<第一章:ゾンビは一日にしてならず> 【01】


【01】


 二ヶ月後。

 異常な日々も日常になり、この地獄にも慣れつつある。


 時刻は早朝。

 僕は、夜明けと同時に目覚めた。

 今日の寝床は、元から住んでいた安アパートだ。他にも拠点はあるが、ここが一番落ち着くので頻繁に戻って来てしまう。

 ソファから体を起こし、手首の【コルバ】を確認。

 現在の汚染度は、【46%】。

 順調に上がっている。

 定期的に打っている遅延薬は、今のところ効果はある。ただまあ、徐々に薬の効果はなくなっていた。

 しかし、今が大丈夫なら良しなのだ。先のことを考えて悩んでいても仕方ない。今日も必死に日々を生きよう。

 ま、公的には、感染した時点で死体扱いだけどね。OD社が買い取ったのは、人権じゃなくて死体なのだ。

 ペットボトルの水を一口。

 ビタミン剤と、乾パンを齧り、水で胃に流し込んだ。

 左手の包帯を新しい物に変える。

 手の噛み傷は、痕はくっきり残っているものの塞がっていた。これが、ゾンビと自分らの明確な違いだろう。

 あいつらは、傷付いたら癒えることなく腐って行く。

 他は………………些細な違いだ。

 師匠の遺品であるロングコートを羽織り、バックパックを背負う。頭に被るのは、着ぐるみのウサギの頭。

 昔、一瞬だけ流行したアニメのキャラクターである。

 黒色で、隻眼で、片耳が折れていて、チェシャ猫みたいに笑っていて、かなり不気味なデザインだ。

 僕らのような者の多くが、被り物や顔を覆う装備を身に着けている。

 ゾンビは、日光に過敏なのだ。

 最低でもサングラスがないと目も開けていられない。だから、日中出歩くゾンビはほとんどいない。

 変わりに夜目は効く。

 いや、夜目じゃちょっと説明が付かない。

 聴覚や嗅覚、脳の“どこか”を使用し、情報を補填、こんな被り物をしていても、視界は広いままと脳に錯覚させている。

 現実と全く違いのない錯覚であり、これはゾンビの特殊能力みたいなものだ。

 武器のストックから、いつもの槍を手にした。

 師匠と同じく、僕も槍を愛用している。

 作り方は簡単。

 そこらの民家の家具を解体し、長めの木材を手に入れ、その先端を刃物で削るだけ。気分で穂先に刃物を付けても良し。使用のスタミナ消費は少ないし、重量も軽い方だ。

 色々とゾンビを殺す道具はあれど、一番バランスが良い。弱点を上げるなら、脆いことと狭い室内でかさばる時があること。

 だが、僕にとってはマストな武器である。

 ゾンビ殺し武器のティアリストを作るなら、間違いなくティアAに入れる。

 他に強い武器を上げるなら、斧だろうか。

 もちろん片手で扱う手斧ではなく、柄の長い重量とリーチのあるものだ。

 それを使って、無双してる奴を見たことがある。

 頑丈だし、殺傷能力も高い。文句なしで、これもティアA入りだ。

 問題を上げるなら、スタミナ消費が激しいことと重いこと、入手難度くらいだろうか。

 逆に入手しやすい武器といえば、スコップが良い。

 ただ、しっかり研いだ物に限る。そこをわかってない奴らが、スコップを手にした状態でよく食われていた。

 そうそう、強武器として忘れちゃいけないのが、日本刀だ。

 ゾンビが出て来る映画やゲームでは、大体強い。神格化されてると言っていい。実際、たぶん強い。ただ、入手難易度がかなり高い。

 感染初期に使い潰した馬鹿が多いので、今となっては使える状態の物はほぼ存在しないらしい。伝説の剣みたいな扱いである。

 リストに入れるなら、日本刀はティアSだろう。

 ちなみに、使えない武器といえば鈍器全般だ。

 人間を―――じゃなかった。ゾンビを撲殺するのは非常に体力を使う。

