第30話 第一帝位継承者 皇女メシア・ライテルーザ

 夜が明ける手前、朝まだき──


 帝城内では騎士達が慌ただしく動き回っていた。

 突如として現れた〈黒煙の結界〉らしきものが、東の城壁に構築されたからである。

 

 報告はすぐに上がり、女帝ミリーザの命により、黒煙の結界と、なぜその様なものが出現したか即座に情報収集が行われ、瞬く間に情報が集められた。


 謁見の間には複数の騎士と騎士団長、先代の女帝からその役職に務めくれている大臣、その部下の情報調査官、そして皇女メシアが揃っていた。

 

「では、情報収集の結果を報告をしてもらえないか?」

 

 女帝ミリーザの言葉に、まず口を開いたのは、青み掛かった黒の短髪を持つ、騎士団長ティグ・レイバーンであった。

 年齢は40代前半で、額に大きな切り傷と、2メートルはある大柄な男である。

 

「では、申し上げさせて頂きます。明け方ごろ東門より、4人ほどの者がこの帝城の東側、つまり現在、黒煙の結界が張られてある場所へと向かう姿が見られております。これは、行商人からの情報です。また──それと同時刻程、東の城壁周囲に複数の騎士が率いられ……その……言い難いのですが……」

 

 その言い淀んだ言葉にミリーザは──

「どうしたのだ? 気にせず続けてみよ」と言葉をかけた。これに答えるように、大きく息を吸うと、騎士団長ティグは続けた。

 

「──はっ! その騎士を率いてのは、ベルファ・ライテルーザ公爵様で、公爵様が魔符の様なものを掲げた瞬間に、黒煙の結界が構築されたと、警備をしていた騎士から報告を受けました」


 その騎士団長の報告に、ミリーザは目を大きく見開き驚いていた。

 

「──ベルファが……!? 一体どう言う事なのだ……」


 この言葉に答えたのは先代女帝からの大臣を務めていてくれている、ドルテオ・メールテルト大臣であった。

 60代半ばで、長く白い髭を蓄え、白髪を後ろに流し、後頭部で括っている。


 その年齢とは思えないほど体格も良く、背も高い。

 騎士団長のティグに比べると低く感じるが、180センチはある。

 

「──ミリーザ様、その事なのですが、私の部下の情報調査官である、シャール・アイノルアの方から報告があります。よろしいでしょうか?」


 その言葉に許可を出すと、ドルテオはシャールに発言を促した。

 これに応じて黒髪ボブで20代半ば程の小柄な女性、シャールは口を開いた。

 

「恐れながら申し上げます。私の率いる情報調査員の者達の報告によりますと、以前よりメシア皇女様の命を狙う輩の事を調査しておりました。そこで分かった事なのですが、どうやらメシア皇女様に刺客を差し向けたのはベルファ公爵様と確認できたとの事です……」

 

 その報告に驚きを見せながらも、ミリーザはメシアの様子を窺っていた。

 外見からは動じてないように見えるのだが、メシアの内心は分からない。


 視線を戻すと、シャールに続けるように言った。

 それに答え、報告を続けた。

 

「──メシア皇女様を狙った理由と言いますのが……その、ミリーザ様の亡くなった筈のとされる子が、生きて発見されたことにより、その子の立場を考えての事だと調べが着きました」


 さらに驚いたミリーザは咄嗟に立ち上がっていた。

 今度のメシアはさっきとは違い、動揺を隠しきれていないようであった。


 だが、ミリーザは生きていたことに驚いた訳ではなかった。

 メシアにその視線を向けながら、そんな事はといった表情であったのだ。


 それを肯定するように、ミリーザは口を開いた。

 

「そんな事は絶対にあり得ない!」

 

 ミリーザのその反応に、その場にいた全員が驚いていた。

 なぜなら、その目には明らかに確信している強い意志が宿っていたからだった。

 これに呑まれた者達は言葉を発することができずにいた。

 さらにミリーザは続けて言った。

 

「どこの者がベルファにその情報を提供し、私の本当の子だと言ったのだ!」

 

 この声には冷静沈着のミリーザには珍しく、怒りの感情が露わになっていた。

 それに気圧されながらも、シャールは慌てて口を開いた。

 

「──そ、その者は、公爵様のご令息である、ルベルク様の剣術指南役のエミラ・ヴァルファという者です……」


 ミリーザは静かに息を吐き言った。

 

「──名前は聞いているが、私は一度も会った事はないな……。ベルファが訪れる時は何かと理由がありこの場には来たことがない……。だが、そのエミラという者に会わなければならないようだな……」


 口調には、未だ怒りの感情が乗せられていた。

 だが、これに答えるように、メシアが口を開いた。

 

「──陛下、そのエミラという者にわたくしは心当たりがあります」


 予想していなかった発言に、ミリーザと他の者達はメシアに視線を向けていた。

 その視線を一通り見回すと、ゆっくりと口を開いた。

 

「──私がまだ、冒険者である時、魔災大戦の際、全滅させられたパーティーがいました……。そして、そのパーティーを全滅させたのが準魔王配下、エミラ・ヴァルファだという事に辿り着きました」


 メシアの発言にミリーザは驚きながら疑問を聞いていた。

 

「メシアよ……お前がその名前を知っているという事は、戦ったことがあるのか? 基本的に魔災大戦は、自らが戦ったことがなければ、他の魔族や準魔王の事などは分からない筈だ……」

 

 ミリーザの言葉にかぶりを振ると続けた。

 

