<第一章:ゾンビは一日にしてならず> 【02】
【02】
こんな世の中でも徒党を組む連中は多い。この街にも、幾つかのコミュニティが存在していた。
今向かっているのが、そのうちの1つである“砦”。
割と、まともな方のコミュニティだ。
どう考えても1人の方が安全だし、人と組む理由は思い付かないが、人間ってそんなものよね。
『孤独で狂うのが普通の人間だ』
「よくわかんないですねぇ」
『お前がそれを言うか』
「?」
ともあれ、他人が必要な時もあるということ。
到着したのは、元は中学校の敷地。
そこを、ぐるりとバリケードで囲んで要塞化している。感染拡大した時、避難所として利用されていた場所に、ここの連中は居付いたのだ。
正門に移動。
大型トラックで封鎖された入口には、フルフェイスのガスマスクを付けた小太りの男が立っていた。
「ゲッ、サイコ野郎の弟子。何の用だ?」
「交換だ」
僕は、SM雑誌とブランド物の時計を見せる。
「通行料だ」
時計を1つ奪われた。
男が合図をすると、隠れていた男たちがトラックを押して入口を開ける。
通ろうとしたら、
「ああ、待て待て」
男は、自分の手首を叩く。
僕は、自分の【コルバ】を見せた。
「まだ32%ねぇ。しぶてぇよなぁお前も」
敷地に入る。
運動場には檻が並んでいて、ゾンビとゾンビになる寸前の者が収監されていた。一般的な、物々交換の商品だ。
『ポイントに変えろ』
「いやぁ、僕は養殖のポイントはちょっと」
『ゾンビに天然も養殖もあるか』
「自然発生したのは天然でしょ」
『ゾンビが自然に生まれるわけあるか』
「あ~政府の秘密兵器とか、OD社の陰謀とか?」
『普通に考えて、あの企業が一番怪しいだろうが』
「確かに。よし、OD社をぶっ潰しに行こう」
『そうか。頑張れよ』
冗談は程々にしないと、今もすれ違った人間におかしな目で見られた。
『気を付けろ』
そう、気を付けないと。
ここの連中は味方ではない。ただ敵ではないだけ。
目的の体育館に到着。
ここは市場だ。
さっきの男と同じ、ガスマスクを付けた老若男女が、床に色んな物を並べている。
なんだか、
『増えているな』
前に来た時よりも、人の数が多い気がする。
他所のコミュニティから流れて来たのか? それとも吸収? 合併? よくない兆候だ。人の数はトラブルの数。僕のとこまで飛び火しなきゃいいが。
仮面を付けた集団とすれ違う。
狐の仮面だった。
うん。なんかもう、飛び火してた。
気にする素振りを見せず、市に並ぶ商品を見て行く。
大半が無用の長物。
最も多いのが衣類で、次が機能的ではないバックや小物、粗大ゴミである大型家電、据え置きのゲーム機なんかもある。
携帯ゲーム機にちょっと魅かれるものはあったが、充電用の機器や、乾電池は“砦”の連中が独占している。電気は本当に貴重なのだ。
端から順に回って、目的のブツを探す。
DVD、BD、よく知らない短命だったメディアでもいい。
が、意外にもない。
全くない。
前は見たのに、探すと全然ないやつだ。
『いらねぇから捨てたんじゃないのか? 薪にもならんもんだしな』
「ありえそう」
今となっては、フリスビーくらいにしか使い道がない。感染拡大後、街からは動物が姿を消したので鳥よけにも使わない。
諦めていたら、無造作に積まれた段ボールに目が止まった。
VHSとマジックで書かれている。
知っているようでいて、よくわからない気もするが、なんか映像媒体な気もする略語だ。
「それなんだ?」
「欲しいなら交換してやってもいいぞ」
と、売り子の男。
ガスマスクに、何故だかサンタクロースの恰好をしている。温かそうではあった。
「見せてくれ」
「触るなら買え。外のもんに触れたら物は他には売れない」
「先ず見てから」
「ああ?」
ドスの効いた声が返って来る。
これだから、コミュニティの連中は。集団だから強いわけでも偉いわけでもないのに、勘違いできるとは羨ましい。
「じゃこれで」
ブランド物の時計を放り捨ててやった。
サンタは、足で段ボールを僕の方に寄越した。
気にせず中身を確認。
段ボールには、埃っぽい映像媒体の箱が入っていた。
ビデオテープだ。
小さい頃に見たことがある。
バーコード部分には、知らない店のタグがそのままある。
レンタル品をそのまま盗んできたのか、リース品なのか、今のご時世じゃ再生する機材の入手は更に大変だろう。別に観ることが目的ではないけど。
「じゃ、貰う」
