<第一章:ゾンビは一日にしてならず> 【03】
【03】
普段、近寄らない場所に来た。
駅側のビジネス街だ。
4、5階程度の背の高いビルが並んでいて、荒れ模様は僕の近所とは比べ物にならない。戦火の後のようである。
道路には、焼け焦げた廃車の列が大量にあった。感染初期に街から逃げようとした痕跡だ。あの下を覗けば、何匹もゾンビがいるだろう。下手に近付けば引きずり込まれる。
「………あれは、なんだ?」
変な物が目に付いた。
廃車の中に、丸く巨大な肉の塊があった。集合したゾンビにも見えるが、あんな風に陽光の下で待機しているのは見たことがない。
「最近現れた【変異体】。私は【タイタン】って呼んでる。今は休眠状態だけど、動き出したらヤバイよ。超でかいゴリラ、いや、雪男。ビックフット。むしろ、禿げたイエティ?」
と、サメ。
「狐面の連中がやられたってやつか」
「よく知ってるねぇ」
だとしたら、“砦”は長くないかもな。
【変異体】に限らず、ゾンビは狩り逃した獲物に執着する習性がある。普通、遭遇したら死ぬか殺すかなので、知らない人間も多い習性だ。
「“砦”の人たちが、日中に焼いたり、刺したり、叩いたりしていたけど、ノーダメージみたい。まさに無敵ゾンビって感じ、どうするんだろうね」
「どうでもいいな」
「まっ、今は映画だよねぇ」
「そうだそうだ」
そのために、こんな危険な地域まで足を運んだ。
「の前に、ちょ~~~っと頼みごとがあるんだけど」
「………………」
まあ、そんなすんなりとは行かないよな。
「ここッ、ここの1階にポータブル電源があるんだよね」
サメと歩き続け、到着したのは3階建てのビルだ。
1階がシャッター付きの駐車場になっており、その上は美容院。更に上は興信所。一見して、特に漁ろうと思わない建物である。
「電源だけあっても無駄だろ」
「もちろん、ソーラーパネルもあるから」
「そりゃ重畳。で、僕に何をさせたい?」
そのために呼んだのだろう。
「中のゾンビを一掃して欲しいなぁ、と」
「それならまあ、何体くらいいる?」
「6人とプラス何体か?」
「ちょっと周囲を見回る」
サメを置いて、僕はビル周辺を回る。
「どう思います? 師匠」
『さあな。不安ならぶっ殺して帰れ』
「それはどうかと。あんま悪そうな奴には見えないし」
『悪そうに見える奴は、臆病な奴。見えない奴が、本当の悪だ』
「至言ですね~」
開けっ放しの窓を見付けた。
ガラスは無事だ。開け閉めできる。
中を覗くと、廃車が2台停まっていた。その奥には深い暗闇。
建物の中は、日中のゾンビが好む環境だ。視界にはいないが、多そうな気配を感じる。
やるならここだな。
隣の建物との間隔は2メートル、周囲は影があって良い感じの薄暗さ。餌次第では、暗幕なしでも呼び出せる。
『あのサメを信用するのか?』
「一応。裏切ったら、師匠の言う通りぶっ殺せばいいだけだし」
『その前に、お前が殺されたら終わりだぞ』
「ハハッ、もう終わってる奴に何を言いますか」
周囲の確認終了。
出入口は、人が入れそうな窓が2つ。施錠された裏口が1つ。後は、正面のシャッターといったところ。
「行ける感じですかねぇ?」
「まあまあ、行ける感じだ」
バックパックを降ろして、バールと折りたたみノコギリ、釘の入った箱を取り出す。
「そこらのバリケードやガラクタから、木製の家具を集めて来てくれ」
「ラジャ」
僕も木材探しをする。
近くに良さそうな机が落ちていたので、バールで雑に破壊してからノコギリで形を整える。ついでに槍の補給もする。
「こんなんでいい?」
サメは、椅子を4つ担いできた。
「ああ、適当に壊しといて」
サメは、椅子をコンクリートにぶつけて破壊した。
10分ほど、そんな作業をして材料を入手。
2つある窓の1つに、木材を打ち付けて封鎖。裏口にも板を打ち付け、簡単に開けられないようにする。
椅子や机の脚で、短い槍を5本作った。
まだ材料はあるが、たぶん足りる。
本日、2度目のゾンビハントだ。まあ、そんな日もある。
「これで、つまり何を?」
「名付けて、窓際作戦」
「は、はぁ」
サメはピンと来ていない様子。
ある程度のゾンビハンター。いや、サバイバーの方が格好いいか。うん、サバイバーだ。
なら、察すると思うのだが。
「ちなみにサメ、お前って普段はどういう風にゾンビを殺しているんだ?」
「いそうなところに叫びながら突っ込んで撲殺する」
バーサーカーか。
サメの恰好でそれやると強そうだな。
他のサバイバーって、僕が思うよりも馬鹿なの? 師匠がずる賢いだけ?
