第49話 アイルの決断

 アイルとユイの前には劣化体である『黒魔』が現れている。

 牛頭馬頭、死神、鎧騎士といった、これまで2人が相手にしてきた敵も含まれている。

 ドーラは『劣化体』と言ったが、その全容は分からない。

 

 一斉に迫ってきているそれは、ユイに牛頭馬頭が迫り、残りの死神、鎧騎士はアイルに向かっていた。

 恐らく、ユイの方が邪魔だと判断する材料が多かったのだろう。

 あえて手こずりそうな物を差し向けていた。

 

「──ふぅ……。劣化体とはいえ、あのニ体はちょっと時間かかるかもしれないわね……」


 ユイに向かってきている牛頭馬頭はすぐに目の前まで迫ると、牛頭は棍棒を。馬頭は大斧を同時に振り下ろしていた!

 

 それを後方に飛び退き回避すると、白い聖光セイコウの衣を纏ったままのユイは、クラウチングスタートの様な体勢を取り、すでに右足で踏み切っていた!

 一気に間を詰めると、二体を飛び越える形で背後を取っていた。

 そして地面に両手を着き──


「──樹牢獄ツリープリズンアオ! 槍聖白スピアリーイトエン!──」

 

 豊富に水分を帯びた樹木は、二体を取り囲む檻を構築していた。

 地球で巨大ワニを串刺しにした槍聖白スピアリーイトサークル状に展開し、無数の白い槍を生み出し牛頭馬頭を同様に串刺しにしていた。

 

 だが、刺された状態であっても、二体は槍を折ながら振り返り、再び武器を振り下ろしていたのだ。

 

「──なんなのよっ! コイツら!」


 ユイも再び後方に飛び退いていた、──しかし……。

 馬頭は持っていた棍棒をユイ目掛けて投げつけた!

 

「──ちょっ!?」


 そう小さく声を出しながらも【聖盾シールド】を構築して弾き防いでいた……が──


「!? 牛頭はどこ!?」

 

 馬頭の棍棒に気を取られ意識が外れていた。周囲にはいない。上には弾いた棍棒が宙を舞っている。

 

「──どこ!?」

「ユイ先輩! 棍棒です!!」

 

 アイルにそう言われ、再び上へと目を向けると、棍棒がいつの間にか牛頭に変わっていた。

 そして馬頭の手元にはさっきまで空中を回転していた棍棒が戻っていたのだ。

 

「──時間差で入れ替えをしたの!?」


 ユイの頭上を取った牛頭は黒い炎を纏わせた大斧を振り下ろした!

 即座に聖盾シールドを展開したが強度不足で砕けると黒い炎ごとユイを床に押し付ける様に叩きつけていた。

 封印の間だけのことはあり、罅が入りクレーターを作りつつも、激しい衝撃にも耐え崩壊はしなかった。

 

「──ユイ先輩!?」

 

 アイルは叫んだが、すぐにその余裕はなくなる。

 数体の黒魔の鎧騎士はアイルに向けて剣や槍などを振り下ろし攻撃していた。

 それを避けたアイルに、死神は黒い大鎌を次々に繰り出している。

 その内一体の死神の鎌がアイルの左腕を掠めた。

 少し掠っただけであったその傷は重症化させ大量の血を流させていた。

 

「──くっそ! なんだよこれは!! ユイ先輩も心配なのにくそ!」


 左腕を押さえ後方に下がりながらユイが叩きつけられた場所に目を向けていた。 

 この場所から10メートル程離れてはいるが、姿が見てとれた。


 ユイは片膝をつきながらもそこにいた。

 しかし、黒い炎に焼かれた衣服はボロボロになり、その半分以上が焼け落ちている。

 口元には血が滲み床にぽたぽたと落ちていた。


「──だ大丈夫よ、はぁっ……、アイル君……はぁっ……。すぐに回復を、は始めたから……アイル君は……? 結構血が出てる、けど……?」


「──俺の方も大丈夫です……。でもあまり長引かせるのは不利になりますね……」


 アイルの目の前の黒魔達はユイとアイルを完全に分断していた。

 その光景をドーラは満足そうに眺めている。

 

(──鎧騎士の方は然程問題じゃない……でも、問題なのは死神だ。掠っただけで重症化する。攻撃さえ当たらなければ大丈夫だけど、鎧騎士は邪魔だ。でも、時間を掛ければユイ先輩が危ういかも知れない……)


 アイルは少し悩んだが、ユイは以前全力の聖 槍ロンギヌスを放ち、エミラに宣戦布告をした。

 自らも存在を知らせる様に【空間魔法】を使用することを決断した。

 

 『ここぞっ』と言うことは以前もあった。だが力を抑えていたり、使用寸前で止めていた。


 しかし今度は、全力で行くと決めた。


 どうせ戦わないといけないのなら、正面から戦おうと覚悟を決めたのだ。

 

「──やるか……。(だけど自分は犠牲にしない。だがやるからにはこのリスティラードに知らせてやる! 俺が戻ってきたことを!)」


 アイルの強い決断は、空間魔法の上位魔法を構築する。ただそれのみであった。

 両手を前に突き出し、桁外れの魔力を集中させる──


「──空間崩壊スペラルス……」


 アイルから放たれたその言葉は、このリスティラードに自分の存在を知らせるには十分すぎる言葉であった。

 

 これより世界は動き始めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る