<第二章:ナイルパーチに夢を見る> 【01】


【01】


 ここ最近、僕はよく“砦”に足を運んでいた。

 理由は、ここの連中に喧嘩を売ったからだ。向こうが先に売ってきたのだが、個人と集団において個人に発言権はない。

 何故にあえて、その集団と積極的に接しているのかというと、ちょい昔の師匠との会話にある。


『集団を結束させる常套手段は、外に敵を作ることだ』

『ゾンビがそうですね』

『違う。この街にあるのは、ゾンビに対抗するための集団だ。それが成り立っている以上、あいつらの敵はゾンビじゃなくて“その他”になる』

『なるほど? そもそも、ゾンビに対抗できなきゃ集団として成り立ってないと』

『そうだ。そして集団ってのは、安定すると内側から問題が出て来る。幼稚な不平不満を漏らす奴、区別と差別がわからん馬鹿、運だけで生き残ったうるさい無能』

『見てきたみたいな意見ですね』

『実際、見てきた。大小の違いはあれど、どこの集団も同じ流れだ』

『論文でも書いたらどうです? 対ゾンビコミュニティの崩落、みたいなの』

『ノーベル文学賞もんだな』

『平和賞じゃないんですね』

『ゾンビが出ちまった世界で、平和は笑えるだろ。代わりにノーベルゾンビ賞を作れ』

『話が逸れましたけど、何の話でしたっけ?』

『集団の外の敵だ』

『それそれ』

『つまり俺たちのことだ』

『どういうことで?』

『集団の外にいる個人ほど、狙いやすい敵はいない。物資が無くなった? あいつが犯人だ。誰かが死んだ? あいつがやった。不平不満が出ている? あいつを殺せ』

『個人を攻撃して、そんな特になるんですか?』

『処刑を娯楽にしていた時代があっただろ。あれと同じだな。暴力や死は、権威を示すには有効な手段だ』

『それも、ゾンビで足りないですかねぇ』

『そこが、人間のくだらねぇところだな。人の上に立つためには、人をぶっ殺したり、人を支配する力が優先される。俺みたいにゾンビ殺しが上手くても、だ~れも付いてこない。むしろ、ゾンビの同類として扱いやがる』