 言い忘れたが、ゾンビの弱点は、基本的に頭、心臓、脊椎である。しかも、中途半端な破壊では駄目だ。しっかり破壊しないと動きを止められない。

 それを鈍器で行うには、人間離れの力がないと駄目。そんなわけで、鋭利な物で刺すなり、切るなりで破壊するのが効率的。

 ま、全部師匠の受け入りである。

「あれ?」

 そういや、師匠はどこにやった? 昨日寝る時はソファの傍に捨てたはずなのに。

「師匠~どこですか~?」

『ここだ』

 ソファの隙間から声がした。

 手を突っ込んで、溶接マスクを引っ張り出す。上手いこと挟まってしまったようだ。

『で、今日はどうするんだ? いい加減、“死にがい”を見つけろよ』

「見つけてますよ。今は映像媒体を集めることが僕の死にがいです」

『違うだろ。先週は何だった? しゃもじ集めてたろ』

 あれは、飽きたので全部薪にした。

「なんでもいいって言ったのは師匠でしょうが」

『言ったが、すぐ飽きろとは言っていない』

「しっくり来るまで色々試してるんですよ。死ぬための試用期間ってことで1つ」

『んなことやってるうちに、すぐ終わりがきちまうぞ』

「そうですねぇ~まあ、なるようになる感じで~」

『全く、出来損ないめ』

 と、溶接マスクと喋る。

 師匠を腰のカラビナに下げて、アパートを出た。

 外は、ゾンビの嫌がる快晴だ。僕も結構辛い。だが、安全には変えられない。

 目的地に向かって歩き出す。

『で?』

「ポイントが尽きたんで、ゾンビ狩りですね」

『いつも貯めとけって言ってるだろうが、あるだけ使い切りやがって』

「師匠みたいに死ぬ時までポイント貯めててもなぁ。てか、僕に何か残してくれよ」

『バックパックとコートをくれてやっただろ。後、ゾンビ殺しのテクニックも。贅沢言ってんじゃねぇよ、タコ』

「へぇへぇ」

 目星を付けていた民家に到着。

 アパートから徒歩5分の場所。2階建ての黒い豆腐みたいな家だ。1階部分に窓ガラスはなく、2階の窓は鎧戸が閉められていた。

 入口は1つで、バリケードはないが、かなり頑丈そうな扉である。

『ここは止めておけ』

「背に腹じゃないですか」

『俺は言っただろ。入口が1つしかない家には入るなって』

「なんででしたっけ?」

『1に、退路が塞がれる可能性が高い。2に、ゾンビが溜まってる場合が多い。3に、長期間、外部からの刺激を受けていないゾンビは、予想できない暴れ方をする。以上だ』

「つまり、手付かずの物資もあるってことで?」

『漁ってない場所なんて他にもあるだろ』

「近所だと、ここくらいですねぇ。他は師匠と一緒に粗方狩って漁りましたし」

『お前の活動範囲は本当に狭いな。地域猫か』

「ウサギですが?」

『あっそ。あの扉頑丈そうだけど、どうやってこじ開けんだ?』

「秘策があります」

 バックパックからロープを取り出す。

 扉のドアノブにロープを括り付け、反対側を近くの電柱に引っ掛ける。

「これでぶら下がればドアノブを引っこ抜ける作戦。師匠には思い付かなかったでしょう」

『あーはいはい。無駄だと思うがやってみろ』

 ロープを掴んでぶら下がった。

 何故だか、童心を思い出して少し楽しい。3分近くぶら下がってみたが、変化はない。

 頑丈なドアノブのようだ。

『ほらな』

「勢い付けて飛び降りてみようかと」

『止めとけ。怪我するだけだ』

「じゃあ、どうやって開けるんですか」

『プランAか、プランBだ』

「雨どいか、バールじゃないですか」

 Aは、雨どいをよじ登って2階から侵入するプランだ。

 Bは、バールで扉をこじ開ける単純なプランである。

 バックパックにバールは入れてある。非常用の武器兼、色んな物を破壊するための道具として。