「──確かに陛下のおっしゃる通りです。魔災大戦はかなり広い範囲で起こりました。ですので、他のパーティーの者達の事を知る事は基本的にはありません……しかし、私はその戦いで大切な方を亡くしました……。それがあり、次の戦いの時には決して大切な人達を失わないように、その大戦の準魔王とその配下の魔族を調べました。その中に、先ほどのエミラ・ヴァルファという者が確かにいました」


 メシアの言葉に、ミリーザ達全員、息を呑んでいた。

 まさかと言う気持ちがあった。

 だが、メシアの言葉の端々からそれが事実だと告げていた。

 

 

「そのエミラという者は、私達が戦っていた場所から南東方向で戦っていたようです……確かに、全滅したパーティーの方角から、異常なまでの魔力を感じ取った記憶があります。もし、そのエミラという者が魔族で、私の感知能力に気づいていたとしたら、正体を知られない為に何かと理由を付けこの場には来なかったということになるでしょう……。ただ、何故エミラという者はこのライテルーザに近づいたのかは分かりません。ですが、明らかなのは、間違いなくを持って近づいてきているということです」

 

 その言葉を聞き、ミリーザはエミラが近付いてきた可能性たる事を口にした。

 

「もしその者が魔族であるとするのであれば、一つ心当たりがある。この帝城の最上階、封印域に封じられている【死魂魔法】と言うものがある。この魔法は以前、何者かによって、聖教会リサルで奪われたとされ、皇族の血が無ければ、その封印は絶対に解けないようにしてある。もし、これを狙っての事なら、なおさら見過ごせはしない」

 

 大臣のドルテオはミリーザの言葉に続くように言った。

 

「それでは陛下、そのエミラなる者と公爵様のお二人とお会いになると言う事でよろしいでしょうか?」

 

「そうだな。だがまずは、黒煙の結界をどうにかしなくてはならないな……。あの中にベルファが居るのならその結界を破らなければ……」

 ミリーザは大臣に目を向け指示を出していた。

 そのすぐに、口を開いたのはメシアだった。

 

「陛下、その結界を破るのは私も行おうと思いますがよろしいですか?」

「破れるのか?」

「はい、恐らく可能ではないかと思います。ここから感じる結界の属性は、闇な上に様に思います」

 その説明にミリーザは質問した。

 

「間接的とはどういう事か説明を頼む……」

 

「ベルファ様が魔符を掲げたと言われておりました。魔符には使い方が2種類あります。まずは込めた力をただ展開するのみと、あと一つは展開して、さらに遠隔で方法があります。ですが、現在その様な魔力の流れは感じ取れません。ですので、予め込められた物をただ展開しているだけと言えます。こうなると、継続的に強度を保つのは難しいと思います」

 

 その説明を受け、ミリーザは「──元々の強度が強ければどうなるのか?」と投げかけていた。

 するとメシアは一度目を瞑り、最上位の魔力感知である〈光極感知こうきょくかんち〉を行っていた──

 

 そして──


「──この問題ありません」


 そうひと言断言すると東の城壁の上へと向かおうとした。

 すると、ミリーザは騎士団長を連れて行く様に言っていた。

 それは、女帝としてではなく、母親としての心配であった。

 その気持ちは伝わっていたが、メシアは言った。

 

「──陛下……私は大丈夫です。これでも準魔王と戦いそれなりの力を持っていると思っております。それよりも……お母、陛下の方が心配です。ですので、騎士団長はお側に置いておいてください」

 メシアの心配に母であるミリーザは答えた。

 

「──だがもし、お前に何かあったら私は……」

 ミリーザは褒章として引き取った娘を見る目ではなく、愛する娘を見るそれであった。

 それを感じ取りつつも、言った。

 

「それは私も同じです。ですので、私には数人の騎士のみで構いません」

 

 それを聞いた騎士団長は2人に向けて言った。

 

「では、私はこの場に残りますが、我が団の優秀な者達を付けさせていただきますので、どうか安心して足をお運び下さい」

 ティグの言葉にミリーザは頷くと、数人の騎士を連れた娘──メシアを見送った。



 ※ ※ ※

 

 

 謁見の間から数分歩き、城壁の上部に続く階段を上がると、その場にはすでに魔法士が結界へと魔法を撃ち込んでいた。

 だが、結界は破れるどころか罅すら入っていなかった。

 さらに連続して魔法を放つがその魔法は霧散していた。

 そこに、ドレスを着たままの姿で皇女メシアが現れた。付き添いの騎士達はメシアの到着を知らせて控えさせると、魔法士に状況を説明させた。

 

「──これは闇属性だと思われるので我々は光魔法を連続して撃ち込んでいるのですが、全く通用した気配がございません……これはかなりの強度を持つ物だと思われます……」


 それを聞いた騎士は、メシアに心配そうな視線を送ると言った。

 

「恐れながらメシア様……この魔法士達はライテルーザの中でも上位に位置する者達です……。その者がこの様に言っているのですが、本当に大丈夫なのですか……?」

 

 騎士の心配も最もだが、メシアは笑顔で返すと言った。

 

「大丈夫ですよ。私に任せてください」


 そう言いながら結界が視認出来るところまで来ると魔法を構築し始めた。


 そしてほんの数秒の後────



「──【白の裁きホワイトジャッジメント】……」



 この声に応える様に、無数の光を放つ純白の鎖が現れ、黒煙の結界を取り囲み、握り潰すかのように巻き付いていた。

 

 そして続けて言葉を放つ──


 

「──【解除キャンセレイション】──」



 その言葉を受けた純白の鎖は、一瞬でエミラの結界を消し去ったのだった。



 ───── ───── ───── ─────


 読んで頂きありがとうございます🎶


 次回の話ではアイルと再開したメシアがキレるかもしれません……

 また読んで頂けたら嬉しく思います✨

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