『一言余計だ』
「え? 何?」
「気にしないでくれ」
サメに作戦を伝える。
「やり方は簡単。1個しかない窓にゾンビをおびき寄せ、這い出てきたのをやる。以上」
「シンプルッ」
「シンプルに思うかもしれないが、“ゾンビとは、動きを止めて刺せば殺せるのだ”。余計な策などいらないね」
「至言ですねぇ! ウサギさん!」
「まあな」
人の受け入りだけど。
サメと一緒に窓際に移動。
「あの、1つ疑問が。どうやっておびき寄せるので? ウサギさんの生き血?」
「普段は音で呼ぶ。けど、今回はいらないだろ」
立派な餌がここにある。
「は?」
サメの首を掴んで、窓際に突っ込ませた。
「オロォオオオオオオオオオオオ!」
と、闇の奥から声と足音。
「ぎええええええ!」
悲鳴を上げたサメを引っ張り、ゾンビを釣る。
3体のゾンビが、上半身を窓から出した。僕は、窓の上部に余った木材を差し込む。ぎゅうぎゅう詰めの状態になり、ゾンビの動きが止まる。
「よし」
「びっくりした! びっくりしたんですが!」
「サメ、このゾンビたちと初対面じゃないだろ?」
このゾンビは、僕の方を見向きもしないでサメに手を伸ばしていた。
考えられる可能性は2つ。
1つ目は、さっき言った“狩り逃がし”。
2つ目は、恨み。
面白いことに、ゾンビになっても恨みは残る。人間の業が死体になっても残るとは皮肉だ。なので、殺す時は2回殺すことをお勧めする。
「………えーと、返答次第じゃ殺す感じ?」
「僕は殺さない。このゾンビを押さえている木材を手放す」
「実質、殺すでは!?」
「安心してくれ。ゾンビシャークになったら殺してやる」
「そんな素敵なB級タイトルなぁ」
「手が疲れてきた」
ゾンビでみっちりの窓枠も限界そうだ。
「言います言います! 彼らは元仲間! ここは私の元アジト! ウサギさんに頼んだのは、自分じゃ仲間を倒せないから! はい、言った!」
「ポータブル電源があるのは嘘か?」
「嘘じゃない! あるよ! 私たち映画好きの集まりだったから!」
「あー」
軽く逡巡。
まだまだサメは怪しいが、物資があるなら進む価値はある。
槍を短く持ち、連続でゾンビの頭を貫く。
『お前も甘いな。それとも、孤独が嫌か?』
「なんですって?」
「独り言だ」
殺したゾンビを蹴ってどかし、窓を開ける。
「殺すのは僕がやるから、お前は呼べ」
「つまり、続行ということで?」
「呼べ」
「ひゃ、ひゃい。お、おーい。みんな~」
サメが呼ぶも反応はない。
「名前呼んだらどうだ? 本当に仲間だったのなら」
サメは窓に頭を突っ込んで、今しがた僕が倒したゾンビの顔を見る。
「カノ、ユキジ、ヒロ~。私だよ~帰って来たよ~。ナグモとキサラギとドミは先に逝ったよ~~~おーい!」
スラスラと名前が出た。
仲間かどうかはさておき、知り合いの可能性は高いかもしれない。
奥の方から足音が聞こえた。
気付いたサメは退くが、1体のゾンビが窓から飛び出てサメに飛びかかった。
「カノ!?」
小柄な女のゾンビだった。
可愛かった面影が、腐りかけの顔からわかる。短い槍を手にして、ゾンビの脳天に振り下ろす。おまけで首をへし折り、サメから引き剥がした。
新しい槍を構える。
数分待つが、ゾンビは現れない。
『厄介だな。学習能力が残っているなら、【変異体】かもしれない』
待てるゾンビとは、戦わないのが吉なのだ。
普段なら僕も逃げてる。
「残ってるのは、ユキジとヒロだっけ? そいつらの体長体重を教えてくれ」
「ユキジは180くらいで筋肉質の女子。ゾンビもかなり倒していて、みんなのリーダーだった。ヒロは、私くらいの身長で太り気味の男子」
180と155くらいのゾンビか。
そのサイズなら、隠れる場所は限られてくる。
「しょうがない………行ってみるか」
予備の槍をバックパックに差し、窓から建物の中に侵入する。
即、周囲の車の下を確認。死角も覗く。
人影はなし。
すり足で奥に進もうとすると、窓の閉まる音を聞いた。
『ほらな』
サメが窓を閉めていた。
「………………」
沈黙の後、サメはゆっくりと窓を開ける。
僕は、一旦外に出てサメの胸倉を掴んだ。
「意味がわからんのだが、説明してみろ」
「頼んでおいてなんですけど、やっぱ昔の仲間が殺されるのは良い気分がしないので、つい悪戯を」
「“つい”で許されるレベルを超えてるぞ!」
結構びっくりしたんだからな!
