<第一章:ゾンビは一日にしてならず> 【04】


【04】


 地下には、立派なホームシアターがあった。

 大画面のスクリーン、足置き付きのリラックスチェアが7個、床にはフカフカの絨毯。そして壁の棚には、とんでもない数の映像メディアが並んでいる。

 何となく、タイトルを目で追う。

「………………」

 変な映画ばかりだ。

 有名タイトルと微妙に似ている物も多い。

 何故にアルマゲドンが8タイトルもあるのか? 2007年から2013年の間、毎年地球に隕石が落ちているのだが。

 エイリアンが変なのと戦わされている。

 トランス………モーファーって何?

 後、サメの映画が多いこと多いこと。

 メカとかタコとか幽霊とか嵐とかトイレとか、発想が自由過ぎてついていけない。適当にサメを追加しただけじゃないのか?

 こっちのサメは、懐かしそうな雰囲気で棚を眺めていた。

 こいつにとっては、まともだった世界の名残なのだろう。

 僕は、棚を眺めていてあることに気付く。

「ゾンビ物は?」

 ありそうなのに1つもない。

「処分しちゃった。流石にね、もう昔の気分で観れないかなぁと」

「そういうものか」

「他人事じゃないからねぇ」

「それは確かに」

「………さーて、ウサギさんに何を見せようかなぁ。『プラン9・フロム・アウタースペース』とか、『死霊の盆踊り』は、ちょっとレベルが高いかなぁ」

「その2つ見せられたら、僕は間違いなく寝るぞ」

 20世紀を代表する酷い映画だ。

「お、エド・ウッドはご存知で?」

「エド・ウッドを題材にした映画は観た。興味が出たから、映画の方を観てみたが5分持たなかったな」

「ウサギさん、かわいそうに」

「急に同情するなよ」

 あれ観て眠くなるのは、人として当たり前の現象だろ。

「ああいう映画は、楽しみ方にコツがいるんですよ。それを知らないで生きていたとは、いやはや嘆かわしいですなぁ」

 なんかムカつく。

「まともな映画はないのか? ロードオブザリングとか、ハリーポッターとか、タイタニックとか、七人の侍とか、スターウォーズでもいいぞ」

「また長いのが好きですね」

「映画は長い方が良いだろ。暇を潰せるし」

「わかりました。そこのとこ意識して選びます。充電まで、まだ3時間くらいかかると思うので休んじゃっていいですよ~」

 僕は、リラックスチェアに足を伸ばして座る。

 バックパックを背負った状態でも、拠点のベッドより寝心地が良い。

 このまま眠りたい気持ちすら湧いてくるも、そんな馬鹿なことはしない。今日出会ったばかりのサメの前で眠るとか、アホのすることだ。サバイバーのすることじゃない。

 しかし、隙を見せてから奴の黒さをあばくのも手か。

 ちょっとだけ眠ったフリをしよう。

 あくまでもフリ。

 目をつぶるだけ。

 ウサギの被り物してるから、表情なんてわからんが、そこは気分だ。

 ほんのちょっとの間、眠ったフリを――――――


「ハッ」


 やっっばい完全に寝てた。

「いやぁ~よく眠ってましたねぇ。滅茶苦茶、寝言がうるさかったですけど」

「ぼ、僕はお前のこと信用したわけじゃないからな! 勘違いするなよ!」

「なんすかそれ。平成アニメのネタ?」

「で! 充電は!?」

「それはもう、しっかりと」

「さっさと見せろ!」

「はいはい、それじゃ最初の映画はこれ」

 僕と同じように、リラックスチェアに座ったサメがリモコンを操作する。

 最初の映画が始まる。

 それは………………酷い映画だった。

 保険会社の重役である男が、田舎で新米警官の女と出会う。

 女に誘われ、妻がいながらも関係を持った男。ところがこの女。悪とかそういうのではなく、単純に酷い。

 警官なのに、酒の入った馬鹿な大学生のノリで、銃を触ったこともない男に無理やり持たせて暴発事故を起こした。

 場所がモーテルだったので通報され、女の同僚が現場に駆け付ける。

 女は男を連れて逃げ出した。

 男は自首するよう女に言うも、職を失うことを恐れた女は拒否。関係を持ったことを、男の妻に言いふらすと脅す始末。

 価値観や意見のすれ違いがあった男と女の関係は、女が男を射殺することで終わる。

 その後、女は自作自演の嘘話で乗り切ろうとする。

 男に誘拐監禁暴行され、なんとか銃を奪い返して撃ち殺して逃げたのだ、と。

 世の中そんなに甘くはなく――――――いや、だだ甘かった。

 報道は女の味方。

 同僚も女の味方。

 世の全てが女の嘘を信じていた。

 唯一、男の無実を信じる男の妻だけが、泣きながら夫はそんなことする人間ではないと言うも、FBIとかの偉そうな男が『男ってそういうものなんで』と返す。

 映画のラストシーンでは、爽やかな顔で車を運転する女が映されていた。

「え? 本当にこれで終わりか?」

「え? 終わりですよ」

「最後にどんでん返しとか、奥さんの復讐劇とか、決定的な証拠が出て来るとか、あるだろ。なんか」

「ないですよ」

「あ、わかった。続編があるんだな」

「ないですって、これで終わり。浮気した男は死すべし。そういう教訓です」

「どう考えても女の方が悪いだろ! てめぇから誘っておいて、馬鹿なミスしたら男殺して帳消しとか、最後の爽やかな顔が腹立つな! 割と美人なのも余計に!」

「フフッ、ウサギさんわかってくれましたか。この映画の醍醐味が」

「………は?」

「溢れ出るツッコミどころ。登場人物たちの雑な動機。愚かな脇役たち。パッとしない寂れたロケーション。そして、ヘタレな男と、馬鹿な女。これをB級映画と言わずして何を、B級映画と言いますか」

