<第一章:ゾンビは一日にしてならず> 【05】
【05】
「こんな感じか?」
「もっときつく!」
「もっときつくだな」
「うごごごっ、そ、そんな感じ!」
「お前、なんか面白い状態になってるぞ」
「構いませんとも!」
僕は、リラックスチェアにサメを縛り付けた。
ロープでグルグル巻きになった姿は何というか、
「サメハム? いや、サメチャーシューか」
「つまり、カマボコってことですね」
「そこは、サメなのに焼き豚とはって、ツッコミ入れるところだろ」
「カマボコにも、ツッコミ入れてくださいよ」
「カマボコには、サメ入っているだろ」
「実はカマボコにサメが入っているんですよ」
「いやだから、知ってるが」
「何でですか!」
「社会科見学だよ」
「もしかして、ウサギさん。学校とか真面目に行く人間なんですか?」
「皆勤賞だが」
無駄に休んでいない。
「フッ。私は、逆皆勤賞ですが」
「逆ってなんだよ。ただの不登校だろ」
「一日たりとも登校していないので、逆皆勤賞でしょうが」
「皆勤の意味調べてこい」
「ま、私。学校行かなくても、頭は良かったですけどねッ」
「………良かったね」
ともあれ、サメの拘束は完了。
「リモコンの操作はできるか?」
「はいはい。問題ないでーす。再生しますよ~」
最後の映画が始まる。
最初に流れたのは、綺麗な山とか川の環境映像だ。
長いオープニングは、ずっと環境映像だった。
次は、自宅で白人の男女が会話しているシーン。
さっきの僕らくらい中身のない会話。伏線なのかもしれないが、聞いてるそばから忘れてしまう内容。
映画が始まってから30分経過。
男女のダラダラとした会話が続き、今のところ何の映画かさっぱりわからない。
テレビでニュースが流れ、何か大きな自然災害が発生したと情報が流れる。しかし、男女の行動は遅い。
頭に入らない会話がまだまだ続き、かなりスローペースでやっと男女は避難を開始する。
道中、ムキムキの黒人が仲間になり、街から逃げ出す3人。
何故か、自転車で。
話がつまらなくて聞き流してしまったのだが、何かあって車は使用不能なのだろう。
そして、ロケーションは山へ。
遠くの街は、安っぽいCGの雷に襲われていた。今日日見ない低クオリティのCGで笑ってしまう。
それ以外は、今のところ何も感情が動かない。
映画が始まってから50分近くが経過している。
たまらず聞く。
「おい、サメ」
「何ですか?」
「最後がこの映画でいいのか? それとも、後半から急激に面白くなるのか?」
「ならないですよ」
「この調子で終わるの!?」
いいのかそれ?
「あ、この映画の最大の見せ場が始まりますよ」
やっぱあるのかよ、見せ場。
自転車に乗った主人公たちの前に、強面の男たちが立ちはだかる。
なんの説明もないが、たぶん野盗だろう。恐らく。
盛り上がれという感じのBGMが流れた。
主人公たちは、割と余裕で逃げ切る。
そりゃ自転車と徒歩じゃ自転車の方が速い。
「え? ここ?」
「ッ、う、ううっ」
サメは、泣いていた。
「どこに泣く要素があった? 説明してもらえるか?」
「この映画、ネタにできないほど酷くて、けれども今のシーンだけはみんなで馬鹿笑いしたのです。映画7本も連続で観た締めだったから、変なテンションだったのは間違いないのですけどね。でも、ブフッ。自転車て。予算がないなら徒歩にすりゃいいのに、なんでそこ自転車? 役者さんもみんないい歳だし、そんな人らが真剣な顔で自転車漕いで逃げるとか、もう全てがツボでツボで。後日、冷静になったら何がおかしいのか意味不明でしたけど。でも、うん、改めて見たら悪い映画じゃないですね」
こいつが観ていたのは、映画じゃなくて思い出か。
そりゃ、僕が楽しめるわけがない。
この世でこれを楽しめるのは、もうサメだけだろう。そのサメがゾンビになったら、誰も何も感じない映画になる。
そう思えば、
「悪い、映画じゃないのかもな」
「いや、悪い映画でしょ」
「おい」
気を使ってやったのに。
「数多あるクソ映画の中でも、駄目な部類ですね。変に真面目に作ろうとしているのがよくない。節々に良作を作ろうとして諦めた感じも見えます。クソならクソでいいんですよ! もっとネタに吹っ切れてくれないと私たちは困る!」
「………は、はあ」
変な愛好家の中でも色々あるんだな。
知らんけど。
サメは黙り、僕も黙り、2人で映画を観続ける。
短いようで長い時間が流れた。
サメの言う通り、駄目でクソな映画だった。
映像、キャラクター、ストーリーと、その全てが学生映画の方がマシなレベル。値段付けて売ってよいものじゃない。
オチもあってないようなもの。
スタッフロールの曲がやたら明るくて腹が立つ。
「本当に、これが最後の映画で良かったのか?」
「良かったです」
と、サメ。
「お前が良いなら僕から言うことはないが」
「ウサギさん。右下の棚に、スターウォーズや、ロードオブザリングや、ターミネーターやら、インターステラーとか、他良作を隠してあるので後で見てもいいですよ」
「あるのかーい」
普通の映画が。
「悪かったですね。変な映画ばかり付き合わせちゃって」
「まーな」
「時間があったら、普通の映画も観れたんですが」