「サメ、お前が先に入れ。その着ぐるみなら、ちょっと噛まれたくらいじゃ皮膚に届かないだろ」
「あ、お気づきになりました? この着ぐるみ、かなりの防御力を誇っているのですよ。脱ぐの大変だけどね」
「行けッ」
殺したくなってきた。
「へいへーい」
窓から侵入しようとするサメ。
「あの、押してもらえません?」
途中で引っ掛かったので、ケツに蹴りを入れて押し込んだ。
「扱いが雑い」
「やかましい」
サメの後に、もう一度侵入。
これだけ騒いでもゾンビが現れない。となると、通常のゾンビはいないと判断していい。でも、【変異体】がいるなら正直逃げたい。
あいつらは、普通のゾンビの10倍は強い。
基本的に、速く、強く、頑丈で、予想できない。大規模なトラップを用意しないと、僕のようなサバイバーでは太刀打ちできない。
ああでも、
「お前がいるしな」
サメを見た。
「え? こんな短時間で打ち解けて私のことを信用してる感じで?」
「いや、たぶんお前から食われるだろうから、その間に逃げる感じ」
「ちょちょ!」
「ゾンビになった仲間を殺せないとか、気に食わねぇんだよ。他の奴ら襲ったらどうすんだよ」
「そ、それは確かに………正論ですねぇ。なんも言えねぇや」
「まあ、映画のために今回だけは協力してやるが、次はてめぇで何とかしろよ。こんなこと二度はやらないからな」
「そこはご安心を」
何が安心なのだか。
会話を切り上げ、探索を開始。
窓周辺には何もない。車の中にも何もない。
「奥には何がある?」
「階段があります」
「上に続くのか?」
「上と地下に続く階段です」
地下か。
絶対に行きたくない場所だ。
とりあえず、様子見程度に進む。
階段付近には、ハリネズミみたいなバリケードがあった。詰まれた土嚢や、家具の間に、無数の鉄パイプが挿されている。
「あ、ヒロだ」
鉄パイプに胴体を貫かれたゾンビがいた。小太りで、証言通りの身長だ。
サメに手を伸ばすも動けない様子。
「お前がやるか?」
「お願いします」
「はいはい」
ゾンビの頭を槍で貫いた。
槍が折れたので、変えの槍を手に取る。
「んでここ。ね? 嘘じゃないでしょ?」
サメは、バリケードの一部を退かすと、ポータブル電源を取り出した。
「なんでこんな場所に」
「音でゾンビが来ちゃうので、ついでにトラップにしてやれという発想です」
「なるほどねぇ」
サメは、ポータブル電源の状態を調べ、繋がっている配線を辿って2階に向かおうとする。
僕も続くが、すぐ足を止めた。
「これが最後の仲間か?」
「そだねぇ~」
首吊り状態のゾンビがいた。
キノコのマスクを被った身長の高いゾンビだ。サメが近付くと反応して動く。ゾンビの両手は、後ろ手に縛られている。何があったかはよくわからない。
「よっと」
僕は槍を突き出し、ゾンビのアゴから頭を貫いた。
「あー」
サメは、動かなくなったゾンビを眺めている。
感傷に浸れるほどの友人か。よくわかんないなぁ。
『そりゃそうだな』
「ですよね~」
と、師匠に相槌を打つ。
「ウサギさん、私屋上見てきますね。電源は無事だけど、配線とソーラーパネルに問題があるみたいなんで」
「おい、他にもゾンビが」
サメは、釘付きバットを抜いて階段を上がって行った。
激しい足音とゾンビの叫び声、打撃音に混じって水っぽい音が響く。
あんなのでも生き残っていたのだ。そこそこやれる感じだろう。
壁に背を預け、水分補給をする。
小腹が空いた。
辛いラーメンを、そのままボリボリと食べる。
ちょっとかけたスープの素が、思ったよりも辛かった。
水を無駄に消費してしまう。
しかし、腹は満たされた。
「おまた~です」
返り血を浴びたサメが戻って来る。
「コードが抜けてただけでした。充電完了したら映画観れますよ!」
「そうか。ところで、何を見せてくれるんだ?」
「ふっふっふ、我らが集めたコレクションの中から、とびっきり、選りすぐりのB級映画を見せてさしあげましょう!」
人生最後に見るかもしれない映画がB級かぁ。
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