「でも、やだな~」

『何がだよ』

「やってる姿が泥棒なんですよ。後、疲れる」

『じゃ死ね』

「やりますよぉ~もう僕死んでるじゃないですかぁ~」

 バールを取り出し、ドアノブを殴り始める。

 あ~しんどい。

 早朝から扉破壊は体に堪える。

 5分近く殴り続けてようやくドアノブがへし折れた。バールを突っ込み、穴を広げて錠を完全に破壊する。

 扉をわずかに開いて、中を確認。

 入口付近に人影はない。

「どうします? 師匠」

『てめぇで考えろ。俺はもういないんだぞ』

「ええ………それじゃ、ピンポン大作戦で」

『プランPじゃねぇか。ロープも忘れんなよ』

「プランPRということで」

『違う意味になってるぞ』

 扉の開きっぱなしに固定、その周囲にロープを張る。

 高さは膝よりも少し低い位置。固定を怠けず僕が座っても張り詰める感じでしっかりと結ぶ。

「よし」

 コートの内ポケットから、呼び鈴を取り出した。

『暗幕忘れてるぞ』

「おっと」

 流石、師匠。

 バックパックから遮光カーテンを取り出し、ガムテープで入口を覆う。光は漏れていない。

 下準備は完了。

 半身だけ家に侵入し、チーンと呼び鈴を鳴らす。

 ガタッと上から物音だ。

 チチンチーン、チーン、と呼び鈴を連射する。

 荷物が崩れるような音。

 僕は外に出た。

 槍を構える。

 バタバタと、数人が揉み合いながら階段を転がる。その様が、音だけで十分見えた。

 カーテンを捲り、3体のゾンビが飛び出してきた。奴らは、凄まじい勢いでロープに足をとられ、顔面から着地。

 僕は、全体重をかけて、ゾンビの槍で後頭部を貫く。

 槍を使うコツは、ブレずに全体重を乗せること。中途半端に突けば、貫通しない上に槍が曲がって折れる。

 先ず、1体の頭を貫いた。

 ゾンビの首に足を置いて槍を抜き、次の1体に突き降ろす。

 こめかみを貫いたが、嫌な感触が手に伝わる。曲がって刺さっている。初撃で、穂先を潰したみたいだ。

『床の材質には気を付けろって言っただろ』

「先に言って!」

 槍が抜けない。

 顔を手で覆いながら、ゾンビは立ち上がろうとしていた。家に逃げられたら終わりだ。

 僕は、ゾンビ殺しの隠し武器を使う。

 その名は、靴底。

 軽いジャンプの後、全体重と速度を使って、ゾンビの頭を踏み砕いた。

 散らかった中身は見ないようにする。見慣れても、犬のクソみたいなもんをあえて見る必要はない。

「ゾンビとは、こかして刺せば殺せるのだ」

『俺の教えだな』

 その通り。

 何の策もなく、真っ正面からぶつかるのは馬鹿がやることだ。まだゾンビじゃないのだから、こずるい知恵で戦おう。

『靴底が知恵かねぇ』

「それはそれってことで」

 靴の汚れを、ゾンビの服に擦り付けて落とす。

 手首の端末を確認。しっかり、3ポイント入っていた。

 遅延薬一本分のポイント。

 ゾンビをまたぎ、家に少しだけ侵入する。

 念のために、もう一度呼び鈴を鳴らした。

 念の念のために、もう一度、二度、三度、呼び鈴を鳴らした。

 反応はなし。

『流石に大丈夫だ』

 師匠のお墨付きをもらったところで、土足で家の奥へ。

 1階部分から漁り出す。

 最初は、もちろんキッチンからだ。上の戸棚から開けて行き、端から端まで全部ぶち撒けてから必要な物をバックパックに入れる。床の収納も忘れずチェック。冷蔵庫はスルー推奨。電気がない今、あれはもう腐った物しか入っていない。

 食料は、幾らあっても困らない。

 ポイント交換できるOD社の食料は、カロリーの摂取量しか考えられてない適当な物なのだ。とにかく不味いか、味がないか、油っぽいのどれか。飢えを我慢した方が良いレベル。