『師匠の場合、性格にも問題あるでしょ』

『殺すぞ、この野郎』

『それそれ』

『黙ってろ。で、俺と同じようなお前に、個人でも生き残る術を教えてやる』

『聞きましょう』

『先手を打て』


 ということで、先手を打って“砦”にいる。

 師匠の言う通りにしているだけで、今一実感はないのだが、人というものは知り合いを中々殺せないらしい。

 仲間が消えた後、自分らの拠点に怪しい人間が現れたら間違いなく疑う。

 しかし、疑い止まりだ。

 逆に、目の届かない人間の方を人は疑う。というか、師匠の集団の理屈云々が正しいなら、犯人に仕立て上げる個人は、自分らとは無関係な方が良い。

 らしい。


 今回の先手とは、“砦”の連中に僕が使える人間だと思わせること。


 まあ、長くても一ヶ月程度だ。それ以上は、僕の精神が持たんし。こいつらの仲間になる気もさらさらない。

 して、僕が使える人間と証明する手段だが、いつも通り物資の交換である。

 ただし、ブツは食料。

 ここ最近、熱心にゾンビを狩って食料に換えていた。相変わらずODの食料は適当で、規定のカロリーを満たしていれば素材そのものを送り付ける。

 料理の腕が皆無の僕にとって、バリケードにもならない物資である。


 体育館の隅、そこに“砦”の食料交換所がある。

 ボロい会議用のテーブルに、持ってきた食料を置く。

 今日の物資は、サラダ油、オートミール、小麦粉、蕎麦の実だ。

「おーおー、あんたまた、色々持ってきたな」

「カップ麺か、スナックと交換してくれ。簡単に食える物なら何でもいい」

 豚の被り物をした男が、背後の段ボールを漁る。

「カップ麺は品切れ中だな。カップ焼きそばならあるが?」

「じゃ、それ」

 豚は、カップ焼きそばを3個置く。

「後は、エナジーバー、羊羹、ラベルが剥がれて中身がわからん缶詰。こんなところだな」

 豚が置いた食料を確認。

 全て賞味期限切れで、量でいえば僕が持ってきた食料の5分の1くらいだ。しかしまあ、そのまま食えるし問題ないか。前回の交換量はもっと少なかったし。

 食料をバックパックに入れていると、

「あんた、食いたい物はあるか?」

「食いたい物?」

 豚にそんなことを聞かれる。

 こんな世界になってからは、食う物を選ぶ生活はしていない。純粋な食に対する欲求は失っていた。

「あんたの食料には助かっている。うちも人が増えて、食料は幾らあっても困らない。大したもんは作れねぇが、そんなインスタやスナックよりはマシなもん食わせてやれるぞ」

「いいなそれ」

「いい?」

 クソ映画集めにプラスして、“食べたい物を食べる”を“死にがい”に追加してみるか。そも、1つだけとは師匠も言っていない。

「それじゃ………」

 軽く考え、思い浮かんだのは元の世界でよく食べていた物。

「のり弁。コンビニで買えるみたいなの」

「のり弁か。米、海苔、おかかはある。きんぴらも作れる。コロッケと、磯部揚げもいけるな。あ~しかしあれだ。魚のフライがない」

 魚のフライがないなんて、のり弁ではない。

「何の魚だ?」

「白身魚のフライっていや、ナイルパーチだな」

「どこで釣れる?」

「この街じゃ無理だ」

「無理か」

 いきなり頓挫した。

「あ~待てよ。どこぞの溜め池に、ブラックバスが放流されて問題になってるとか聞いたな。ありゃどこだったかな?」

「ブラックバス? ナイルパーチの代用魚なのか?」

「味的には似たようなもんだ。まあ、聞いておいてやる」

「そうか。頼むぞ、のり弁。食料はまた持ってくる」

「おう。また頼む」

 豚に挨拶をして、帰ろうとしたところ。

 背後に、“砦”のリーダーがいた。

 気配が全くわからなかった。

 古臭い革のジャケットを着た大柄の男だ。

 消化斧を肩に担い、黒いハトの被り物をしている。

「よう、ウサギ。ちょっとツラ貸せ」

「………………」

 あれ? 師匠の考え間違ってた?

 リーダーに連れられ、体育館の裏へ。

 サメと出会ったガラクタの前に行く。

 何故だか、リーダーはガラクタの山に登り、上から僕を威圧してきた。

「最近、よく見るな」

「どうも」

「てめぇは、あいつと同じで他人とつるむ人間じゃねぇだろ。何が目的だ?」

「習慣、いや週間的に人と関わってみようかと」

「俺らの仲間になりたいってことか?」

「それはない」

 人間、死ぬ時は1人だ。

 僕は1人で死ぬ。それだけは覚悟しているし、別の可能性を期待してもいない。

「挨拶と戯言はこんなもんでいいか。うちのもんが何人か行方不明になっている。てめぇが出入りする前後でな。………殺ったろ?」

「知らない。本当にマジで、誓っても知らない」

 降参のポーズをする。

 師匠が間違っていたら、ここでこいつぶっ殺して、残りの時間は“砦”の連中と追いかけっこだな。

 う~む、それはそれでよくない。“死にがい”をなんも完遂できない。

 てか、護衛も付けず僕とサシってことは、腕に自信があるのだろう。単純に、僕負けて終わり? そういう最後もあるかぁ。

 まあ、なるようになれ。

「ボケかトボケか。てめぇのそういうとこ、あいつの弟子らしくねぇな」

「事実を言っているだけだ」

「そんな殺気出して、嘘を言うか」

 リーダーは、斧を僕に向けて来る。

 まだ、あくまでも無害を装う。

「殺気とかわかるの? あんた漫画の人みたいだな」

「………ま、てめぇを吊るすのは簡単だが、運ばれる食料が減るのは困る」

 意外にも斧は下げられた。

 ただの脅しだったのか? 揺さぶってボロ出させようとしただけか? わかんねぇ奴だ。気に食わない。

「じゃ、疑いは晴れて僕は無罪ってことで?」

「推定な。調子に乗るんじゃねぇぞ」

「ハハッ、乗ってないよ」

「気に食わねぇな」

 お互い様。

「しかし、だ。馬鹿な真似したら、てめぇは真っ先に吊るす。あいつには貸しがあったが、てめぇにはねぇ。勘違いすんじゃねぇぞ」

「貸し?」

 え、こいつ師匠と関係あったのか?

 全く聞いてないんだが。

「知らねぇのかよ」

「教えてくれ」

「言うわきゃねぇだろ」

 残念。

「じゃ、僕は帰るので」

 正直、人の多い場所はストレスなのだ。このストレスを解消するために、ゾンビを狩っている。なんという無限ループ。

 踵を返すと、僕の足元に斧が投げ付けられた。

 5センチずれてたら、足が縦に割れているところ。

「誰が帰っていいと言った」

「なんだよ」

 やっぱ殺すか。

「使え」

 ガラクタの山から、リーダーは何かを放り投げた。

 受け止めると、釣り竿だった。

「は?」

「ここから南。中央公園沿いに溜め池がある。釣ってこい。独り占めするなよ」

「………………は、はあ」

 なんだそりゃ。

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