、ここのリーダーに貰う」

 無欲で舐められるかもしれないが、下手に要求し過ぎると反感を買う。とはいえ注目もされたくない。ここの連中に取り入る気はあるが、仲間になるつもりは微塵もないのだ。

 塩梅が難しい。

「じゃ、頼む」

 そそくさと帰る。

 日に何度もここにいたくない。絶対に面倒なことに巻き込まれる。

 すれ違う連中のガスマスク越しでも視線が読めた。

 疑惑、敵意、排除。

 そんな感情。

 自分らの庭に汚い野良犬が迷い込んできたのだ。そんな目も向けたくなる。

「あ~嫌だ嫌だ」

 ゾンビより人間が嫌だ。

『同感だ』

「でしょうね」

『ま、俺は割り切って利用していたけどな。裏切られたらぶっ殺せばいい。シンプルだろ?』

「強くないとシンプルには生きられないもんです」

『強くなりゃいいだろ。簡単なことだ』

「強者しか言い切れんでしょうが」

『知らんな。思い込みでも強いふりをしておけ。案外何とかなる』

「ご冗談を」

 ぶつぶつ師匠と話しながら“砦”を出た。

 腕時計で時間を確認、現在15時だ。

 日の入りは大体17時、後2時間でゾンビの世界になる。

 急いで今日の寝床を探さないと。

 実はここ最近、拠点に帰っていない。適当な空き家に入り込んで夜をやり過ごしている。

 理由は、“砦”絡みだ。

 頭の中で地図を広げ、住宅街に足を運ぶ。

 狙い目は狭いアパート。できれば2階建て。一軒家や、広いマンションは、潜んでいるゾンビを見逃す可能性が高い。たまに、驚くような場所に隠れている奴がいるのだ。

 30分かけて空虚な住宅街に到着、運良く良い感じのアパートを見付ける。

 6室で一階建て、新築で、入居者募集の看板があった。

 まあ及第点だ。

 裏手に回って、どの部屋に入るか物色する。

 両角の部屋に人の形跡がある。他は空室だ。

 右手側の角部屋から始める。

 ベランダの柵を乗り越え、鎧戸とガラス戸をバールでこじ開けた。

 いつも通り、槍を構えて音を鳴らす。

 4、5分しつこく音を鳴らすも反応はない。

 室内に侵入。

 ワンルームの部屋には、女物の衣服や、コスメ、バック、アクセサリーが大量に散乱して足の踏み場もない。壁には開けていない段ボールも積まれている。

 怖い物の多さだ。

 結構な死角もある。

 神経を削りながら、槍で積まれた物を刺して行く。

 時間も気にする。

 日の入りまで残り1時間。普段ならもう、安全地点で眠る準備をしている。

 他の部屋に侵入する時間は残されていない。ここを今日の根城にしなきゃいけないが、正直かなり嫌だ。

 乾いたコロンの匂いが鼻につく。前の住民の自堕落な浪費癖が、積まれた無駄な物品から伝わって来る。

 リビングの安全は確認できた。

 次は、風呂とトイレ。

 両方ひでぇ状態だった。ゾンビとか関係なく終わってる。

 キッチンも酷い。洗い場には、乾ききったカビの付いた食器が積まれ、カップ麺の容器や、コンビニ弁当の容器が放置され、煙草の吸殻も大量に捨てられていた。

 戸棚を漁って、物資を探す気力も沸かない。

 ここを焼き払って別の場所に行きたい。

 残り時間は30分もない。

 とりあえず、スペースを開ける。

 部屋にある物をベランダに放り捨てて行く。

 役に立ちそうな物が1つも見当たらない。ゴミの中のゴミしかない。

 一通りゴミを外に捨て、こじ開けた鎧戸とガラス戸を無理やりはめ込む。防御面は問題だ。ゾンビに見つかったら終わる。

 と、

 腕時計のタイマーが一斉に鳴り出した。

 冷や汗が出た。

 いつも、この時間は肝が冷える。

 タイマーが鳴り終わる前に最終チェック。

 玄関の扉を開け、入口前にある物を撒く。緑色のビーズを細かく砕いた物だ。

 すぐ部屋に戻り、鍵をかけドアロックも掛ける。

 片付けた居間に死角はなし、ゾンビが隠れる場所もない。汚い床があるだけ。

「あ」

 積まれた段ボールを崩す。すると収納が現れた。

 槍を短く持ち変え、そこを開く。

 干からびた死体が現れる。ゾンビではないようだ。いや、死んだゾンビか? いや、動かなくなったゾンビが正しいか。

 足元には包丁が転がっており、首にはザックリとした傷がある。