 キッチンを漁り終える。

 成果は、トマト缶が1つ、辛いインスタントラーメンが1つ、ポテトチップスが1袋、全て賞味期限切れ。

 以上だ。

 荒らされた形跡がないのに、全然食べ物がない。

『感染初期に籠城して、そのままってことだな』

「あ~なるほど、食料が少なくなって家族の誰かが外に出て」

『噛まれて戻って来た』

「家族なら、身内のゾンビくらいてめぇ処分して欲しいですよね」

『その通りだ。それで他人がやったら泣きわめくから世話ない』

 つまらない話は捨てる。

 1階の他の場所も探す。

 客間や、和室がある。収納も探すが、見つかったのは、粗大ゴミの家電や、現金とか貴金属とか、大して価値のないものばかりだ。

 探している映像媒体が1つもない。

「2階行きますね」

『の前に、槍を削っとけ』

 師匠の言う通り。

 キッチンに戻り、包丁で槍の穂先を削る。

「オーケーです」

 槍を短く構え、階段を上がる。

 いないとは思うが、備えて損することはない。

 いや、物音がした。

 2階の奥の部屋だ。

 呼吸を浅く、心音も抑える。じりじりとすり足で動き、遭遇したら即刺せるように槍を逆手で高めに構える。

 金属の音がした。

 音の元は、目の前の和室の中から。

「………ふぅ」

 わずかな迷いの後、穂先で戸を開ける。

 子供が鎖に繋がれていた。

 違う。

 小さいゾンビが、鎖で繋がれていた。

『あ~はいはい、いるよなぁ。現実が受け止められない奴。繋いでどうするつもりだったんだか』

 ゾンビは僕に向かって襲ってくるも、鎖の長さ的に届かない。

『ほっとけ。俺からのアドバイスだ。“ガキと関わるな”』

「はい、そうですね」

 意識に空白が生まれた。

 戸を閉め、何気なく手首を見ると1ポイント追加されていた。

「?」

 まあいいや、別の部屋を漁ろう。

 2階の部屋を隅から隅まで漁る。現金は多めにあったけど、ケツを拭く紙にも使えない。毛布やら衣類は間に合っている。

 書斎には、英語の本が沢山並んでいた。本を手に取り、適当にページを捲っては捨てる。たぶん、学術書。娯楽作品以外に、興味と価値はない。

『俺なら、無駄にデカイ本に隠すね』

「何を?」

『エロだ。エロ』

「ほーほほー」

 さておき、面倒になったので、本棚を揺すって全部床にぶちまけた。

 師匠の言う通り、僕の頭より大きな小難しそうな本に、SM雑誌が挟まっていた。てか、思ったよりも“それ系”の雑誌が多く見つかる。

 うむ、収穫。

 ゾンビになりかけていても、エロには価値がある。

 次は、高級そうな机の引き出しを、引っこ抜いて捨てる。

 ブランド物の腕時計5個と、デジタル時計を1個見付けた。

「やったぜ」

 ブランド物はともかく、チープなデジタル時計には価値がある。タイマー付きの正確な時計は、僕らの間では貴重な一品なのだ。

 そもそも、【コルバ】に時計やタイマーの機能がないのは何故なのか? OD社はアホなんじゃないかと思ってる。もしくは、嫌がらせ。たぶん、嫌がらせが濃厚。

 時計のタイマーを17時にセットして、右の手首に付ける。

 僕の右手首には、4個のデジタル時計が並んでいた。これだけあれば、壊れてもどれかがタイマーを鳴らしてくれる。

 時間は、生命線なのだ。本当に。

「こんなものですかねぇ」

『しけた家だ。他を漁った方が良かっただろ』

「まあまあ、あるだけマシでしょ」

 家から出る。

 入口のゾンビの死体を、蹴飛ばして道に転がした。

 こうやっておけば、他のゾンビが綺麗に食い漁って、骨も残らず消える。本当は、焼いた方が良い。

 ただ焼いたら焼いたで、別のモノが来てしまう。

「痛っ」

 右手の傷が疼く。

 汚染度を確認。現在、【55%】。普段の倍の速度で汚染が進行していた。極度の緊張状態や、ストレスが原因だろう。

『サービスを使え。早く遅延薬を打たねぇと、また汚染の最低値が上がるぞ』

「“砦”で使うつもりだったんですがねぇ」

『急げ』

 へえへえ、師匠はすぐ急かす。

 近くの5階建てのマンションに行く。一時期、ゾンビマンションとして大変危険な場所だったが、今では綺麗に一掃された。

 煤けた階段を登り、屋上の扉を開ける。

 バックパックからタブレットを取り出し、宅配サービスを呼ぶ。

 電子音声が鳴る。

『フォーセップ宅配サービスを、ご利用いただきありがとうございます。4ポイント使用。水2リットル1、遅延薬1、をお届けします。所要時間は6分を予定しております。しばらくお待ちください』