バックパックからSM雑誌の束を取り出し、一冊置く。
「選ばせろ」
「仕方ないなぁ」
サンタは、雑誌を選びながら言う。
「良い情報があるが、もう一冊と交換でどうだ?」
「情報?」
「あんたと同じ趣味の人間を知っている。そいつは何でも――――――おっとここまでだ」
「………………」
ぼられてる気がするな。
あ、でも。
「もう一冊くれてやる。だが、追加で情報をくれ」
「なんだ?」
「狐の面付けた連中を見かけたが、あれなんだ?」
「西側にあったコミュニティの生き残りだ。拠点が【変異体】に襲われて壊滅したんだとよ。リーダーの意向でうちが拾ってやったが、プライドだけ高くて使えない連中だ。何人かシメて圧力かけてるが、ありゃ駄目だろうな。そのうち、全員“檻行き”でポイントだ」
「変異? どんなのだ」
「知らんよ」
気になるな。
狐の連中よりも、ゾンビの変異体の方が大分気になる。あいつらは、対処を知らないと即死するレベルの存在なのだ。
「で、良い情報とは?」
「ここの裏手に使えないゴミを捨ててる。お前が手にしたのと同じようなゴミだ」
やっぱ捨て待ちのゴミかよ、これ。
「ここからが良い話だ。毎日そこを漁っては持ち帰ってる変な奴がいる。たぶん、今行けば会えるぞ」
これが良い情報かねぇ。
選んでる最中の雑誌を奪って、二冊適当に放り投げた。
「あ、おい!」
「取引成立だな」
段ボール箱を抱えて足早に移動。サンタが、ギャーギャー騒いでいるが、追って来る様子はない。向こうも、ぼってるのは理解しているのだろう。
『ホント、ここの連中はすぐ調子に乗りやがる。ぶっ殺してやろうか』
「まあまあ」
師匠の冗談は置いておき、裏手に行ってみよう。掘り出し物が拾えるかもしれない。
体育館の裏は、不要なゴミが想像以上に放置されていた。
壊れた家具、汚れた衣類、鉄屑やテレビ、PCにタペストリーみたいな土産物? その他、僕が抱えているようなゴミが山のように積まれている。
そこに変な先客がいた。
サメだ。
太ったサメの着ぐるみを着た奴だ。
しかも、僕のように頭だけではなく全身にである。
一応、バックパックを背負い釘付きのバットを腰に下げているので、生存するための用意はしている。恰好がおかしいだけの変人ではない。
と思う。
「カルネ軍曹?」
サメは、僕を見てそう言った。
「え、誰?」
思わず背後を見た。誰もいない。
「いや、あんた。カルネ軍曹だろ」
「ち、違いますけど」
誰だそれ。軍属になった覚えはないぞ。
「でもそれ、『ぶちぶちエンジェルクラッシュ』に出て来るカルネ軍曹の恰好ですよね?」
「ああ、そっち」
あのアニメ、そんなタイトルだったのか。全く覚えていなかった。
「え、知らないでその恰好を?」
「偶然見つけただけだ。もしかして、そのサメも?」
なんかのアニメキャラ?
「これは、私が作ったオリジナルのサメ着ぐるみです」
「そりゃ凄いな」
着ぐるみって自分で作れるのか。
「ところであんた、それ捨てるならくれないか?」
サメは、僕の抱えた段ボールを丸っこい指で指す。
「これは僕が交換した物だ。ここに来れば拾えるって聞いた」
「交換? ビデオテープを? どうしてまた?」
「僕の“死にがい”だからだ」
「死に何?」
「“死にがい”。僕の師匠のモットーだ。特に深い意味はないが、ようはなんかやれってこと」
「えとー、つまり」
サメは、近寄って来て鼻先を僕の耳<ウサギの方>に近付けて言う。
「見る環境がある感じで?」
「ないよ。並べて飾って満足するだけ。飽きたら燃やすけどな」
「勿体なぁぁあい! 燃やすくらいなら頂戴!」
「あんたの方も、こんなの集めてどうするんだ?」
飾るのか?
同じ“死にがい”なだけに気になる。
サメは周囲を見回す。
「あんた悪い人じゃなさそうだし、同じ趣味っぽいから言うけど、ここだけの秘密にして」
「何をだ?」
「映画観たい?」
「映画か………………」
割と観たい。いや、かなり観たい?
一度絶たれると恋しくなるのが娯楽なのだ。潜在的に映画が観たいから、こんな“死にがい”選んでいたのだろう。
「凄く観たいな」
「うち来る?」
「………………」
普段の僕はこんな簡単に他人に付いて行かない。だが、こんな世の中で同じ趣味の人間と出会えるのは稀なのだ。
やや怪しいと思いつつも、サメについて行くことにした。
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