『良いゾンビは動かなくなったゾンビだけだ』

「師匠、時間おしてるんですが」

『無駄口叩いてないで動け』

「はいよ~」

 念のため、死体の頭に槍を刺す。戸を締め、収納の前に段ボールを積み直す。

 アラームが鳴り終わる。

 赤い光が部屋に射し込んできた。

『じゃ、おやすみだ』

「おやすみなさい、師匠。また明日」

『お前が夜を越えられたらな』

 師匠の気配が消えた。

 腹をくくる。

 何が起きても、もうどうしようもない。

 汚い床の比較的汚くない場所に座る。

 差し込む光が消えた。

 夜闇だ。

 僕は、槍を手にしたまま目を瞑る。

 外が急に騒がしくなった。

 駆け回る集団の足音が聞こえる。続いて叫び声。遠雷、破裂音、悲鳴。

 まるでお祭りだ。

 少しだけ疎外感はあるも、大半を占めるのは嫌悪と恐怖。この比率が狂った時、僕はあの集団の仲間になるのだろう。

 汚染度を確認した。

 現在は、【38%】。まだ人間でいられる。そう考えたら、ほんの少しだけ気が楽になる。

 だが、考えてしまう。

 今後、僕がゾンビになったら外の連中と同じようになるのか? 疎外感も消えるのだろうか? 孤独も癒えるのだろうか? それとも変わらずか?

 ………馬鹿らしい。

 寝よ。

 無意味なことは考えない。

 迷いは動きを鈍らせる。大事なのは、今を生き延びることだ。

 眠る眠る眠れ。

 死を招く騒音から認識を外し、意識を閉じる。そうやって放置したら、いつも通りの朝が来る。何かあったら死ぬだけ、消えるだけ。

 結局、死って何なんだろうな。

 難しいことを考え出したら、唐突に眠たくなった。

 意識が闇よりも深い場所に沈む。

 終わる。

 また、朝に会おう自分。




「おはようございます、師匠」

『おう』

 目覚めた。

 時計を確認すると、時刻は7時。

 こんな場所でも、死んだようによく眠れた。

 でも尻は痛い。

 早く自分の寝床で横になりたいものだ。

 さて朝飯。

 水を飲んで、缶詰を開ける。中身はサバの水煮だった。腐敗はしていない。プラスチックのスプーンを取り出し無心で食う。味がほとんどなく不満。

 のり弁が楽しみになる。

 ゴミをポイ捨てして、部屋を後にした。

 こんな場所、二度と使わん。

 入口を開けると、違和感を覚えた。

『おい、よく見ろ』

「あっ」

 屈んで地面をよく見る。撒いたビーズに靴跡が残っていた。明確に残っているのは2種類。隠れた感じで、恐らくは1種類。

「3人ですね」

『まあ、適正な人数だな』

 3という数字は中々良い。2よりも良い。

 さて、今日も“砦”に行くか。



 いつも通りの場所だ。

 いつも通り不愉快で滅ぼしたい場所である。とはいえ、僕はテロリストじゃないし。進んで人を殺したい快楽主義者でもない。嫌いなモノの滅びを願う、普通の人間である。

 約束通り、食料交換所に行く。

 朝早いが、まだなら待つつもりである。

「できてるか?」

 豚に言うと。

「できてるぞ」

 のり弁が2つ出てきた。

 使い捨てのプラスチックの容器に入っている。

 ご飯は大盛りで、きんぴら、コロッケ、磯部揚げ、大きな魚のフライが載っていた。タルタルソースはないものの、コンビニのよりも豪華ですらある。

「後これもやる。燻製だ」

「どうも」

 魚の燻製も貰った。

 早速、爺に持って行ってやろう。そうしたら、さっぱりと縁を切って終わりだ。

「おい、ちょっとツラ貸せ」

 良い気分なのに、リーダーが現れた。

「なんだよ」

 また急だ。

「いいから来い」

 渋々、ハト頭の後に続く。

 周囲に人がいなければ殺せるのだが、ここは我慢だ。

 また体育館裏に行くかと思ったら逆、校庭に訪れた。ここには、養殖のゾンビが入った檻が並んでいる。ゾンビになる前の人間もチラホラといた。

 その1つの前で、リーダーは足を止める。

「ほら、こいつと弁当食う約束したんだろ」

「よう、坊主」

 檻には、ズタ袋を被った爺が入ってた。

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