「時間があったら、僕みたいなのに声かけなかっただろ」
「それは一理あります」
「あるのかよ」
「アハハ、ハハっ、ハハハハハハハハッッ! ………………ハハ」
サメは、大笑いして急に黙り込む。
僕は、槍を手にした。
「おい、サメ」
「ウサギさん。眩しいので、部屋の明かり消してもらえます?」
「おう」
僕は立ち上がり、部屋の電気を消した。
暗闇の中、スクリーンには長いスタッフロールが流れている。
「おい」
返事はない。
「おい!」
返事はなかった。
「おい、サメ」
3度目の呼びかけで、サメは獣のような鳴き声を上げた。ロープを揺すり暴れる。着ぐるみの中から歯をかち合わせる音が聞こえた。
槍を振り上げる。
何故か、動きが止まる。
『さっさとやれ』
師匠が言うも動けない。
変な汗が流れて手が震える。
『簡単に情が移りやがって、馬鹿野郎』
「拘束している。ポイントにも余裕がある。この部屋を汚したくない。殺す必要あります?」
『そいつはもう死んでる。誰かを殺す前にやれ。それが責任だと、お前の口から出た言葉だぞ』
「うるせぇよ。僕の好きにさせろ」
『最初からそう言え』
師匠は黙った。
僕は、槍を降ろす。
これはもう、動く死体から人を襲う死体になった。殺すのは、知り合った僕の責任だ。
わかってはいるが、こいつともうちょっとだけ映画を観たい。
せめて今日だけでも、いいや僕の汚染度が危険域に近付くまでは。
「――――――」
なんか、友人になれそうと思った直後にこれだ。人生ままならねぇ。
『人間、死ぬ時は1人だ』
「このサメには僕がいたでしょ。後、師匠にも僕がいましたが?」
『だからと言って、お前がそうだと思うな。普通は後ろから刺されて終わりだ。ほら、耳をすませろ。クズ共の足音が聞こえるぞ』
幻聴ではなく、足音が聞こえる。
乱暴に地下室の扉が開き、ガスマスクの一団が現れた。
数は6、先頭のガスマスクはサンタの恰好をしている。
「あ、“砦”の物売り」
こういう時は、物分かりの良い馬鹿を演じるに限る。
「よう。リーダーから聞いたぞ、お前あのサイコ野郎の弟子らしいじゃねぇか。あいつには、うちの連中も相当痛い目に合わされている。とはいえ、済んだことだ。上手いこと取り入ったみたいだし、助け合いと行こうじゃないか」
ウサギの着ぐるみを被っていて良かった。
顔を見られていたら、何を考えているか一発でバレる。
「この部屋にあるのはガラクタだけだ。発電機とソーラーパネル場所を教える。分け前は半々でどうだ? 発電機はやるが、その分“砦”の物資を交換ということで」
誰かが笑った声を、僕は聞き逃さなかった。
サンタクロースは頷く。
「良いだろう。半々だ」
「じゃ、案内する。ついてこい」
ガスマスクたちを連れて地下室を出た。あの部屋を汚さなくて少し安心した。
屋上に続く階段を上りながら、僕は槍をバックパックに挿す。
足を止めた。
『こいつらはいいのか?』
「そりゃそうでしょ」
振り返ると同時、コートに隠した山刀を引き抜く。
師匠の隠し武器だ。
なるべく、殺しがバレたくない時だけ使う得物。
「って」
ガスマスクたちも、各々が武器を構えていた。手斧に、シャベルに、鉄パイプや、大振りのナイフが見える。
「最初から殺る気なら、一斉に襲ってくりゃいいだろうに」
「オレらも、あの部屋を荒らしたくないのさ。映画なんて久しぶりだからな」
「あそこにあるのは、クソ映画ばっかりだぞ」
「クソはお前だろ」
凄く安心する。
こういうクズばかりなら、僕は常にハッピーでいられる。
「じゃ、生き残った奴が総取りってことで」
戦闘開始。
『俺のように強くもないくせに、何故にこんな馬鹿なことをするのやら』
「さぁ、何故でしょう」
ヨタヨタと地下室に戻って来た。
一応、勝った。
しかし、山刀が折れた。刃物の扱いは難しい。
「なんで師匠は、あれでスパスパ斬れたんでしょうかね」
『筋肉』
「単純」
『お前も鍛えろ』
「ゾンビになると思うと、筋トレする意欲が湧かなくて」
『それよりもお前、肩に手斧付いてるぞ』
「え? あ、ああ」
左肩に手斧が刺さっていた。
バックパックからアルコールと包帯を取り出す。無理やり手斧を抜いて、傷口にアルコールをぶっかけ、服の上から包帯を巻く。
応急手当終了。
たぶん、深い傷だ。拠点に帰ったら縫わなきゃな。
ピピ、ピピピ、ピピ、ピピピピ、4つの腕時計のアラームが鳴る。
もうすぐ、夜が来る。
僕らの時間は終わりだ。
地下室の扉の前に、リラックスチェアを積む。サメが座っている物を覗いて。
これで侵入されたら逃げ場はない。僕のモラトリアムは終わり、ゾンビになる。思えば、その程度だ。感染拡大前から終わっていた僕の時間が進むだけ。元から懐かしむ思い出もないし、戻りたい世界もない。
むしろ、今の方が“生きてる”って気がする。
でも、サメ。
お前が少し羨ましいよ。
「………映画を観ますか」
発電機の充電を確認したが、たぶん2時間くらいは持つ。
1本、何を観ようか?
「なあ、サメ。何かおススメは?」
『………………』
「だろうな」
返事はなかった。
「あ~あ、寂しいなぁ」
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