 不愉快で不気味なBGMが流れ出す。

「これなんて曲でしたっけ?」

『チゴイネルワイゼン。俺に教えたのはお前だろ』

「ああ、うっかり。まあ、会話のネタってことで」

『痴呆が会話のネタになんのかよ』

「師匠、飯はまだですか?」

『さっき食っただろ』

「あれを人間の飯とは認めないッ」

『次は飯を“死にがい”にするとか言うなよ』

「それもありっちゃありですかなぁ。とりあえず、今は映像媒体に集中しますけど」

『手に入れてねぇじゃないか』

「交換用の物品は、手に入れたじゃないですか」

『“砦”の連中は、あまり信用するな』

「一匹狼らしい警戒心だ」

『事実だ』

「事実は――――――」

 記憶が、ごちゃっと頭の中でかき混ぜられる。

 汚染が進んだせいだろう。頭の中もゾンビになりかけていた。

『落ち着け、小心者。まだ安全圏だ』

 手首を見る。

 汚染度は【55%】と変わらず。本当に、ただ焦っているだけのようだ。

 気を紛らわせたい。

「師匠、好きな食べ物ってなんでしたっけ?

『………………』

 師匠は何も答えない。

「当てましょう。乾パンだ」

『いつも食っていたからって、好きなわけじゃねぇぞ』

「いつも食べていて、嫌いなことはないでしょ」

『胃に入れば何でもいい』

「そりゃらしいお答えで」

 ポテトチップスを食べる。

 賞味期限切れだが美味しい。人間の食べ物って気がする。ゾンビになったら、こういう味もわからなくなるのだろう。

 食べ終えると同時、遠い空から小さな影が飛んでくる。

 円盤状のドローンだ。

 ドローンは、僕の目の前に着地。下部に付けた段ボールを落とし、再び飛んで行った。

 チゴイネルワイゼンが止む。

 段ボールを開け、厳重な梱包を剥がし、中から銃タイプの注射器を取り出した。

 即、首に当ててトリガーを引く。

 ブシュという音と共に、薬剤が体に流れ悪寒が走る。

 数秒時間を開け、【コルバ】を確認。

 汚染度は、【32%】。前は、どんな状態でも遅延薬を打てば20%台まで下がっていたのに、今は30%台だ。順調に遅延薬の効果はなくなっている。

『まだ30%台と思え』

「師匠ってポジティブですよねぇ」

『他人事だからな』

「さようで」

 段ボールからペットボトルを取り出し、バックパックに入れる。

 すると、物音が聞こえた。

 潜んでる風の足音が2つ。

「あ~来ちゃったよ。師匠どうしよう?」

『どうとでもしろ』

 僕は、槍を落として両手を上げた。

 現れたのは、薄汚れた格好の2人組。狐のお面を着けていて、必要装備であるバックパックを2人とも背負っていない。

 奪う方の人間は、身軽な格好を好むのだ。

「は~い、争うつもりないよ」

 両手を元気よく上げる。

 お手上げのポーズ。

「なんだよ。用意がいいなぁ」

 お面越しでもニヤケ笑いが伝わって来た。ちょろいとか思われてるんだろうなぁ。

「あ~でも、遅延薬は使っちゃったから。水くらいしかないんだ」

 と、僕は事実を言う。

「そうか、とりあえず身包み全部な」

「ギャハハハハ!」

 何が面白いのか、喋り出した男の背後にいた奴は笑った。

 あ~これ、慣れてないな。

 まさか初仕事?