「ただ不愉快な女が出ただけの映画だ。B級とかのレベルじゃない」

「そこまで全否定しなくても、我々の中では結構な評判なんですよ。誰が見ても腹が立つって意味では」

 軽く瞑想を行う。

「………よし。記憶を消したから次の映画にしろ」

「変な特技持ってますね」

 記憶を消したい映画もある。

「じゃ、次はこれ」

 次の映画は、一言でいうなら意味不明だった。

 主人公である十代の少年の元に、ウサギの着ぐるみを着た謎の人物が現れる。ウサギは、『28日6時間42分12秒後に世界は終わる』と告げた。

 少年にしか見えないウサギと共に、淡々と日常が過ぎ――――――少年はなんか死んだ。

「………………何これ」

 2時間近く映画を観たのは確かだが、何も記憶に残っていない。

 まるで記憶を消されたかのようだ。

 サメは、ソワソワしながら言った。

「なぜ、ウサギの着ぐるみを?」

「お前は、なぜサメの着ぐるみを?」

「コレコレぇ!」

 サメは足をバタつかせて喜んだ。

「お前、このやり取りをしたいがために、僕にこれ見せたのか?」

「え、はい」

 凄い疲労感を覚えた。

「次頼む。娯楽性が高いやつだぞ。胸糞悪くなるのとか、カルトっぽいのとかはいらないからな!」

「次、とっておきのをいっちゃいますか。サメ映画です」

「おい待て、先にあらすじを言え」

 僕の目に入った物だけでも、十分にアレだったのに。

「なんとこのサメ、頭が2つあります!」

「却下だ」

「何でですか! 頭が2つで強さもダブルですよ!」

「そんなわけあるか!」

「じゃあトリプルでは!」

「増やしても意味ないだろうが!」

「ファイブもシックスもありますが!」

「あるのかよ!」

 絶対、弱くなってるだろ!

「はぁ~しょうがないなぁ。邪道が好きそうなウサギさんには、この映画。なんとこのサメ映画には、サメが出てきません!」

「サメ出てこないなら、サメ映画じゃないだろ」

 詐欺じゃないか。

「高尚な文学的な作品ですよ? サメ映画の定義を問う作品でもあります」

「別のやつを頼む」

 どうせそれ、予算の都合だろ。

「ッはぁぁぁぁ~娯楽性が欲しいのですね。そんなあなたにはこれ、古代から復活したメガロドンが大暴れす――――――」

「たぶん、観たことあるからいいや」

 ハゲが主役のやつね。

「メガロドンが嫌いな男の子がいるんですか? ウサギさん、実は女?」

「偏見は止めろ。あくまでも、今はいいってだけだ。別に嫌いでもない」

 好きでもないが。

 サメは怒りながら、次の映画を取り出す。

「それじゃ! これはどうです!? 忍者が出ます!」

「うん、そういうのは目に見えていいや」

「なんでなんですか!」

「サメと忍者を合わせて、面白くなる予感が全くないからだ!」

「偏見!」

「事実だろ!」

「確かに面白くはないですけど、楽しみ方はあります!」

「はい、次!」

「はい、次いきますよ! このサメ映画は、井戸です!」

「次!」

「はい! 砂浜を泳いでます!」

「サメじゃなくていい!」

「タコと合体! 斬新!」

「設定は好き!」

「悪霊と化したサメ!」

「だから、混ぜんな!」

「混ぜてなんぼです! メガとメカが戦うVSシリーズ!」

「次!」

「はいこれ!」


「!? !!」

「!! !? !?」


 ――――――

 ――――――――――――

 ―――――――――――――――


 サメによる、サメ映画紹介だけで時間が過ぎていた。

「つまり、もう何でもありなんだな」

「それがサメ映画なんです」

 サメは、満足していた。

 僕は、疲弊していた。

 こんなに人と話したのは何年ぶりだ? 顔面の筋肉が痛い。

「あ、ヤバ」

 サメは、手首を捲って時計を確認した。

「ウサギさんには、まだまだ紹介したい映画があるんですけど、サメ映画はキャンセルして、最後の映画を観ましょうか」

「最後?」

 僕も、時計を確認する。

 時刻は13時だ。陽が落ちるまでには、まだ時間がある。何なら、ここに泊まれば拠点に帰る手間も省けるから、映画3本分くらいの猶予はあるはずだ。

「実はですねぇ」

 サメが見ていたのは、【コルバ】だった。

 つい、ここがそういう世界なのを忘れていた。

「汚染度がほら」

 サメの汚染度は97%、末期の数値である。

「遅延薬は?」

「今朝、全く効果がなくなりました」

「………」

 そりゃ、僕みたいな怪しい奴にでも話しかけるよな。

「最後の映画を観る前に、ウサギさんにお願いを1つ聞いてもらっていいですか?」

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