「バックパックはやるよ。でも、マスクとコートは残してくれない? 気に入ってるんだ」

「身包み全部って言っただろ。聞こえてねーの?」

「くっさいマスクとコートなんていらないだろ? な、平和的に行こうよ。ゾンビもので人間同士の争いなんて定番すぎて笑われちゃう」

「何言ってんだてめぇ」

 あ~ユーモアが通じないタイプか。

 会話って同じレベルの脳みそがないと無理だよなぁ。

『お前って、内心人を馬鹿にしてんのがバレバレだよな』

「マジで?」

「は?」

 男の1人が身構える。

「ああっ気にしないでくれ。独り言が趣味なんだ。頭がおかしいんだよ、みんなと一緒で」

「なんだ、こいつ。………さっさと身包み置いて消えろ」

「だからさぁ~マスクとコートは――――――」

「置いて行け!」

 男は、背後に隠していた包丁を取り出す。

 包丁ね。うん、悪くないゾンビ殺し武器だ。でも、ティアCかなぁ。リーチの問題があるんだよね。折れやすいし、骨に通らないし。

「話が平行線だからさ、間とってバックパックと靴で話付けない? さっきゾンビ踏み殺したからちょっと汚いけど」

 手が疲れたのでちょっと下げると、もう1人の男も武器を取り出す。

 こっちも包丁だ。しかしも、錆び錆びである。

 ゾンビになりかけでも、破傷風になるのだろうか? 風邪とかひいてないし、平気そうな気もするけど。

「靴でも足りない? ズボンと下着じゃどう?」

「うるせぇよ! 殺すぞ!」

 あら、マジっぽい。

「僕らはもう死んでるじゃないか。モラトリアム<猶予期間>のあるゾンビなだけ。最後の時まで心穏やかに、平和に行こうよ平和。ラブ&ピース&デスだってば」

『お前、意味わからず適当に言ってるだけだろ』

「バレましたかぁ」

 と、腰に下げた師匠に言う。

「お前のそれなんだ? ………ッ、そのマスク。あのイカレ野郎の――――――」

「イカレ野郎はねぇだろ」

 足で槍を拾う。

 振りかぶって投げた。

 ギュモと変な音がして、男の顔に槍が生える。

 力を失い、男は後頭部からコンクリートに着地。ゾンビじゃないので、この程度で死ぬ。

「ぃぃぃぃいいいいい!」

 面白い悲鳴を上げて、もう1人の男が逃げ出す。

『追え。逃がすな』

「しゃーないですね」

 物取りに覚えられても、師匠みたいになるだけだ。

 バックパックからバールを抜いて走る。階段前で追い付いて、男の背中を軽く殴打すると、彼は階段をゴロゴロと転げ落ちた。

 鈍い音が聞こえた。

 折れた足を引きずり、頑張って逃げようとしている。

 その根性は良し。

「ほ~ら、頑張れ頑張れ」

 階段の手すりをバールで削りながら迫る。

 悪役みたいで気分が良い。

「楽しんでないでさっさと殺せ。別に楽しんでないですよ。やりにきたのは向こうでしょうが。それはそうだな。忘れるところだった。殺す前に、仲間の居場所を聞き出せ。了解っ。でも、師匠みたいにコミュニティごと皆殺しにはしないですよ? あれはあいつらが、女監禁してるクズだからだ。ああ、そりゃぶっ殺すに限りますね。その通りだ。うん、その通り」

「何言ってんだお前、誰と話してんだ?」

 男は、失禁されていた。

「え? 師匠とだけど。で、仲間の居場所を教えろよ」

「い、言うわけないだろ!」

「いるのね、仲間。無計画だし、2人組の馬鹿と思っていたけど。荷物の少なさから捨て駒ってか、なんかヘマやらかして追い出されたクチとか?」

「う、うる、うるせぇえええ!」

 面倒くさくなってきた。

 僕は、人と話すのが苦手なのだ。

「計画性もなさそうだし。たまたま、ドローン見かけただけの馬鹿った感じかな。いいか。良いでしょ?」

『いいぞ』

 師匠のお許しが出たので、バールを振り上げる。

「ま、待って助――――――」

 ちなみに、バールはゾンビ殺し武器の中ではティアBである。

 頑丈なのは良いけど、ゾンビを殺しきるのはちと大変。


 しばらく待った後、ゾンビが2体現れたのでポイントになってもらった。

 今日は、割と良い収穫である。

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